第25話 師匠としての優しさ

 あれから一週間。

 いまだホロは俺の前に姿を見せていない。

 それも当然か……。

 自分が誘惑に負けたのを皮切りに、すべてのチップを失ったのだ。

 どんな顔して姿を見せればいいのか、サッパリわからない気持ちも理解できる。


「怒ってないから、出てこいよ……」


 とはいえ、俺はホロに対して怒ってなどいない。

 さすがに全財産を失うような経験はないが、決められた範囲内でチップをすべて溶かすなど日常茶飯事だ。

 だからホロが負けたことに対して、取り立てて怒るような気力が湧かない。普通の人には異常に映るだろうが、これが俺という人間だ。


「とはいえ……」


 参った。

 感情とは別に、現実的な問題がある。

 そろそろ金が底を尽きそうなのだ。


 実はすでに三日前から、不味い黒パンが俺の昼飯として顔を出している。

 そして今日からは更なる節約のため


「よぉ、また世話になるぞ」

「ヒヒィィン! ヒヒ?」

「なんだよ、その『なんでコイツまた来たの?』みたいな目は」


 馬小屋生活に逆戻り。

 宿での休息は、泡沫の夢のように過去のものとなった。


「コッチにだって事情があるんだよ。お前のように安泰な生活とはいかないの!」

「ヒヒィィン!」

「あぁ、スマン……。べつにお前さんも、この暮らしに満足してるわけじゃないんだな……」

「ヒヒィィン!」


 コイツには現状を打破できるだけの力がない。

 だからどんなに不満があろうとも、馬主に流されるがまま生き長らえるしかないのだ。

 それと比べたら……


「まだ、俺はマシか」

「ヒヒィィン!」


 ははっ、なんで俺は馬なんかに励まされてんだ……!

 まったく……カジノプロである俺よりも、よっぽどおさんの方がたくましい。


「どうしてんだかな、ホロのやつ……」

 離れていった弟子のことを思いながら、久しぶりになるワラの上で、俺はゆっくりと眠りに落ちるのだった。



     ♪     ♪     ♪



 ホロが居なくなっても、俺のルーチンワークは変わらない。

 朝になったらクゥーエ草の採取に出かけ、昼頃にはカジノでルーレットを回し、もう一度クゥーエ草を採りに行く。

 今日はそれにプラスして、冒険者ギルドに預けてるお金を引き出そうと受け付けに並んでいた。


「次の方、どうぞー」

順番の回ってきた俺は、受け付けに冒険者カードを差し出す。


「全額、引き出してくれ」

「かしこまりました。このパーティー名義で引き出せる残高は12万シリンになりますが、こちら全額でよろしいのですね?」

「あぁ……え?」


 俺は受け付けの言う金額に目をしばたかせる。


「ホントにそんな残ってます?」

「えぇ、12万シリンで間違いありませんよ」

「んんん?」


 多少の記憶違いなら、そうだったかもと流しただろう。

 だがこれは明らかにいる。

 それも三倍だ……! おかげで桁も一つ増えている!


「ちょっと履歴を調べてくれ」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」


 増えたのだからいいではないか――と、そうもいかない。

 ギルドの過失か、それとも別の何かか。

 理由はわからないが、使った後で返せと言われても返しようがないので、身元のハッキリしない金は使わないのが一番。ネコババする度胸なんて俺にはない。


「えーと……調べてみたところ、ここ一週間ほど毎日この口座に振り込みがありますね。名義人は……ホロという方から」

「なっ……!」


 ホロが、この口座に……?

 これは俺とホロの共有口座だから、同じパーティーメンバーであるホロがギルドに問い合わせれば、この口座のアカウントを教えてもらえるだろう。

 そうやって共有口座を探し当て、振り込みをした……?

 でも、あいつにそんな金は……


「いや……何かしらのクエストを毎日こなし、金を稼いでたんだ。だから毎日振り込みの履歴が……」


 しかし、何のために?

 決まっている。自分の失敗を償おうとしてだ。


「おいおい……誰がそんなことしてくれって頼んだよ!」


 確かに、チップを失ったキッカケはホロにある。

 それでもアイツは『残ったチップだけでも確実に、現金として持ち帰らなきゃ……』と、めちゃくちゃ嫌がっていた『あの作業』に意欲的だった。


 なのに、全てのチップを失った。

 それは俺が命令したからだ。


 ――すべてのチップを賭けて勝負して来い、と。


 だから全部が全部、ホロの責任とは言えない。

 いや、すべて一人で背負わせないために


「俺がんだぞ!」


 それに、気付いてくれよ……!

 俺はお前を責めてないってことに! 俺は怒っちゃいないんだってことに!

 どのみち負い目を感じると、わかっていたから!


「あの……それでどうします? 引き出し手続きを進めてもよろしいんですか?」

「あぁ、すまない……三万シリンの引き出しに変えてくれ」

「かしこまりました」


 きっとアイツは罪を償うためだと言って、自分がボロボロになることも構わずに、クエストを受け続けてるに違いない。


「止めてやる……!」


 見つけ出して、これ以上無茶するのを止めてやる……!

 金よりも大事なものがあるんだってことを、みっちり教えてやる……!

 現金を受け取った俺は、すぐさま冒険者ギルドを後にした。

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