第13話 心のオアシス

 転機が訪れたのは、それから四日後のことだった。

 祈願だったルーレットが、ついに当たりを見せたのだ。


「ははは……やっとか……」


 本来だったら、諸手もろてを挙げて喜ぶところだろう。

 現にホロは当たった瞬間に興奮を隠せず、俺の袖をガシガシと引っ張った。

 しかし俺がたいした反応を見せないことに気づき、俺の顔を伺い見る。


「あの、大丈夫ですか……?」

「……何がだ?」

「ずいぶん参っているようなので」

「馬鹿を言うな……私はカジノプロだぞ……? これくらいの精神攻撃にやられるほど、やわな精神はしておらん……」

「精神攻撃って……」


 食生活の大切さを俺は身をもって体験した。

 いまだかつて、ここまで神に祈りながらカジノをしたことはない。

 やはりカジノは奥が深いな……。


「それ、絶対カジノ関係ないですよね?」

 ホロが呆れ顔で呟く。

「それより、これから私はどうすればいいですか? ブラックジャックをやればいいんですか?」


 当たったのは俺ではなくホロだ。

 本当はいますぐにでも現金に替えたいところだが、一割増しのボーナスを受け取った以上、ホロはこのあと報酬の100倍を賭けないといけない。

 といっても、すでに全額ベットを一度済ませたので、残りは99倍だが。


「いや、ホロにブラックジャックは無理だ」

「……舐めないでください。私だってブラックジャックのルールは知ってます」

「そういう意味じゃない」


 前にも話した通り、もっとも客が勝てるゲームがブラックジャックだ。

 それを覚えていたからこそ、ホロは俺にブラックジャックをやるのかと聞いたのだろう。

 だが、それはブラックジャックで勝つための『技術』を持っていての話だ。


「いいか、ブラックジャックで勝つには『カウンティング』『エッジに合わせた最適なベット』『ベーシックストラテジーに則ったプレイ』などの、複合的な要素を加味してプレイする必要がある。それがホロにできるか?」

「……そもそも言ってる意味が全然わかりません」

「だろう? つまり今のホロが、ブラックジャックをやる意味はない」


 それは追々教えていくとして、今はとにかく安全で効率的に、カジノチップを現金に替えてもらわねばならない。

 ブラックジャックで勝つ技術というのは、一朝一夕で身につくほど簡単なものではないのだ。


「そこでだ! ホロにやってもらうゲームはバカラを指定する」

「たしか、ルーレットよりも還元率がいいんですよね?」

「あぁ……ルーレットが97.3パーセントで、バカラが98.4パーセントだからな。その差は1.1パーセントもある」


 これがどれくらいの差かと言えば、最終的な報酬がクエスト38日分になるか36.9日分になるかである。

 1パーセントの差で、クエスト一日分も報酬がかわるのだ!


「そして最後に、コレだけは必ず守ってもらわねばならないが……」

「任せてください!」


 まだ言い終わってもいないんだが……やる気は十分か。

 ちょうどいい。ここらで一つ、カジノプロに必要なものを教えてやるとしよう。


「よし、なら俺が出した指示以外の行動はするなよ? いいか、だ!」



     ♪     ♪     ♪



 俺はホロに指示を出したあと、再びクゥーエ草を採りに行く。

 100倍ものベットをするとなると、それ相応の時間がかかる。

 その間、手持ち無沙汰にホロの様子を見ているほど、時間の無駄もない。

 それに万が一、ホロが指示を破って現金を持ち帰って来れなかった場合、俺たちは路頭に迷うことになる。

 クエストを受けることは、最悪を回避する保険でもあるのだ。


「ふぅ……なんだか静かだな」


 俺は久しぶりのソロ活動に、どこか寂しさを覚えていた。

 異世界に来てから、なんだかんだで一人でいた時間は少ない。

 ここ最近は、寝るとき以外はホロと一緒にいたしな。


「大丈夫だよな、ホロなら」


 ホロは賢い。

 ちょっとばかし感情的になりやすいが、冷静に物事を見れる子だ。

 言いつけはちゃんと守れるだろう。

 人の心配ばかりしてないで、とっととクゥーエ草を集めるか。


「ふー、これくらいでいいか」


 十分な量が採れたことを確認し、俺はとっとと冒険者ギルドへと戻る。

 報酬は念のため現金だ。

 と、そこで俺はボーっとギルド内を眺めた。

 よく話にも出てくるように、ギルドの一階は酒場も兼任しており、クエスト帰りの冒険者たちが陽気に酒を交わし合っている。

 世界をたがえても、酒場は活気に溢れていた。


「よお、兄ちゃん、いつもとっとと帰るくせにどーしたよ?」

「え? いや別に……」


 ガタイの良い冒険者が寄ってきて、肩に手を回して話しかけてくる。


「それにいつも一緒のローブちゃんが見えねえな。振られたか?」

「は? いや違いますよ、いまは別行動なだけです」


 というかよく見てるな。

 俺なんて、他の冒険者のことはコレっぽちも気にしたことないんだが。


「なんだツマラネーな」

「悪かったな。というか、俺をナチュラルにロリコン扱いするの止めろよ!」

「ハッハッ! お前、面白そうだな。ちょっと飲んでけや!」


 俺は強引に、エールの入ったジョッキを押し付けられる。

 普段から酒は飲まないことにしてるのだが……。

 

(ちょっとくらい、いいかな……?)


 ロクな飯も食えず、小屋では馬に蹴飛ばされ、ただ外れるルーレットを眺めるだけだった最近。

 そりゃ鬱憤うっぷんも溜まっていた。

 ここらで、そんな気持ちをリフレッシュするべきかもしれない。

 ホロとわかれて五時間ほど。

 まだ100倍というノルマは達成できていないだろう。


「じゃあ少しだけ……」


 と言って、俺はエールをした。

 うん、不味いなこの酒……!

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