第30話 負け、負け、負け……

「プレイヤーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「バンカーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」


 ディーラーが告げる勝利宣告が、プレイヤーに片寄る。

 その度に、バンカーに賭けているホロの賭け金が徐々に膨れ上がっていくので


「ストップだ」

「……はい」


 俺はドクターストップをかけた。

 ここまででホロが失ったチップは、最初に持っていたチップの二割弱。

 素人目には、まだまだイケそうな感じを醸し出す値であるが……


「このまま賭け金が増え続けたら、残りの八割もあっという間に無くなる。賭けすぎだ、ホロ」


 プロの俺から見たら、ここはすでに危険信号だ。


「……だって、ぜんぜん勝負に勝てないから、増えるわけ無いじゃないですか」


 ホロがクチビルを尖らして言い訳してくる。

 淡々とベットしているように見えて、ずいぶんと堪えていたようだ。


「勘違いするな。俺は『勝て』と言ってるんじゃなく『負けるな』と言ってるんだ」

「……どう、違うんですか?」

「勝負には波というものが必ずある。それに押し潰されないようにやり過ごすのが『負けない』ということだ。いまホロがやってることは波に逆らって押し勝とうとしてるに過ぎない」

「よく、わかりません……」


 今の話しは抽象的すぎたか。


「とにかく、ベット額をこれ以上大幅に上げないで、勝ち波が来るのを待ち続ければいい」

「……それだけで勝てるんですか?」

「いいや、これは傷を浅くする戦い方だ」


 俺の言葉に、ホロは泣きそうな顔になる。


「私は、また失敗したのですか……?」

「いやいやいや! これはホロが悪いんじゃなくて、完全に流れが悪い!」

「…………」


 ホロは何も言わず、俺から視線を外した。

 それから青チップ15枚をバンカーに賭ける。


 ここからは多少の運が絡んでくる。

 まだ負け波が続くのか。それともやっと勝ちの波が来て、負けた二割のチップを取り戻せるか。

 もし、負け波がこのまま続き、手持ちの資金がゲーム開始時の半分を割ることになったら、その時は……


「バンカーの勝利です」

「……!」


 ここに来て、久々のバンカー勝利。ホロの顔がピクリと反応する。

 だが、勝ったからと言って、すぐにベット額を下げる訳にはいかない。

 少なくとも数戦、同じベット額で連勝しないと、ある程度の負債をカバー出来ないからだ。

 なので前回と同じ青チップ15枚を賭けての連戦――


「プレイヤーの勝利です」


 勝てない。

 先ほど得た青チップ15枚が一瞬で消え去る。


「バンカーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「バンカーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」


 このあとも青チップ15枚が、ディーラーとホロの間を行ったり来たりと、忙しなく移動する。

 だが、再びやって来た勝負の波は……


「プレイヤーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」

「プレイヤーの勝利です」


 ホロに微笑まない。

 今日はトコトン厳しい結果を強いてくる。

 ついに、最初の資金の半分を割った。


「ホロ、ここまでだ」


 ここが勝負の分岐点。

 これ以上このまま続けるのはハイリスク・ローリターンだ。


「…………」

「そう怖い顔するな。まだ勝負が決まった訳じゃない」

「……いいえ、資金を2倍にするのは至難の技だと、ツクバは言ってました。実質的に、ここから立ち直すのは私には不可能ということです。それくらいわかります」

「おいおい……他でもない『あのホロ』が忘れたってのか? 資金を取り戻す『最強の秘策』を」

「……まさか!」


 俺は大きく頷いた。


「また、やらせるんですか……?私に、全ての責任をおっ被せて……ッ!」

「まだ気づいてないのか……。俺はホロ一人に責任を被せてなんてない。ホロは俺の命令で『仕方なく』賭けるんだ。だから責任を負うべき者がいるとするなら、それはこの俺だ」

「……!」

「だからな――勝負だ! 残った全部のチップを使い、バカラで勝負するんだ! ホロッ!」


 ここまでホロはよくやった。

 膝が震えようと、バカラのテーブルについた。

 苦しい連敗も取り乱すことなく、淡々と耐え忍んだ。

 出会った当初のホロならば、こうは行かなかっただろう。

 確実に成長している。


「で、でも……また私が賭けて負けたら……!」

「たとえ負けようと、俺はお前を責めたりはしない。だからな、いちいち怯えるな!」

「……ッ……!」


 ホロはクチビルを噛み締め、一歩踏み出そうとする。

 しかし、なかなか踏ん切りがつかない。

 以前のトラウマが、鎌首をもたげるのではないかと、強く不安を煽ってくる。


 カジノに絶対はない。

 だから無責任に「大丈夫だ!」と言ってやることはできない。

 その言葉を信じてホロが負けた場合、ひどく傷つけてしまう可能性がある。俺への信頼も、地に落ちるだろう。

 そんな博打を、誰であろうカジノプロの俺が打てる訳がない。


「気にせずにやれ。前よりもずっと低い金額だろ?」

「バ、バカ言わないでください! それでもクエスト一週間分もあるんですよ……!?」

「ハァ……」


 俺はホロの傍に立ち、目線を合わせるために中腰立ちとなる。

 横を向けば、ホロは今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 不安で、不安で、やりたくもない勝負。

 出来ることなら逃げてしまいたい。以前と同じ思いをしたくない。

 そう言った思いを、目尻に浮かんだ微量の涙を通して語ってくる。

 それでも――


「カジノプロになろうって人間が、勝利の方程式から逃げるなよ」


 俺はそっと、ホロの耳元で囁いた。

 勝ちたくても勝てない、そんな人間が大勢いる。

 しかし、ホロはそんな大多数とは違うのだ。俺という稀代のカジノプロに師事して、かつ、本人にも素質がある数少ない例外。

 それが、こんな所で潰れていいものか……ッ!


 俺はホロの小さな手を取った。

 白く、儚い手だ。

 その手に、残った全てのチップを強引に握らせる。


「これで俺も共犯者だ。なっ?」

「バカ、なんですか……? これは私のチップなんですよ……? いくらツクバが一緒に置いたからって、ツクバの勝負にはなりません……ッ!」

「はっ! こういうのは雰囲気なんだよ!」

「……やっぱりツクバは甘い人間です」

「ホロに対してだけだよ」


 ホロが顔を赤らめた。

 それを見て、俺もずいぶんとクサい台詞を言ったなと頬をかく。


「全額――行きますっ!」


 ホロがついに決意を固めた。

 残ったチップすべてをバンカーへとベットする。


「よろしいですかな? では――No more betノーモアベット!!」


 2回目の大勝負が始まった。

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