第24話 消えた背中

 捕まえようと伸ばした右手を引き戻す。

 それから、残酷な結果を叩きつけたバカラのテーブルへと目を向けた。


「ホロにはキツかったか……」


 バカラというゲームは、2枚づつ配られた時点で即時決着することもあれば、今回のようにギリギリまで勝負の行方がわからないこともある。

 非常にエンターテインメント性……もとい、中毒性のあるゲームだ。

 そんなゲームをなぜ選んだかといえば――


「これが最善だったんだ……」


 倍率2倍のゲームは他にも、ルーレットの奇数偶数賭け・赤黒賭けがあるし、ブラックジャックだって基本的には倍率2倍である。

 それでも、バカラのバンカーベットに比べると圧倒的に勝率が悪い。

 ルーレットでやる半丁博打の勝率は18/37だ。わかりやすく直すと48.6パーセントになる。

 ブラックジャックは還元率こそ良いものの、単純な勝率ではルーレット以下だ。


 そしてバカラのバンカーに賭けた場合の勝率は――なんと50.7パーセント!

 次点のルーレットよりも2パーセントも勝率が高く、事実上、これ以外の選択肢などあり得ない。

 もっともそのせいで、余計に多くの傷をホロにつけてしまった感じはするが……。


「……っと、いまは自己の正当性を主張してる場合じゃない! とっととホロを追っかけないと!」


 初めてホロと出会ったとき。

 あの時も、ホロは手持ちの資金をすべて失い、冷静さを欠いていた。

 そこに付け込まれ、身体を担保に金を貸してやるという男の提案に、まんまと乗っかるところだった。いや、俺が声をかけなければ確実に乗っていた。

 あれから成長したとはいえ、ホロはまだまだメンタルが弱い。年頃の女の子らしい多感性を持っていると言えば聞こえはいいが、何のなぐさめにもならないだろう。

 すぐにでもホロを捕まえないと、何をやらかすことか……。


「クソッ、どこ行ったんだよ!」


 カジノを出てすぐのメインストリートは人でごった返し、身体の小さいホロなんかは人混みに紛れて見つかりそうにない。完全に出遅れてしまった。


「ちっ、とりあえず冒険者ギルドに行ってみるか」


 他に心当たりなどない。

 だからここに居てくれと、もはや祈るような気持ちを抱いて、冒険者ギルドまでダッシュした。

 勢い良く扉をぶち開ける。

 何事かと、ロビーで寄り合っていた無数の冒険者が、一斉に俺の方に顔を向けた。


「ホロ! いないのかっ!?」

 しかし、そんな奴らのことなど気にもせず、俺は大声でホロに呼びかける。

「ホロ! いたら返事をしろ!」


 だが、答えは返ってこない。

 ギルド内を見回しても、それらしい人影はない。


「クソッ、ここには居ないのか!?」


 他に行きそうな場所など、俺には思い当たらなかった。

 これには思わず悪態をつく。

 カジノプロとして、いつも冷静であらんとする俺が、だ。


「おぅ、兄ちゃん。血相変えて呼んでんのは、いつも一緒のちびっ子か?」


 そんな俺に話しかけてきたのは、いつだったか「面白そうだから」と俺に近づき、一緒にエールを飲み交わしたあの冒険者だった。


「あ……あぁ、そうだ。ちっちゃくて可愛い、俺のホロだ!」

「お前さん、あんときロリコン呼ばわりするなと俺に言ってなかったか? 言動が完全にロリコンのそれだぞ」

「今はそんなこと、どうでもいい! ホロはここに来たのか!?」

「いーや、ここ一時間くらいは来てねぇと思うぞ。探してるなら他を当たったほうがいいぜ」

「……他の場所に、心当たりがないんだよ」


 ホロと出会ってから、すでに一ヶ月以上が経つ。

 だと言うのに、俺はホロのことについて知ってることが少なすぎた。


 どこに住んでるのか?

 家族は何人いるのか?

 今の年齢はいくつなのか?

 好きなことは何か?


 そうしたことを俺は気にしたことがない。

 ホロの師匠などとうたいながら、俺はこれっぽっちも、弟子のことを知らないのだ。これで師匠などと名乗るのは、はたして如何なものか。


「心当たりがないって言ってもよぉ……お前さんと一緒に行ったことがある場所は、他にもあるだろう?」

「……そうだな。可能性は低いかもしれないが、ちょっと確認してくる。ありがとうな!」

「おう!」


 ほかにホロと一緒に過ごした場所……。

 思いついたのは、カジノの勉強会を開いた喫茶『安らぎ処』だ。

 俺はすぐさま『安らぎ処』へと赴いた。


「あぁ、あの銀髪の女の子かい? 今日は見てないが……」


 しかし、結果は空振り。

 あと残るのは……


「あの子のことはよく覚えてますよ。せっかく素材は良いのに、お洋服に無頓着だからもったいないと思いました。今日は見てませんよ」


 一般区の服飾屋にも、ホロは来ていない。

 他にはクゥーエ草を採りに行くあの森くらいだが、さすがにそれはないだろう。

 これでホロと行ったところは全て当たったことになる。


「……万事休すか」


 走り回ったせいで身体が重い。

 クゥーエ草の採取依頼のおかげで足腰は鍛えられたが、どうやら持久力までは付かなかったようだ。


「師匠失格、かな……」


 沈んでいく夕陽を眺めながら、自分の至らなさにやるせない気分になる。

 それと同時に、ホロを探すことも諦めた。

 カジノプロとして必須の『諦めるクセ』が顔を見せる。

 そのことに、どこまで行っても俺はカジノプロなんだなと、苦い笑いが込み上げてくるのだった。

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