第17話 本気のブラックジャック1

 カジノプロが本気でやるブラックジャック。

 その手始めは『ルールの確認』からだ。

 ブラックジャックと一言で言っても、カジノによってそのルールは若干異なる。

 俺は知っているバニーガールを捕まえ、ルールの確認を行った。


「デック数はいくつだ?」

「そのテーブルは6シックスデックなの」


 ナーシャは俺の質問によどみ無く答える。

 13種52枚で1デック。

 今回の場合、それを6デック使っているので、トランプの全カード数は312枚だ。

 この確認はとても重要で、ブラックジャックが勝てるゲーム足らしめている『カウンティング』の正確さや、還元率にまで影響してくる。

 なお、一番還元率がいいのは1シングルデックのブラックジャックだ。


1シングルデックのブラックジャックもあるの。ただし、最低ベット額が大幅に上がるの」

「貧乏人にはココで十分さ」


 たかだかで最低ベット額が高いところに行くのは、ただの博打になっちまう。

 俺は大人しく6シックスデックのブラックジャックで我慢するさ。


「ここ、座らせてもらうぜ」


 俺は『客の少ない』卓を選び『一番左』の席へとついた。

 先に座っていた客が俺のことを一瞥いちべつするが、特に何も言わずに視線を戻す。


 ベットの受付が始まった。

 俺は一番最低額の青のチップを1枚差し出す。

 この青のチップ一枚で100シリンだ。


「ずいぶんと弱気なベットですね」

「いいんだよ、今はな」


 ホロがちゃちゃを入れるが、俺は気にせずにプレイを続けた。

 ブラックジャックは最初に2枚のカードが配られる。

 2~10の札は数字の通りだが、ジャッククイーンキングは全て10カードとして、エースは1と11の都合のいい方どちらかという扱いができる。

 これら配られたカードを21に近づけるというのがブラックジャックというゲームだ。

 ただし21を超えると『バースト』と呼ばれ、強制敗北が待っている。


 俺に配られたのは5とQで、合わせると15だ。

 21を超えないためには6よりも低い数字を引かなければならない。

 もっとも、21を超えそうだと思ったらカードを追加しないという手段もあるが……


(アップカードは9か)


 ディーラーに配られたカードの一枚は9で、もう一枚は裏側表示になっており確認が出来ない。

 しかし『ディーラーの裏側カードは10と想定』するのがブラックジャックでの基本だ。

 なぜならばJ・Q・Kが10カードとして扱われるので、13種のうち実に4種が10カードとなるのである。他の数字よりも10が出る可能性はダントツに高い。


(ディーラーが19と想定すると、15のままでは勝てない。13種のうち7種も引いちゃダメなカードだが、ここは迷わずヒットだ!)


 俺は追加のカードを貰うため「ヒット」と発声した。

 すると、ディーラーは俺にカードを1枚配る。


(3か……これで合計が18になったしステイだな)


 これ以上カードはいらないと「ステイ」と発声した。

 ブラックジャックにはベーシックストラテジーと呼ばれる最適戦略が存在する。

 この最適戦略に則れば、ディーラーのアップカードが9だった場合、11を除く16以下の手札は必ずカードを追加ヒットするのが正解とされている。

 そして追加されたカードを加えて17以上になると、今度はカードを引かないステイが正解となる。

 つまり俺は、完璧なまでにベーシックストラテジーを守ったわけだ。


「カード、オープン」


 しかしそれは、あくまでも最適な行動でしかない。

 この通りにやったから必ず勝てるということではないのだ。

 それを証明するように、ディーラーのもう一枚の札はJであり、9と合わせて19となった。

 18でステイした俺の負けである


「幸先悪いスタートですね」

「構うものか。勝負は始まったばかりだぜ?」


 負けたにもかかわらず、俺はニヤリとホロに笑いかけた。

 絶対的な自信――それをホロに見せ付ける。

 曇り一つ無いホロの瞳が、俺を捉えたのがわかった。


「ふふ……期待しています」


---


 次のゲームで俺に配られたのは10とQのカード。

 合わせて20とかなり強力な手札となった。

 もちろん、21を超えて強制敗北バーストするわけにもいかないので、これ以上のカード追加を行うつもりはない。

 これに勝つには、ディーラーはぴったりと21にそろえる必要がある。

 なので、俺が負ける可能性はかなり低いのだが……


(そこでソレかよ)


