裏切るのはいつだって『確率』ではなく『人間』だ

第21話 勉強会

「ハーッハッハ! ついにこの時が来た!」


 俺は高らかな笑いを飛ばしながら、ここに宣言をする。

 それは異世界生活2日目に固く誓ったあの目標――


「馬小屋生活も今日で終わり! 人としての尊厳を取り戻してやったぜ……!」


 祈願であった最低限度の生活に、目処が立ったのである。

 動物臭い部屋、吹き抜ける隙間風、ワラの上で眠る生活……我がごとながら泣けてくる。


「お前とも、今日でお別れだ」

「ヒヒィィン!」

「おっ、なんだ寂しいのか? 仕方ない、これは餞別せんべつだ。ありがたく受け取れ」

「ヒヒィィン!」


 俺が放り投げた人参を、空中で華麗にキャッチするおさん。

 コイツには蹴飛ばされたり、ひずめを磨かされたりと散々だった……おっと、蹄は卑しい私めが、自主的に磨かせていただいたのでした。


「じゃあな、元気でやれよ」


 俺はそう言って、馬小屋の扉を閉めた。

 人との出会いは一期一会いちごいちえ。出会いがあれば、別れもある。


「まぁ、今日の相手は人じゃなくて馬だったけどな」

 俺は自分の言動に苦笑しながら、ホロとの待ち合わせ場所へと向かった。



     ♪     ♪     ♪



 カジノやギルドがあるメインストリートから、少々外れた場所に位置する喫茶『安らぎ処』にてホロと落ち合う。

 不覚にも、俺がカジノプロだとホロに見破られた因縁のある場所だが、そのおかげでホロとよろしくやってる部分もあるので、見破られて良かったなと思ったり思わなかったり……。

 そんな場所で何をしてるかと言えば、ホロに投資法についてレクチャーしているのだ。


「結局のところ、どれが一番勝てるんですか?」


 チップの賭け方というのは実に多彩で、もっとも有名なマーチンゲール法のほか、モンテカルロ法・ウィナーズ投資法・チャンピオンシップ法・パーレー法などなど、これらの亜種も含めたらその数は計り知れない。

 それらの中でもっとも勝てる投資法がどれかという、全ギャンブラーが一番知りたいであろう疑問をホロはクチにした。

 しかし、俺はその疑問に首を横に振る。


「これらの投資法を考えた先人だってバカじゃない。どうやったら勝てるかって、脳みそを捻りに捻って生み出したんだ。だから存在するほぼ全ての投資法で勝つことができる」

「だから、どれが一番勝てるのかって――」

「どれも勝てない」


 俺の言葉に、ホロはポカンと間抜けな表情を見せた。


「えっ、ちょっと待って下さい! さっきまで、どの投資法でも勝てるって言ってたじゃないですか。なのに、どれも勝てないってどういうことですか?」

「どの投資法にも理論的な穴はない。やり続ければ必ず勝てるようになっている」

「???」

「問題は、その『やり続ける』というのが不可能な点だ」


 勝負をしていると、必ず勝ち負けのブレが出てくる。

 もちろん『大数の法則』によって、試行回数を増やせば確率通りに収束してはいくが、短期間においてはその限りではない。

 ブレが勝ちに向いてる場合はいいが、負けに向いてる場合……


「どんな人間だって、無限に資産を持ってるわけじゃない。だから負けが込み続けると、いつかは必ず資産が底をついて負ける」


 所詮は机上の空論なのだ。


「もう一度いうが、理論的な穴はない。あるのは資産の限界だ」

「そういうことですか」

「あぁ。そして資産とベット額というのは相互関係にある。ここまでの範囲内のベットなら安全というのは、持っている資産によって決まるのだ。そしてその臨界点を知らずに賭け続ければ……」

「いずれ負ける、ということですね」


 俺は大きく頷いた。

 結局のところ、自分の安全圏を知らずに賭けるから、多くの者は負けるのだ。

 そして数学の凄いところは、その安全圏を推測できることにある。

 だからこそカジノプロにとって、数学は武器なのだ。


「勉強さえすれば確率のブレですら、平均や中央値を求めることができる。どれくらい大きいブレが、現実的に起こり得るのか。また、大きな確率のブレが、どれくらいの確率で発生するのか。頻度はどれくらいか、などな」


 身近な例で言うなら、大規模地震の発生率なんかが良い例だろう。

 何十年に一度、大きな地震が起こると言われ「そろそろココも危ない」などと、本当に危機感を抱いているのか怪しい会話が繰り広げられるのも、数学の力あってこそだ。


「確率で確率を求めるとか、もう意味がわかりませんね」

「全くだな」


 俺たちは二人そろって笑い声を上げるのだった。



     ♪     ♪     ♪



 俺がルーレットを当てたあの日から、早くも半月が経過した。

 その間にも、クゥーエ草の採取を行ってはルーレットに賭け、合間をってはホロと勉強会を行っている。


「なるほど、これが前に言ってた『流れを読む技術』なんですね」

「正確には別物だが、勝てる可能性が高い瞬間を見抜く技術……それがこのカウンティングだ」


 物覚えがいい時期というのもあるのだろうが、ホロの場合は元々の地頭がいい。

 確率というのは、実際に起こり得る確率と体感とで非常に剥離はくりしやすく、また、頭のなかで納得しにくい学問だ。

 だというのに、ホロはそれを正しく理解している。

 試しに数学者でも間違えたと悪名高い『モンティ・ホール問題』をいじわるで出題してみたのだが、ホロは見事に正解を導き出した。数学に対して、とてもいい感性を持っている。

 そんなホロでも、カウンティングには顔をしかめた。


「これ……とっても難しいです……」

「なに言ってるんだ、カウンティングはカジノプロなら必須の技術。しかもホロに教えたのは簡単なやつだぞ」

「えっ? カウンティングにも種類があるんですか?」

「あるぞ。いま教えたのがハイローカウンティングだ。2~6の数字がプラスカウント1で、7~9がゼロ、エースと絵札を含む10のカードがマイナスカウント1と、大雑把に分けただけに過ぎない」

「大雑把……」


 ホロが複雑な顔をする。

 話だけを聞くと簡単なように思えるが、ディーラーが素早く配るカードを、3種類の枠組みのどれに当てはまるのか見定め、その合計を計算しなければならない。


「実際にやってみよう」


 俺がディーラーの代わりを務め、カードを配っていく。

 プレイヤーは三人を想定し、全部で7枚のカードがテーブル上に配られる。この間、わずか4秒ほど。


「これはプラスカウント1だな」


 配られたカードは2、K、7、3、J、9、5。

 プラスカウントになるカードはこれらの内の2、3、5の三枚で、マイナスカウントになるのはKとJの二枚だけ。

 つまり3-2でプラスカウント1という訳だ。


「ツクバはバケモノですか!?」


 だがホロが驚いたように、わずか数秒の間に『認識』『分類』『計算』を行うのは、言うに容易く行うは難しの典型だ。

 もっとも、計算自体は簡単なので、モノを言うのは頭の速さと言える。


「バケモノとは心外な、訓練すれば誰だって出来るようになる。それにさっきも言ったが、これでも簡単なやり方なんだぞ?」

「はぁ……これで簡単ですか……」


 いまいち納得いってないご様子。


「ちなみに一番むずかしいのって……」

「パーフェクトカウンティングと言ってな、出たカード全てを記憶し、目当てのカードが出る確率まで計算する」

「頭おかしいんですか? そんなの出来っこないじゃないですか!」

「俺はやってるぞ?」

「やっぱりバケモノじゃないですか!!」


 心外だなぁ……。

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