第18話 本気のブラックジャック2

 取っ付きにくさはあるかもしれないが、ブラックジャックというゲームは、一度プレイしてみれば如何に簡単なゲームかがわかる。

 だからこそ多くの者がプレイし、熱中し、長らく親しまれてきたのだ。


「ヒット」


 自分の手札とディーラーのアップカードを比較して、カードを追加するか決める。

 時たま発生するインシュランスは、ディーラーがBJかどうかを予想するだけ。

 やることは単純なので、五分もあれば立派なブラックジャックプレイヤーの誕生だ。


「ステイ」


 だが……極めるとなれば、話は大きく変わってくる。

 まず壁となるのが最適戦略ベーシックストラテジー

 自分の手札とディーラーのアップカードを比べ、最も勝率がいい選択が何かを覚えなければならない。


「ホロ、これをやる」

「なんですか、これ?」

「俺が記した、このカジノのベーシックストラテジー表だ」


 ディーラーのアップカードを横軸に、自分の手札の合計が縦軸として、最も勝率のいいアクションを総当り形式で書いてある。


「これを覚えろ」

「わかりました!」

「三分でな」

「えぇっ!?」


 ホロが目をまん丸にして驚く。

 全パターン数は、ディーラーが10通りでプレイヤーが31通りなので310通りとなる。

 一分で103個は覚える必要があるな。


「む、無理言わないでくださいよー!」

「はは、冗談だ。時間制限は設けない。その代わり、この表は完璧に覚えろ」

「……できなかった場合は?」

「地獄のバンカーベットを――」

「任せてください! 完璧に覚えきってみせます!」


 どんだけあの作業が嫌いなんだよ……。

 これはまだまだ沢山やらせなくちゃいけないか?

 俺の腹積もりなどつゆ知らず、ホロは必死になってベーシックストラテジーの暗記に取り掛かった。


---


 俺に配られたカードは7と4で、合計すると11だ。

 対してディーラーのアップカードは6である。 


(来たぜ……絶好のダブルダウンのチャンス!)


 ブラックジャックにはゲームの開始後に、チップを上乗せする機会が二通り存在する。

 その内の一つが『ダブルダウン』と呼ばれるものだ。

 プレイヤーはチップを2倍に上乗せレイズし、カードを1枚引く。

 通常の追加ヒットは、気に入らなければ2枚でも3枚でも引くことができるので、1枚しか引けない点はプレイヤーにマイナスであるが、自分が有利な数字の時にだけ賭け金を増やせるというのは超絶的なアドバンテージである。

 その超絶的なアドバンテージを行使するチャンスが今だ!


 プレイヤーの合計が11ということは、どんなカードを引こうとも21を超えて強制敗北バーストすることがない。

 またJ・Q・Kと10カードという13種のうち4枚が、プレイヤーを負けなしへと導いてくれる頼もしいカードだ。これらを引ける可能性は十分に高い。

 そしてディーラーのアップカードの6だが……裏側のカードは10カードに見立てるというブラックジャックの基本戦略に基づくと、ディーラーの手札は16ということになる。

 しかし、ディーラーは16以下だと必ずヒットをしなければいけないため、21を超えて強制敗北バーストする可能性が実に50パーセントを超えるのだ。

 以上のことを踏まえれば――


「ダブルダウン」


 これ以外の選択肢などありえない。

 俺は最適戦略ベーシックストラテジーに基いて、ダウルダウンの宣言を行った。

 三枚目のカードが俺に配られる。


(7か……最良とは言えないが、悪くはない) 


 これで俺の合計は18となった。

 次はディーラーの番である。

 俺らプレイヤーが見守る中、オープンされたカードはハートの9だ……これでディーラーの合計は15となる。


(そのままバーストしろ)


 合計が16以下のため、ディーラーは新たにカードを引かなければならないが、ここで引いてほしくないカードは足して19、20、21となる4、5、6の三種類。

 逆を言えば13種のうち10種は引いてくれて構わないカードだ。


「23……バーストです」


 俺の願いが通じたのか、追加カードはスペードの8だった。

 なので、ディーラーは強制敗北バーストとなり俺の勝利が確定する。

 最初に賭けた青チップ一枚が、ダブルダウンの上乗せで二枚となったので、俺はディーラーから青チップ二枚を受け取った。


「いい調子ですね」

「ちゃんと表情は取り繕えてるようだな。暗記の方も終わったか?」

「はい、ちゃんと覚えました」

「よし」


 これでホロも立派なブラックジャックだ。

 ゲームをやる分には問題ないだろう。


「覚え間違えがないか、俺のアクションと照らし合わせて見てろよ」

「わかりました!」


 まだまだ100倍のベットは終わらない……。


---


 事件が起きたのは、それから数ゲーム後のことだった。

 ブラックジャックというゲームは、他のプレイヤーのアクションによって、シューターと呼ばれる山札から引けるカードが変わってくる。

 たとえば山札の一番上のカードが10だった場合、次にカードを追加ヒットするプレイヤーAが10のカードを引く権利を得る。

 すると次にヒットをするプレイヤーBは、10の次に山札の上だったカードを引くことになる。ここでは仮に5だったとしよう。

 しかしもし、プレイヤーAがヒットをしなかった場合、プレイヤーBが引くカードは10だ。当然のことだが、引いたカードが5だった場合と10だった場合ではゲーム結果が変わってくる。


「ふざけんなよテメェ!!!!」


 それが、スキンヘッドが俺に激怒している理由だった。


「何がだ?」

「テメェがヒットしたせいで、ディーラーがバーストしなかったじゃねーか! この落とし前はどうつけてくれるんだコラッ!!」


 スキンヘッドの言い分は、俺が16なのにヒットしたことでディーラーがバーストしなかったというもの。

 この時、ディーラーのアップカードは9だった。

 最適戦略ベーシックストラテジーに則れば、バーストする可能性が高くともヒットが正解だった。だから俺は迷わずヒットを選択した。

 結局、俺はKを引いてバーストしてしまったのだが、それがスキンヘッドは気に入らなかったらしい。

 ディーラーの裏側のカードは5だった。つまり一枚目の9と合わせて14となり、俺がヒットせず引かないステイしていれば、ディーラーはKを引いてバーストだったわけだ。

 ところが、俺がヒットを選択したことでディーラーの引くカードが変わり、次のカードだった7を引いてしまった。21の完成である。

 20でほとんど勝利を確信していたスキンヘッドは、この展開に怒り狂った。


「落とし前……? 自分が負けた理由を俺へ擦り付けようってか?」

「たりめーだろーがッ! 一番左の席は、ディーラーの引くカードに影響を与える責任重大な席なんだよ! テメェみてえな雑魚が、調子乗って座ってんじゃねぇ!!」


 スキンヘッドの言い分を、俺は鼻で笑った。

 確かに俺のアクションの結果でディーラーの引くカードは変わる。

 だがそこに、は何一つとしてないのだ。

 俺がヒットしたおかげで勝つこともあれば、俺のヒットのせいで負けることもある。

 スキンヘッドが言ってるのは、ただの結果論でしかない。


「てめっ、笑いやがったな!? 何がおかしいってんだ!」

「それがわかってないから笑ってんだろ?」

「……おい、ぶっ殺される覚悟は出来てんだろうな!?」

「怖い、怖い。これだからブラックジャックを知らないは……」


 俺の言動で、とうとう我慢の限界が来たらしい。

 腰に差していたサーベルをスキンヘッドは抜き出した。

 その光景を俺は冷ややかな目で見つめる。


「お止めください。カジノ内での殺傷行為は禁止です」

「あぁ? この生意気なガキに、ちっとばかし教育ってものを叩き込んでやるだけだろーが」

「そう言った行為も、カジノ内では禁止です」

「ちっ……!」


 ディーラーの言葉に反論できず、スキンヘッドはイスを蹴っ飛ばして、どこかへ消えていった。


「お客様も、あのような挑発行為はお控えください」

「そうですよツクバ! どうなるかって、かなり心配したんですからね!」

「それは済まなかった」


 俺は素直に謝罪した。

 といっても、俺には煽っているという自覚がなかった。

 あったのは「こんな時代遅れなことを言われるとは……」という、ある種の感動だった。絶滅危惧種を見つけた感動に似ている。


「それにしても、お客様はずいぶんと肝が据わってますな」

「はあ?」

「先ほどのお客様はBランクの冒険者と聞いております。そんな方に凄まれても、お客様は平然としておりました。もしや、それ以上に高ランクの冒険者様ですかな?」

「俺はしがないFランク冒険者だ」

「なんと……! それであの胆力とは、恐れ入ります」


 いやいやいや、違うんだ!

 カジノのことについて、プロの俺を差し置いて適当ぬかす野郎を、心底見下してしまっただけなんだ!

 ……とは言えないよなぁ。


「そうなんです! ツクバは凄いんですよ!」


 ホロよ……追い打ちをかけるのは止めてくれ……。

 いま猛烈に反省してるから……!



*****

下記でベーシックストラテジーの画像を公開してます

https://kakuyomu.jp/users/Yuuhi_ISM/news/1177354054883152550

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