【加筆修正済み】第14話 真似してはいけない子供の育て方

 ギルドで適当に時間を潰してから、俺はホロの様子を伺いにカジノへと戻った。

 100倍というベットは、なかなかに大変である。

 しかも俺の指示通りにやっているとしたら、資金はだ。

 簡単な指示なので間違えることはないだろうが、本当にコレでいいのかと不安に駆られるかもしれない。


「そういった不安こそ、俺らの敵なんだけどな」


 俺は自分のプレイに、常に自信を持っている。

『こうしたら勝てる』

『ここで負けるのも想定内』 

 そう言った勝ち切るビジョンがあるからこそ、不安に負けずプレイできる。


 だが、ホロにそうした自信はないだろう。

 還元率を知った。

 俺からのお墨付きも貰った。

 しかしそれが、本当に信頼できるものか?

 追い打ちをかけるように、資金はドンドン減っていく。


『自分が気付いてないだけで、どこか間違っているんじゃないか?』

『本当にバカラの還元率が98.4パーセントもあるのか?』


 そうした不安が、チップが減るごとに増していく。

 その末に、焦って指示を無視した行動に出ても、なんら不思議ではない。

 俺とホロでは、持ってる知識と経験が違うのだ。


「首尾はどうだ、ホロ」


 バカラはルーレットほどの人混みでもない。

 まして、薄汚れたローブはカジノ内では目立つ。

 すぐにホロを見つけ、後ろから声をかけた。


「ツクバ……?」


 俺に気付いたホロは、手持ちのチップを素早くかき集め、俺の袖を握って人気ひとけの少ない一角へと押し進む。

 その間、ホロは最初の一言以外に何も言わなかった。

 先を行くため、顔もうかがい知れない。

 チップも素早く片付けてしまったので、どれくらい残っているのかも、俺からは確認できなかった。


(おいおい、まさか……)


 不安材料としては十分すぎる。俺の額を嫌な汗がツーと伝った。

 ホロは賢い――これは何度も俺が思ったことだ。

 しかしそれと同時に、感情面ではまだまだ未熟というのが俺の評価だ。

 故に、俺はこの試練をホロに課したのだが……。


「ツクバの……」

 やっと立ち止まったかと思えば、ホロはフルフルと震えながら

「ツクバのバカぁぁぁああ!!!!」


 盛大に叫んだ。

 よくもこの小さい身体から、これだけの声を出せるなと驚くほどに。

 それと同時に、理解もした。

 ホロが何に対して、これほどまでに怒っているのか。

 だから俺は――


「やるじゃないか、ホロ」

 ホロをたたえた。


「何が、やるじゃないかですか! 私は怒ってるんですからね!」

「はいはい。それでも、ちゃーんと指示は守ったんだろう?」

「そうですよ! ツクバの指示通り、んですからね!?」


 そう、これこそが俺が出した指示。

 バカラとは『プレイヤー』と『バンカー』のどちらが勝つかを予想する、コインの裏表を当てるようなゲームだ。

 もちろんカジノゲームであるからして、コイントスのように完全な半丁博打ニブイチではないが。

 そんなゲームで、ただ同じほうに、永遠と同じ金額を賭けフラットベット続けろというのが、ホロに出した課題であり試練。


 ルーレットを当てた後は、たったこれだけの事でクエスト2日分も勝てるのだ。

 これがボーナスをもらっての必勝法!

 ただし、これにはある問題がある。


 考えてみればわかるが、これは実にツマラナイのだ。

 結果がどうであれ、次も変わらない金額を同じほうに賭ける。

『勝っても同じ金額』

『負けても同じ金額』

 それを際限なくやり続ける……流れ作業もいいところだ。

 これは、勝負の行方によって『次はどうベットしようかな?』と、あれこれ悩むカジノの楽しみ方を真っ向から否定している。


 それを俺はホロに強要したのだ。

 ストレスが溜まって、つい罵倒したくなるのも頷ける。

 理想を言えば、そんな文句すらつかないほど、精神がのが一番だが、まずまずな結果と言えよう。


「もう一度言う、よくやったなホロ」


 俺は優しく、ホロの頭を撫でた。

 最初はブスッとしていたホロだが、俺がいつまでも撫でてやると、次第に表情が和らいでいく。

 それを見計らって、俺はホロに尋ねた。


「それで、あとどれくらいで現金へ換金できる?」

「うーん……まだ時間かかりそうですね……」

「そうか」


 大数の法則というギャンブル用語がある。

 これは回数を重ねれば、本来の確率に近づいていくという法則だ。

 たとえばコイントスで『表が8回』『裏が2回』だった場合、表が出る確率は80パーセントということになってしまう。

 ところが、これが回数を重ねるごとに70パーセント、60パーセントへとなっていき、次第に本来の確率である50パーセントへと近づいていく。これが大数の法則だ。

 つまり計算通りの結果を出すためには、可能な限り試行回数を増やさなければならないということだ。

 俺はこの大数の法則と時間対効率を天秤にかけて、試行回数をあまり増やさない方向で、かつバラツキがそこまで出ないようベット額を設定したのだが、それでもまだ時間がかかるらしい。


「仕方ない、続きは明日にするとするか」

「やるのは私なんですけどね……」


 ホロが憂鬱ゆううつそうに呟いた。

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