第23話 バカラというゲーム
「残された道は二つだ。今度こそバンカーにベットし続け、少ないながらも現金を持ち帰るのが一つ。最後まで諦めずに勝ちに行くのが一つだ」
「でもさっき……ツクバでも、ここから持ち直すのはキツいって……」
「あぁ、キツいな、真面目にやったならば」
「それって……」
「
前にちょろっと話したんだが、どうやら覚えていないようだ。
「手堅く資金を2倍にしようってのは、ホロが想像してる何倍も手間だし難しい。だから効率よく資金を2倍にするには、ニブイチが一番効率いいんだよ」
「でっ、でも……! それで負けたら……!」
「全部のチップを失うな」
ホロの顔が青ざめる。
自分のせいで、クエスト一ヶ月分以上の損失を出すかもしれない。
それならば確実に、残った分だけでも現金に……と、逡巡してるのが手に取るようにわかる。
だが、そうはさせるかよ!
「悪いが、ホロに決定権を与えるつもりはない」
「えっ……?」
「勝負だ! 残ったチップ全てを賭けて、ニブイチの勝負をして来い!」
中途半端が一番良くない。
負けるなら全額負ける、じゃなけりゃ絶対に勝つ!
これが俺の美学であり、一番効率のいい勝負の仕方でもある。
「バンカーに全額ベットだ」
俺はもう一度、ホロに命令を下した。
♪ ♪ ♪
休憩室を出た俺たちは、適当なバカラの卓へと近寄った。
もっとも、ホロは
「……本当にやるんですか?」
「やる」
ずいぶんとビビっているな。
減ったとは言え、まだ大金と呼んで差し支えのない金額だ。
コレを外してしまったらと想像し、二の足を踏んでいるのだろう。
「…………」
卓にはついたが、ホロはなかなか賭けようとしなかった。
しかしその間にも、着々とゲームは繰り返される。
その結果を見て「いま賭けていれば……!」と悔しそうにしたり、逆に「賭けないで良かった……!」と安堵の表情を浮かべたりしている。
いい加減に、じれったくなってきた。
「はぁ……俺が何のために、あの面白くもない作業をやらせたと思ってる?」
「それは……」
あの作業とはもちろん、同じ金額を永遠とバンカーに賭けさせたことだ。
「こういう時に怖気づかないためだ。金額の大小に関わらず、ベットすることがただの作業だと、魂に刷り込ませるためだ」
「…………」
「わかったか?」
ホロは頷いたり首を振ったりせず、ただ視線を卓へと戻す。
それから更に数ゲームを眺め、ふと、ホロが呟いた。
「ねぇ、ツクバ……一つ聞いてもいい?」
「それで気分が紛れるなら聞いてやろう」
「前々から思っていたのですが、バカラには『バンカー』だけじゃなく『プレイヤー』に賭けることもできますよね? なんで『プレイヤー』には賭けないんですか?」
「バカラってのはな、完全な半丁博打じゃあない。若干ではあるが、バンカーの方が勝率が高いんだ。その分、バンカーに賭けて勝った場合はコミッションと呼ばれる5パーセントのマージンを取られるわけだが、それを考慮してもバンカーに賭けた方が還元率が高い」
どちらに賭けるかによって、還元率に0.2パーセント程度の差が出る。
微々たる差ではあるが、積み重なることで大きな差へと広がっていくのだ。カジノプロとして絶対に譲れない。
「なるほど、そういう理由だったんですね……」
「気分転換になったか?」
「少しは……次、賭けます……!」
「ようやく踏ん切りが着いたか」
バカラは配られたカードの下一桁が、9に近いほうが勝ちのゲームだ。
しかしブラックジャックとは違い、参加者が細かいルールを覚えている必要はない。
それは進行役であるディーラーがシッカリと覚えてればいいことだ。
「
ディーラーが賭けの受け付け終了を宣言する。
プレイヤーに配られたカードは1と6で、合計すると7だ。
これをナチュラル
対するホロが賭けたバンカーは、2とKのカードを引いた。
なおバカラでは絵札がゼロ扱いなので、バンカーの合計は2となる。
しかし勝負はまだ決まっていない。バンカーは三枚目のカードを引く権利がある。
「どうぞ、絞ってください」
そして今回のゲームで一番高額を賭けたホロが、裏側で配られた三枚目のカードを
この『表側にする権利』に特別な意味はない。意味はないのだが、しかし、この表にする行為に、バカラというゲームを盛り上げる要素が詰め込まれている。
ディーラーが先ほど言っていた『絞り』がそれだ。
ホロは数字が書かれている左上の部分をシッカリと指で隠しながら、少しづつカードの上だけを捲っていく。
「スペードの二本足……!」
そして今回、この『絞り』を行うことによって、勝負の行方が面白くなった。
二本足とは、上の方に描かれているハートやスペードなどの絵柄が、右と左の両方に見えている状態を指す。
しかしここで何も見えなければ、裏側のカードはAで確定。
また、
真ん中一つに絵柄が見えている一本足は2か3となる。
そして両端に絵柄が見えている二本足は4~10のどれかだ。
ホロが勝つために必要な6か7のカードはこの二本足であるため、まだ勝つ可能性が残っている。
「横だ、横から捲れ!」
「は、はい……!」
ホロは言われた通り横から少しづつカードを捲り、スペードの数を確認していく。
ここでスペードが二つしか見えなければ4か5で敗北が確定。3つ見えたなら6、7、8のどれかなので勝算は高い。四つ見えたら9か10なので、これも敗北が確定。
このように少しづつカードを捲って、自分が望むカードかそうでないのか段階を踏んで確かめるのが、ほぼ半丁博打でありながら金持ちを虜にするバカラの『絞り』だ。
「す、スリーサイド……!」
そして、どうやら横から見てスペードが三つ見えたらしい。
これで裏側のカードは6、7、8のどれかまで絞られた。ホロが勝つ可能性のあるカードが2枚も残っている!
「では一気にめくって下さい」
「は、はい……!」
ディーラーの言葉に、ホロはかなり緊張しながらも頷く。
ふーっと息をはき、心を落ち着かせてから、一気にカードを捲った!
「……!」
確率的には2/3と、当たる可能性のほうが高い。
しかも2/13という不利な状況から這い上がって来たのだ。勝つことに期待してしまうのは仕方がないと言えよう。
なにせ『絞り』とは、こう楽しむ為にやっているのだ。
「……なんで…………」
しかしだからこそ
「なんで……そこ……で、負けるのぉ……??!?」
ショックが大きい。
裏側のカードはスペードの8だった。
つまり2を足すと10になってしまい、下一桁がゼロになる。9から最も遠い位置だ。
極限まで膨らんでいた勝利への期待が、音を立てて崩れ落ちる。
「……なんで…………なんでよぉ…………!」
「おい、ホロ……」
「……なんでなの!? 絶対に負けれ、なかった……のに……ッ……!」
ホロの瞳から、ポロポロと涙が溢れ出す。
覚悟を決め、挑んだ勝負。
そこでの敗北。
取り返しのつかないことをしてしまったという自責。
「…………ッ!」
「あっ、おい、ホロ!」
目の前の事実が、信じられないというように……。
あるいは……目の前の現実から目を背けるように……。
捕まえることも叶わず……。
ホロはその場から逃げ出した。
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