第22話 後悔先に立たず
ルーレットで当たりが出たのは、それからさらに数日経ってのことだった。
「やっと出ましたか! もうすぐ一ヶ月も外れ続けるところでしたよ!」
「俺たち二人が協力したって、確率的には19回に一回しか当たらないんだ。確率のブレを考えたら、三ヶ月当たらなくても不思議じゃない。資金もまだ一週間分は残ってたんだし、これくらい許容範囲だろ」
「そうは言っても、お金が減ってくだけというのは不安じゃないですか」
その気持ちはわからなくもない。
いくらメンタルに自信のある俺でも、資金が底をついて黒パン&馬小屋生活に逆戻りするのは遠慮願いたかったくらいだ。
それにしても――
「あー……カジノやりてぇ……」
チップを増やす快感をそろそろ味わいたい。
もともと俺がカジノプロになったのは、いつでも、好きな時に、好きなだけ、カジノを満喫するためである。
それなのに、今では一ヶ月近くもお預けを喰らっているのだ。
禁断症状が出てもおかしくはない。
「じゃあ何で、ツクバが当てないんですか!」
「仕方ないだろ、当たりたくても当てれないんだ」
「私なんて当てたくなかったですよ! またアレやらされるんですよね!? アレを!?」
「あー、アレね。まあ当たったからには頑張って」
「ですよねー、知ってました……」
いい加減諦めろよ。
ベットするのに何も感じなくなるまで、バンカーに賭け続ける試練は終わらないぜ?
「あー……カジノやりてぇ……」
「あー……ベットしたくないです……」
「「はぁ~……」」
♪ ♪ ♪
覇気のないホロの後ろ姿を見送って、俺はカジノを後にした。
前回できたのだから今回もできるはず。
だから俺はホロの心配などせず、クゥーエ草を採取するという自分の役目をキチンと果たせばいい。
そう考え、のん気に五時間後にカジノへ戻ったのが間違いだった。
「あれ? ホロのやつどこ居るんだ?」
居ないのである。
いくらバカラのテーブルを探しても、ホロの姿が見当たらない。
「トイレか? それともお腹が空いてメシでも行ったのか?」
ホロとお金を共有してると言っても、全て俺が持っていては何かと不都合だろうと、ホロにも
なので、少し待っても戻らなければ買い食いに出かけたと判断し、今日は宿に戻ろうと考えた。
「ん?」
ところが、ふと目に入ったブラックジャックのテーブルに、長い銀髪の少女が座っているではないか。
服装も、安くて汚れが目立たないからという理由で購入を決めた、黒のオフショルダー型ワンピースである。間違いなくホロだ。
「おい、ホロ。何やってるんだ?」
前回は一日で100倍のベットは終わらなかった。
だから今回もまだ100倍のベットは終わっていないだろう。
それなのに、ブラックジャックのテーブルで油を売っているとはどういう了見だ?
「…………」
「おい、ホロ……?」
確実に聞こえているはずなのに、ホロは俺の問いかけに応えない。
たまらず肩を揺すると、ようやくホロは小さな声で何かをつぶやいた。
「なんだ? 聞こえない」
「ごめ……なさ……」
「悪いが、もうちょっと大きな声で――うぉっ!?」
いきなり立ち上がったかと思うと、ホロはそのまま俺の胸に飛び込んできた。
訳もわからず、しかし男として女の子を突き返す訳にもいかず、為すがままにホロのことを受け止める。
と、俺の視界の端に、テーブルに置かれたままのチップが目に入った。
(あぁ……そういうことか……)
涙で濡れていく俺のシャツと、明らかに減っているチップを見れば、事情は察せられようというもの。
だからと言ってどうすることも、俺には出来ない。
なのでひとまずは……
「中断させて申し訳ない。ツレは連れて行きますので、気にせずゲームを再開してください」
迷惑をかけてしまった他の客やディーラーに詫びを入れ、場所を移すことにした。
他の客たちも、ホロが負けて憔悴しているのはわかっていた為に、中断させてしまったことへの文句も言われない。
それどころか「忘れ物だぜ」とホロのチップをかき集めてくれる始末だ。
俺はそれを受け取ってから、ホロを休憩室へと連れて行く。
「ちょうど半分くらいか……」
空いているイスへとホロを座らせてから、チップの確認を行った。
その価値によって、チップは色ごとに分けられる。
青が100シリン、黄色が500シリン、緑が1000シリン、赤が5000シリン、紫が1万シリン、黒が10万シリンに相当する。
そして綺麗に整理してみれば、黒や紫と言った高額チップが何枚か減っていることがわかる。本来ならクエスト39回分のチップがなければいけないのに、22回分のチップしかなかったのだ。
「俺の指示を破って負けたのは明らかだな」
これにはため息しか出てこない。
確かに『バンカーに同じ金額で賭け続ける』より『好きなゲームに好きな金額賭ける』ほうが楽しいのはわかる。
だがそう言った楽しみは、まだホロには早かった。
「ホロ、なんで俺の指示を破った?」
俺が問いかけると、ホロはビクッと肩を震わせる。
しかし小さいながら、しっかりと答えを返してきた。
「勝てる……と、思った……から……」
なるほど、勝てると思った……ねぇ……。
正直なところ、ホロはまだまだ成長段階だ。
実践で勝ち続けられるほど成長したとは、口が裂けても言えない。
(これも俺が原因か)
それでも、本人に勝てると思わせてしまったのは俺の責任だ。
今まで、俺はホロに色々な知識を与えてきた。
カウンティング、ベット法、負ける理由、勝つために必要なこと。それら全てが、ホロを助長させてしまったのだろう。
「ツクバ……私どうしたら……!」
ホロが
その顔には「助けて……!!」という悲痛な声だけでなく、俺にも為す術がなければ「どうしよう……?」という不安が、ありありと浮かんでいた。
だからといって
「ここから負けた分のチップを取り戻すのは至難の技だ。正直なところ、俺でもこれはキツい」
「そ、そんな……」
ホロの期待する答えを返すことはできない。
まぁ……俺が本気でやろうと思えば、何とか持ち直せる可能性もある。
しかし、それには労力が見合わないし、運も絡んでくる。
そこまでして、失敗したら全てのチップを失う勝負に、多くの時間を割いてはいられない。
なので――
「残された道は二つだ」
そう言って、俺は指を二本立てるのだった。
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