第19話 本気のブラックジャック3

 今日も100倍のノルマを達成するために、ブラックジャックがやっているテーブルを探していると、タイミングがいいことに、新たなブラックジャックの卓空けをするところだった。

 俺はすかさず卓へと駆け寄り、一番左の席へと座る。


「ちょうどよかったですね」

「そうだな。前回はスキンヘッドに絡まれたせいで、本番前に止めちまったからな。今日は最初から全力で行ける」

「え……?」


 ホロが怪訝な顔でコチラを見る。


「ちょっと待って下さい。本番ってどういうことですか?」

「どういうって……言葉の通りだが」

「その言葉の意味がわからないんですよ! 前回のあれはリハーサルだったとでも言うんですか?」

「リハーサルってよりも、ただの消化試合だな」

「ますます意味がわかりません……」


 ホロは懸命に頭を回しているようだが、どうせ答えは出まい。

 なにせ必要な知識が足りていないのだ。

 それを教えてやるのもやぶさかではないが、カジノ内でペラペラ喋るような内容ではない。

 なので俺はホロに「あとで教えてやる」と言って、ゲームが始まるのを待った。


「プレイヤーは三人ですかな? では始めましょう」


 年季の入ったダンディーなおじさんディーラーが、ゆっくりでありながらも、どこか優雅さを感じさせる所作でカードを配っていく。

 俺はその配られるカード一枚づつを、チラチラと目で追った。


(2、8、J、5、7、5、9……プラスカウント2か)


 ブラックジャックの禁術『カウンティング』のためである。

 この『カウンティング』とは、場に出たカードを記憶し、次に出る可能性が高いカードを推測する技術だ。

 カジノの中で最も勝てるゲームがブラックジャックと言われるのは、この技術一つによるものと言っても過言ではない。


 さて、このカウンティング……カードが一枚も使われてない状態から始めないと意味を成さない。

 いや、成さなくはないのだが、より正確な状況を把握するためには最初からやった方がいい。

 だから途中参加した前回は、山札シューターが全部なくなり、全てのカードがリセットされるまで、文字通りを行っていたのだ。これが先ほどホロに言った言葉の意味だ。


「ヒット」


 ベーシックストラテジー通りのプレイを淡々とこなしながらも、全てのカードに目を通して記憶していく。

 勝負するべき場面を確実に見定めるために。


(残り山札は三分の一ほど……。カウントもプラス8と良好か)


 ブラックジャックというゲームには、少ないながらプレイヤーに有利とされるアクションが用意されている。

 カードを一枚だけしか引けない代わりに、賭け金を2倍にできる『ダブルダウン』

 最初に配られた二枚が同じ数字だった場合、二つの手札に分けることができる『スプリット』

 厳密にはアクションではないが、プレイヤーが絵札を含む10カードとエースで21を作り勝利した場合、配当が1.5倍になる『BJブラックジャック

 これらがプレイヤーに有利な条件なのだが、全てに共通するのは、山札シューターに絵札を含む10カードとAが多ければ、成功率が高まるという点だ。


 それを見極めるためにカウンティングは行われる。

 なので、そうしたプレイヤー有利な状況になるまでは、カジノプロにとって『賭け』はお遊び。

 言い過ぎと思うだろうか?

 しかし、事実、遊びだ。

 それよりも、俺たちカジノプロはもっと水面下で、カジノと真剣勝負をしているのだが……


(まぁ、この世界じゃ勝負が成立しないわな)


 地球のカジノを思い出し、ちょっとばかし感傷に浸る。

 カジノプロとカジノ運営の真剣勝負と言えば、如何にカウンティングを見破られないかだ。

 そのために、プレイヤーが有利でないときでもベット額を上げたり、わざと最適戦略ベーシックストラテジーから外れた行動をしたりと、涙ぐましい努力をしてカモフラージュしていたのである。


(しかし、ここではそれが不要か)


 カウンティングという技術を、世界が知らない。

 俺を縛る行動のかせが、世界をまたぐことで解き放たれた。


「ゆえに、俺に敗北の二文字はない」

「何が『ゆえに』なんですか?」

「さあな」


 ゆくゆくはホロにも、カウンティングを覚えさせるつもりだ。

 もちろん、全てのカードを記憶し、次に出る可能性が高いカードを見極めるのが、かなり難しい技術だというのは誰にだってわかるだろう。

 ここが、ブラックジャックを極めるのに立ちふさがる『第二の壁』だ。


(ま、それくらい出来なくちゃカジノプロなんざ無理だけどな。ホロならすぐ、カウンティングも物にできるだろう……っと、よそ見してる場合じゃない。カウントは――ついに10を超えたか)


 カウンティングの由来にもなっているこのカウントが、高ければ高いほど山札シューターに10カードとAが残っており、プレイヤーに有利な状況だ。

 そして今、明確な勝負所に差し掛かった。

 ここまでで、俺は青チップが2枚を超えないように賭けてきたが、ここからはチップ3枚以上で勝負する!


「おっ、チップ増やした所でAが2枚とは、兄さんツイてるねー!」

「はは、こりゃありがたい」


 他のブラックジャック参加プレイヤーが、俺の配られたカードを見て羨ましがる。

 Aというのは1にも11にもなる優秀なカードだ。ブラックジャックというゲームにおいて、ジョーカーと言ってもいい。

 そんなカードが2枚配られたとなれば……


「スプリット」


 これ以外の選択肢はありえない。

 俺はもう3枚のチップをテーブルに追加し、Aを二つの手札へと分けた。

 これにより、俺に新たなカードが2枚加わる。


「ひゅー! QとKとか、マジで兄さんツイてるな!」


 一つ目の手札がAとQで21に。

 二つ目の手札もAとKで21に。

 これでもう、俺がこのゲームで負けることはなくなった。

 俺は笑顔を取り繕って

 

「えぇ……自分でも驚くほど、ツキが来てるようだ」


 運が良かったと、思ってもないことをクチにする。

 周りの人間は誰ひとりとして、わかっていないのだ。

 俺のこの勝利が、運だけではなく実力によるものだってことに。


(カウンティングを知らなければ当然か)


 ブラックジャックというゲームは、少しだけ麻雀に似ている。

 運という要素が必要でありながら、それだけで勝つことは難しく、プレイヤースキルをも求めてくる。

 麻雀で言うなれば、他家の捨て牌を見て打ち回しを変えるのが、カウンティングと言ったところか。


(依然、プラスカウント7か……まだまだ行けるな)


 山札シューターも残り少ない。

 全力でチップを奪ってやると、俺は気合を入れ直した。




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