 ディーラーのアップカードはA。

 ブラックジャックというゲームにおいて、これは最高のカードだ。

 そしてここで、ディーラーは一度手を止める。


「インシュランスを賭ける方は?」


 なぜなら、インシュランスの選択をプレイヤーに問うためだ。

 このインシュランスというのは、ディーラーのアップカードがAの時にのみ行われる。

 ブラックジャックで最強の役は、絵札を含む10カードとAの組み合わせだ。Aは11でもあるので10と合わせて21となる。

 この二組の組み合わせで21となった場合にのみ、ゲーム名にもなっているBJブラックジャックと呼ばれ、相手もBJでない限り勝利が約束される。

 そしてこのBJかどうかを当てるゲームがインシュランスだ。


 ディーラーのアップカードはA。

 ここで裏側のカードが絵札あるいは10カードならば、ディーラーは晴れてBJとなる。

 BJだと思うのならインシュランスを賭け、違うと思うならインシュランスを賭けなければいい。

 さて、俺の選択は……


「インシュランスはしない。続けてくれ」


 賭けない。

 というのもインシュランスに賭けるのは、基本的には損することが確率的にわかっているからである。

 これはブラックジャックというゲームを教えられる際に、ついでのように教えられる半常識だ。

 他のプレイヤーも、そこは心得て――


「インシュランス!」


 いなかった!

 冒険者っぽいスキンヘッドの男が、威勢よくチップをテーブルへと置く。

 そのチップをよく見れば、実に俺の20倍以上の金額を賭けている。

 なかなかに豪快なベットだ。きっと稼ぎの良い中堅以上の冒険者だろう。


「よろしいですかな? では……」


 俺らプレイヤーには見えないように注意をしながら、ディーラーは裏側のカードを確認する。

 それが終わると、カードは裏側のまま戻された。

 つまりは……


Not Black Jackブラックジャックではありません


 伏せてあるカードは絵札や10ではなかったということだ。

 もしBJだったならば、プレイヤーがいかなるアクションを起こそうとディーラーの勝ちが決まっているので、すぐにカードはオープンされる。

 と、スキンヘッドがインシュランスに賭けたチップは、この瞬間に没収が確定した。


「いかがしますか?」

「俺は引かないステイだ


 ブラックジャックでなかったならば、俺の20という数字はかなり強いからな。

 この勝負は期待してもいいだろう。

 スキンヘッドのアクションも終わり、ディーラーが二枚目のカードをオープンする。

 現れたカードは6だった。エースは1と11の好きな方を選べる優秀なカードなので、ディーラーの手札は7であり17だ。

 と、ここでホロが疑問の声をあげる。


「ねぇツクバ……ディーラーは16以下の場合は必ずカードを引かなくちゃならないんですよね?」

「そうだ。16以下ならばカードを追加するし、17を超えたらそれ以上引くことはない」

「ならこの場合はどうなるんですか? 今のディーラーの手札は7と17の両方ですよね? どちらの条件も満たしてますけど」

「気がついたか……。これが『ソフト17』と呼ばれる状態だ。この場合、ディーラーが新たにカードを引くか引かないかは、ゲームが始まる前にカジノが決めている。ここのカジノはソフト17だった場合ステイでいいんだよな?」

「左様でございます」

「というわけで、この勝負は17対20で俺の勝ちだ」


 見事勝利を収めたことで、青のチップ一枚を獲得する。

 これでさっきの負けは取り返した。


「やりましたね」


 ホロが笑顔で言ってくる。

 が、俺の心は勝利よりも別のことに向いていた。


「……おい、ホロ。チップへの換金ができるまで、あと何百戦以上もやるんだぞ? こんなことで一喜一憂してたら身体が持たないぞ?」


 それに一戦ごとに感情を表しているようでは、カジノプロとして失格だ。

 なんのためにフラットベットでバンカーに賭け続ける『作業』をやらせたと思ってるんだ。


「負けて気落ちするよりはいいじゃないですか」

「……よし、わかった。次にゲームの結果で感情を表に出したら、ホロが言うところの地獄のバンカーベットの回数を増やす!」

「えっ……?」


 どうやらホロには、まだまだ『作業』が足りないらしい。

 ここでも一つ、感情を揺さぶられないための特訓といこうか。


「冗談、ですよね……?」

「大数の法則って教えなかったか? 確率を収束させようと思ったら、試行回数を増やせばいいってやつだ。今のままじゃベット金額が大きくて、まだブレが多いからなぁ……俺としては試行回数を増やしてブレを少なくしたいところなんだが?」

「全力で感情を殺します!」


 わかればよろしい。

 ただホロよ……そんな能面を貼り付けたような無表情は止めとけ。

 せっかくの可愛い顔が台無しだ。

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