第27話 ホロ vs ルーレット
一月が経った。
あれからホロが言い付けを破ったことはない。
嫌がっていた『あの作業』にも文句一つ言わず、無事に完遂してみせた。
「変わったな」
「そうでしょうか……? 私はただ、ツクバの指示に従っただけです」
そうだったとしても、当初の目的であった『強い心作り』という目標は達成しているように思う。
もう、金額の大小で怖気づくことはないはずだ。
一時はどうなるかと思ったが、あの事件があったからこそホロは大きく成長した。
「そろそろ次のステップに進むとするか」
ヌルくなった紅茶で喉を潤しながら、脳内に描かれた『ホロ育成計画』の企画ページを一枚めくる。
この喫茶『安らぎ処』は本当にいい。
立地的にカジノから遠くなく、それでいて客はまばら。
カジノの勉強会を催すのにちょうど良い。
「次のステップ、ですか……。一体何をやらされるんですか?」
「ルーレットだ」
もちろん、今まで散々やってきた『クエストの報酬を一回の勝負に賭ける』といったアレではない。
今度は正真正銘、真剣勝負のルーレットだ。
「ルーレット……? わざわざ還元率の悪いルーレットをやるんですか?」
俺としても還元率の悪いルーレットを進んでやらせたくはない。
それでも、ルーレットにはバカラやブラックジャックにはない利点がある。
「バカラやブラックジャックと違って、ルーレットはプレイヤーの賭け方次第で勝率をコントロールできるからな。カジノ初心者向けなんだよ」
「? 勝率がコントロールできると、どうして初心者向けになるんですか?」
「結局、カジノで勝つためには『負けた時より勝った時の金額が高ければいい』ってのは、前に教えたよな? このロジカルが組み込まれた投資法を『マーチン系のシステムベット』と呼ぶんだが――」
「それって、お金が有限だから完全な必勝法にならない……って、ツクバが以前言ってましたよね?」
「そう、完全な必勝法にはならない……が、賭け金さえ間違えなければ勝つことは可能だ。負ける理由ってのは想定を上回る連敗が続いて、首が回らなくなるからだ。逆を言えば――」
「……あっ、わかりました! つまり連敗しなければいいんですね!」
「
それが、初心者にルーレットを勧める理由。
勝率50パーセントのゲームと勝率90パーセントのゲーム。
どちらがより連敗しやすいかなど、わかりきったこと。
「そして今日、俺がホロに教える賭け方が『
ルーレットには「ライン」と呼ばれる箇所が存在する。
名前の通り、その
「このラインを上手く使えば、たったチップ5枚で30ヶ所をカバーすることができる。これが『Wストリート5ベット法』だ。当選確率は30/37だから、約81パーセントだな」
「それだけ当たる確率が高ければ、連続で外れる可能性も低いですね!」
「あぁ……。ただし、5枚のチップを使ったにも関わらず、当たった時に得られるチップは6枚だけ。差し引き1枚しか儲けにならない」
だがまあ、負け金額より勝ち金額を大きくしようとする『マーチン系のシステムベット』で大切なのは、勝った時の儲け額ではなく、負けた時に賭け金が上がりすぎないようにすることだ。
チップ1枚しか儲からないなどとブー垂れてはいけない。
「この『Wストリート5ベット法』を基本的なルーレットの賭け方とし、あとは負けた時に『一度で全ての負け分を取り返そう』などと欲張らなければ――」
――勝てる。初心者でも比較的かんたんに。
これが、俺がルーレットを勧める理由だ。
「なるほど、やってみます!」
♪ ♪ ♪
というわけで、安らぎ処の会計を済ませた俺たちは、すぐさまカジノ場へと赴いた。
知識というのは知った側から使いたくなる。
そこはホロも同じようで、早く実践したいという雰囲気がプンプンと伝わってきた。
かと言って、ホロだけでやらせるのは不安である。
いくら勝ちやすい戦術と言っても、賭け金を間違えればあっという間に負けてしまうのだ。俺が監督しない訳がない。
と、まずは受け付けで現金をカジノチップに替えてもらう。
このチップは今までのように最低賭け条件はない。だから帰るときにすぐ現金に戻すことが出来る。
あれはクエスト報酬をカジノチップで貰ったときだけだからな。
俺は換金したチップをホロへと手渡す。
それからルーレット台へと近づいた。
ホロがさっそく青チップ5枚を賭ける。
もちろん賭けた場所は別々のライン上だ。
これでホロは5枚のチップのみで30ヶ所に賭けたことになる。
「
賭けの受け付け終了の知らせとともに、ディーラーの手からルーレット盤へとボールが投げ入れられた。
勢いもよく、なかなかのスピードでルーレット盤を一周する。
しかし次第に勢いを失い、数字が刻まれた窪みの一つへとコトンと入った。
「
ホロは見事に数字を当てることに成功し、当選金のチップ6枚をディーラーから受け取る。
とはいえ、この勝負にチップ5枚を投資してたので、差し引き青チップ1枚の儲けだ。
「チョロいですね」
「気を抜くな。外してからが本番だ」
続く勝負もホロは見事に数字を的中させ、ここまでにチップ2枚を勝ち取った。
しかし、このまま順調に増えるかと思われた三戦目――ホロは当選番号を外した。
「さて、このあとホロはどう賭ける?」
「そうですね……」
現在の勝敗は2勝1敗で青チップ3枚の損失だ。
「チップ5枚負けたので、賭け金を5倍のチップ25枚にすればすぐに取り戻せはしますが……それは次の勝負で外した時のリスクが大きすぎます。なので……」
ホロは青チップ10枚を賭けた。
「悪くない選択だな」
「確率的にはあと2戦2勝するはずです。そうなると青チップ4枚が手に入り、青チップ3枚の損失をカバーしてプラスに転じます。それにもし連敗したとしても、合計損失はチップ13枚。5倍にして外した場合のチップ30枚の損失と比べたら、傷は浅く済みます」
「上出来だ」
負け金よりも勝ち金が多ければ勝てるという『マーチン系システムベット』の注意点をよく押さえている。
あとは如何に連敗しても賭け金を膨らまさず、連勝したあとにキッチリと賭け金を下げれるかだ。
勝ちの波が来てる! ……などと勘違いして、何時までもベット額を引き下げなかったら後で大変なことになる。
「問題無さそうだな。このまま自分で考えて賭けてみろ、賭けすぎだと思ったら止めてやる」
「サー、イエッサー!」
だから、その変な返事はどこで学んで来るんだ!
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