閑話 ゴブリンの討伐

 先ほどの一件で、どうにもやる気を削がれてしまった俺は、予定を大幅に短縮して席を立つ。

 気分が乗らない時はカジノをやらない。

 これもカジノプロとしてのリスク管理だ。


「さて、どうするか……」


 100倍のノルマを早々にクリアするために、今日は他の予定を入れていない。

 そんな中で訪れた、唐突な空白時間。

 これと言った使い道も思い浮かばない。


「とりあえず冒険者ギルドにでも行きませんか?」

「そうするか」


 ホロの提案で、俺達は冒険者ギルドへと向かった。



     ♪     ♪     ♪



 冒険者ランクを上げる――その必要性を俺は感じていた。

 キッカケは、ギルド受付嬢との何気ない会話からだ。


「なんだって?」

「ですから、ツクバ様のようにカジノチップで報酬を受け取る方は、Dランクになると1.2倍でもらえるのでお得だと」

「なんということだ……!」


 現在の俺のランクはFだ。

 冒険者として最下級のランクである。

 そしてDランクだが……ここからやっと初級冒険者と呼ばれ、もっとも層が厚いランクになる。

 ぶっちゃけて言えば、冒険者として特別な才能がなくても成れるランクということだ。


 ではなぜ、俺がいつまでもFランクに甘んじていたかと言えば……必要なかったのである。

 クゥーエ草はFランクでも受注が可能だからな。


「とか言って……単に知らなかっただけでしょう?」

「痛いところを突くのは止めろ」


 ホロの鋭い指摘を、大人の威厳で封殺する。


「なんでツクバは、この事を知らなかったんですか?」

「俺は冒険者登録をしたときに、ランクの説明をパスしたからな」


 危険なことをするつもりはなかったし、ランクが上がって目立つことへ、本能にも似た忌避感があった。

 地球出身の俺に、高ランクの冒険者が務まるわけがないという理由もある。

 しかしそのせいで、こんなメリットを見逃していたとは……。


「どうします、ツクバ?」

「もちろんDランクを目指す!」


 たかが一割が二割に変わったところで……と思うかもしれないが、必勝法を使うと単純計算でクエスト3.6回分も変わってくるのだ。

 カジノプロとして、自分の有利になることは、たとえ小さな変化だろうと見逃す訳にはいかない!


「というわけでだ、俺たちはどうすればいい?」

「ツクバ様の場合ですと貢献度は十分ですので、あとは討伐依頼を5回完遂すれば、次のEランクへと上がることができます」

「なら討伐依頼を斡旋あっせんしてもらおうか。誰にでもできる簡単なやつを!」

「カッコつけながら依頼する内容じゃないでしょう……」


 ホロの視線が冷たい。


「でしたらゴブリンの討伐はいかがでしょう?」

「そう! まさにこれこそ、俺がいま求めていたクエスト! いやぁ、キミは客のニーズをよく理解している実に優秀な受付嬢だ!」

「ありがとうございます」


 俺はさっそく、受付嬢オススメだというゴブリン討伐を受注する。

 その足で武器屋におもむき、飾りっ気のない短剣を購入した。


「よし、行くぞホロ!」

「あの……防具は……?」

「は? ゴブリン程度に防具を買うなんて金のムダだろ?」

「……さっきの短剣も、安かったから選びませんでした?」

「何か問題でも?」


 倒せるのなら、武器はなんだっていい。

 これ以上の反論もないようなので、さっさと出発するとしよう。


「不安だなぁ……」

 後ろを歩くホロが、ポツリと呟いた。



     ♪     ♪     ♪



 モンスターがよく出没するのは、王都と街をつなぐ獣道だ。

 その中でも、ゴブリンの出没確率はかなり高いらしい。

 ゴブリンと言えば、緑色の肌、子供程度の身長、醜い容姿、残忍な性格、異常な繁殖力というのが、おおよそ日本人が持つイメージだろう。

 そしてビックリするくらい、この世界のゴブリンに当てはまる。雑魚という点も一緒だ。


「何が心配なものか」


 他のモンスターならいざ知らず、ゴブリンごときに遅れを取るわけがない。

 とはいえ、何が起こるかわからないのが冒険者家業。

 俺たちには手に余るモンスターが出て来る可能性だって、ゼロではないのだ。

 そうした時に大切なのは、迅速な発見と速やかな撤退なのは言うまでもない。

 必要以上に緊張せず、しかし辺りの警戒は決して怠らずに突き進む。


「……いたぞ」

「六匹……多いですね」


 幸運にも、俺たちはすぐにゴブリンを発見することが出来た。

 モンスターのくせに生意気にも、威風堂々と道の真ん中を歩いている。

 と、俺たちがゴブリンを発見したのと同じく、ゴブリンたちも俺たちを発見したようだ。

 何やらギャアギャアと言葉を交わし始める。

 しかしすぐに意見が一致したのか、ゴブリンたちはコチラに向かってダッシュを始めた。

 手にはびたナイフや棍棒こんぼうを持っている。


「お前らも近接型か! ちょうど良い、人間とゴブリンの差ってものを教えてやる!」


 買ったばかりの短剣を握りしめ、いつでも返り討ちにできるよう身構える。

 だが、その勝手な判断・推測がマズかった。


「グギャア!」


 一匹のゴブリンが変な奇声を発しながら、手に持っていたナイフを

 ナイフは切るものという固定概念を裏切る、まさにモンスターらしい戦闘スタイル。


「うおおおおお!?」


 予想だにしなかった攻撃方法に、俺は驚きの声を上げながらも、何とか避けることに成功する。

 しかし、頬には嫌な汗がビッシリと伝っていた。


(おいおいおい、さっきのマトモに喰らってたら……!)


 最初の余裕など一瞬で吹き飛んだ。

 ゴブリンは雑魚、俺でも余裕で倒せる、ゲームではそうだった――そうした考えが、いかに甘いものだったかを思い知らされる。

 ゴブリンを倒すのだって命がけということに、今更ながら気がついた。


(ヤベェ……)


 俺はすっかり、戦闘意欲がなくなっていた。

 想像してみたまえ。

 ラリってアッパラパーな小学生の集団が、殺傷力十分な武器を持って、一目散にコチラへ向かってくる光景を。

 怖いだろ? 怖いよな? 怖すぎるだろ!

 はたしてそんな状況と、今の俺の状況とで、どれだけの違いがある?


 相手はモンスター。

 彼らには彼らなりの倫理や常識があるのかもしれないが、俺たち人間の価値観に当てはめればサイコパスでしかない。

 たとえ俺が泣いて許しを乞いても、ゴブリンたちはなぶるのを止めないだろう。


「マジ無理だわこれぇぇえええ!!」


 俺は情けもヘッタクレもなく、最弱モンスターであるゴブリンから、尻尾を巻いて逃げることを決意した。

 Dランクを目指す? 討伐依頼を5回完遂させてEランクへ?

 はっ! そんなもの、たったいまゴミ箱に捨ててやったわ!


「……かっこわる」

 ボソリとつぶやいたホロの一言が、俺の心にダイレクトヒットしたのは言うまでもない。




    討    伐    失    敗   !

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