第12話 噂と限界……

「それで、ナーシャがわざわざ俺のところに来た理由は?」

「最近、変わった客がいると噂になってるの」

「変わった客……?」


 俺は首を捻った。

 長くカジノに入り浸ってきた俺でも、いまいちピンと来ない。

 ……なんだか興味が出てきたぞ?


「その変わった客ってのは、今いるのか?」

「いるの」

「どこに?」

「目の前なの」


 ……ん? つまり俺かよ!

 寄ってきた理由ってそういうことなの!?

 しかしそう言われても、これといった心当たりがない。

 が、どうやらホロは違ったらしい。


「なるほど、たしかにツクバは変な客に見えますね」

「待て、ホロよ。ナーシャは変わった客と言ったのであって、変な客とは言ってないぞ! なあ?」

「たいして意味に違いはないの」

「クッソ! 俺に味方は居ないのか?!」


 腑に落ちん……。

 だが俺が納得しようがしまいが、世間の評価が変わることはない。

 それよりも原因を調べることを優先した。


「で、どういうことなんだホロ? なぜ俺は変な客だと言われてる?」

「毎回大きく張ったと思ったら、一回で止めてすぐ帰るんですもん。そりゃ周りからしたら変に見えますよ」


 なるほど……。

 つまり、あの必勝法が原因ってわけか。

 しかし――


(困ったな……目立つのは避けたいんだが……)


 あれ以上に効率的な方法も見当たらない。

 かといって、このまま行けば目立ち続けることは必定。

 そうすれば、俺がカジノプロであると見破られる可能性が高まる。


 俺はチラリとホロを見やった。

 コイツは俺の必勝法に気がついた。

 つまり、俺のことを注意深く見ていれば、ホロと同じように気付く可能性が……


(いや……)


 ホロは還元率を知らなかった。

 そして間違いなく、この世界の人間はホロと同じように、バカラやブラックジャックの還元率を知らない。

 コンピュータという現代の計算オバケが存在しないのだ。

 どうしたってピースが足らない。

 だから俺の必勝法に気づける道理は――ない!


「カジノの楽しみ方は人それぞれだろ? 俺がどんなプレイをしようと勝手なはずだ」


 俺はあくまで『これが俺流の楽しみ方』だからと、ナーシャに言い訳をした。

 あとは勝手に、ナーシャが喧伝してくれることだろう。


「その通りなの。噂なんか気にしないで、パパーっとカジノで散財すればいいの」

「おい、サラッと負ける前提で話すなよ! 縁起でもない」

「ナーシャが見た限り、ユーはここまで負け続けなの」


 クソッ……現時点では事実だから何も言い返せない……!

 だがな! たとえ負けが多くたって、トータルで勝てばいいんだよ!


「……ツクバ、とっととやろ?」

「ん、おