閑話 スライムとの遭遇戦


 いつものようにクゥーエ草を取りに行った、その帰り道。

 とても珍しいことに、とあるモンスターと俺たちは遭遇した。


「スライムです……!」


 ホロが緊張した声で囁く。

 水色の身体をしたアメーバのような存在が、ぶよぶよとした出で立ちで、俺たちの行く先の道に立ちはだかっている。

 日本でも有名な、あのスライムだ!

 俺の胸の中に、ある種の感動が湧き上がってくる。


「に、逃げましょう!」

 そんな俺とは反対に、ホロはどこか焦った声で撤退を進言した。

「……いや待て!」

 

 俺は注意深くスライムを観察し、まだ撤退するのは早いと判断する。

 あの見た目では、とうてい素早く動くことは出来ないはず。

 それにスライムと言えば、ゴブリンに並ぶ最弱モンスターだ。


 俺は懐に短剣が収まっていることを確認する。

 こういったことを想定し、たとえ安全と言われるクゥーエ草の採取依頼でも、武器は必ず携帯することにしていた。


(ゴブリンのときは見える悪意に身体がすくんで、無様にも尻尾を巻いて逃げたが……)


 スライムからはそういった恐怖を感じない。

 あれはゴブリンが人型だったから問題だったのだ。

 ならば今回は……


「アイツを倒す!」


 イケるはずだ……!

 今度こそ、モンスターの討伐童貞を卒業するとき!

 その勢いに乗って、ちょちょいとDランクも……!


「な、何言ってるんですか!? 前にゴブリン相手に逃げ帰ったのを忘れたんですか!?」


 ホロが目を丸くして抗議してくる。

 だが、俺は余裕を持ってホロの抗議へ反論した。

 

「あれはゴブリンが人の形をしたモンスターだったから、ちょっとビビっちまっただけだ。スライムならその点問題ない!」


 もし、スライムすら倒せないのなら、俺はどんなモンスターも倒すことができないだろう。

 そう考えると、これは神様がくれたチャンスかもしれない。

 この試練を乗り越え、晴れてDランクへ昇格せよと言っているのだ。

 

 短剣を構え、腰を低くし、スライムを切り刻まんと全力で距離を詰める。

 スライムはその身体のせいか、まともに反応出来ていない。

 これはイケる! ――と確信する。


 ズシャーー!


 その確信通り、俺の一撃は綺麗にスライムへ決まった!

 粘液性が高いからか、切ったという感じはほとんどしなかったが、間違いなく俺の一撃は決まったのだ!

 俺は後ろを振り返り、たったいま討伐したはずのスライムを確認する。


「ちょっ、それはズルくない?」


 しかしそこに、俺が倒したはずのスライムなどいなかった!

 スライムはその粘液性を遺憾なく発揮し、俺の斬撃など最初からなかったかのように、身体を再生していたからだ。

 ならばもう一度と短剣を構え直し、そこで違和感に気づく。


「溶けてる……だと……ッ!?」


 決して高くもない短剣だったが、こんな短時間で溶けるほどチャチイ作りではなかったはず。

 だが確実に、短剣の刃は溶けていた。

 これではマトモにリンゴを切ることも出来ない。


 俺は唯一の攻撃手段を失った。

 残るはこの肉体のみだが、短剣ですらマトモなダメージを与えられなかったのに、俺の素手攻撃が通用するわけがない。


(どうする……?)


 スライムを倒す方法が何かないかと考えていると、スライムが大きく口を開いた。

 俺めがけて勢いよく飛んで来る水弾。

 反射的に横に跳び、飛んで来た水弾を交わす。

 すると、後ろにあった樹の表面がシューと音をあげながら溶けていく。


「おいおいおい、冗談じゃねーぞ!」


 あれは間違いなく強酸性だ。あんなの喰らったらどうなるか……!

 皮膚はただれ、一生治らない火傷痕あとが出来るのは間違いない。

 それに想像を絶する痛みを伴うのも……。


 スライムがまた大きく口を開けた。

 先ほどの予備動作と全く一緒だ。つまり、またあの水弾が飛んで来る……!


「連射も出来んのかよ!」


 今度は身構えていたおかけで、無様に転げ回る事はせずに済んだ。

 もし前回と同じように回避していたら、第2第3の水弾が、俺へ降り注いでいたことだろう。嫌な汗が流れる。


 こちらの攻撃は通らない。

 あちらの攻撃は致命傷。

 そんな状況で取れる選択肢など、一つしかなかった。


「逃げるぞホロ!」

「やっぱり、こうなるんじゃないですかー!」

「待て! 前回はビビって逃げたが、今回は勝てないと悟ったから逃げるんだ。意味合いが違う」

「どうでもいいですよ!」


 そんな会話をしながらも、俺たちは余す事ない全力をもってスライムを振り切った。

 スライムは足が遅いのだ。


---


 後で知った事になるが、スライムは推奨ランクCに分類される、意外と強いモンスターだった。

 しかもその特製のせいで、戦士系冒険者の天敵と言われているらしく、スライムとの戦闘は魔法使いの独断場だという。

 俺はその情報を聞いて真っ先に


「なんでスライムだけ海外仕様なんだよ!」


 と、ツッコミを入れた。

 もっとも、俺のツッコミを理解できる人間など他にいるはずもなく、周りから奇異の目で見られたのは言うまでもない。



 スライムとの遭遇戦



 完  全  敗  北  !

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