第31話 確率を克服する

 プレイヤーに配られたカードはKと3で、合計3だ。

 対するバンカーは10とJで合計ゼロ。


「プレイヤーにカードを一枚」


 ディーラーがプレイヤーにカードを一枚配る。

 現れたカードはダイヤの5――これでプレイヤーの合計は8だ。


「――ッ――!」


 ホロが厳しい顔をする。

 これに勝つには、次に配られるカードが9しかない。

 引き分けの8を含めても、引いて良いカードは2/13と少ない。


「バンカーにカードを一枚」


 ディーラーが裏側のまま、カードを一枚配る。

 今回もここ一番の大勝負ということで、ホロが最高ベット額をマークした。カードを表にする権利はホロにある。


「どうぞ、絞ってください」


 ディーラーの言葉に従い、ホロがカードに手を伸ばす。

 だがそこに、俺が割って入った。


「あー、待ってくれ。この子はまだバカラ初心者なんだ。だから『絞り』なんて出来ないから、ちゃちゃっとカードを捲っちまっていいか?」

「えっ?」


 ホロが驚きの声を上げる。

 すでに『絞り』は体験済みだ。だから俺が言ってることが嘘だと、ホロはわかっている。

 しかし、他人であるディーラーはそうじゃない。


「カードを絞るも絞らないも、お客様の自由。好きなようにめくって下さい」


 ディーラーとしては……いや、カジノ側としては、客には絞ってほしいところだろう。そのほうがゲームは盛り上がる。

 だが、それを強制することは出来ない。


(ほら、とっとと捲っちまえ)

(い、いいんでしょうか……サッとめくってしまって)

(絞りなんてのは、興奮させ、判断力を鈍らし、ベット額を大きくさせようってカジノ側の策略だ。付き合ってやる義理はないんだぞ?)


 それに敗色濃厚。

 また期待させ、ホロを傷つけてしまうのはウンザリだ。


「さっ、気にせず行け」

「い、いきますっ!」


 ホロがカードを手に取り、すぐさまカードを表にする。


「…………!」

「……やるじゃないか、ホロ」


 現れたカード――それはクローバーの9!

 ここ一番の大勝負。

 敗色濃厚な状態から、ホロは見事に1/13を引き当てた。

 手持ちの資金が、一気にゲーム開始時まで回復する。


「負けた金額より勝った金額が多ければ勝てる『マーチン系』の投資法はな、勝ち負けの回数が重要なんじゃない。ここ一番の大勝負で勝てるかが重要なんだ」

「…………」

「あんなに負け続けだったのに、資金はまだまだ潤沢だ。続けるぞ!」


 ホロの目に力強い光が宿った。



     ♪     ♪     ♪



 あの勝負で、流れが変わった。

 資金が回復したことで破産する可能性が大幅に低下し、一時的な資金の凹みドローダウンに耐え切った。

 そして、負け波のあとには必ず勝ち波がやって来る。


「バンカーの勝利です」

「バンカーの勝利です」

「バンカーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「バンカーの勝利です」

「バンカーの勝利です」


 マーチン系システムベッドで戦っていたホロは「待ってました!」と言わんばかりに高額ベットで連勝を重ね、ゲーム開始当初の1.6倍に資金を増やした。

 最低時と比べれば、実に3倍以上の勝利を上げたことになる。


「ホロ、もう一度大勝負だ」

「えっ……? このタイミングでですか?」


 いまここで大勝負をすれば、せっかくの勝ち金がパーになる可能性がある。

 それを危惧し、ホロが疑問の声を上げた。


「勝った余剰金だからこそ、大勝負するんだよ」


 これは俺の信条とでも言うか、ゲーム開始当初の資金が『2倍になる』か『全額負ける』かを一つの区切りとしている。

 そしてベット額が青チップ一枚に戻った今からでは、2倍にするのにも相応のリスクと時間がかかる。


「ベット額を上げるのではダメなんですか?」

「あまり得策とは言えないな。青チップ1枚から青チップ2枚にすることのリスクについて、ホロはどう思う?」

「え? 最初のベット額を青チップ2枚に増やすってことですよね? それくらいならいいんじゃないかと」

「それがダメなんだな……。どれくらいの連敗数を想定するかによるが、少なくとも連敗していい回数が1回下がる。たったチップ一つ増やすことで、破産のリスクが激増する」


 だから資金が多少増えたからと、ここでベット額を上げるのはよろしくない。


「それにな、細々と賭けるのはハウスエッジを収束させることになる。カジノの運営はゲーム数が増えれば増えるほど、計算通りの『勝ち分』をキッチリ徴収できるってわけだ」

「それが……?」

「わからないか? 逆を言えば回数をキッチリこなさない戦い方は、カジノの想定を上回れるってことだ。いや、確率を克服したと言っていい」

「!」

「だからチマチマ2倍を目指すより、一発ドカンと決めてやるんだ。余裕のある今こそな」


 ホロが頷いた。

 ここまでで増えたクエスト4日分のチップを、一気にバンカーへと賭ける!


「No more bet」


 賭けの受け付けが終了した。

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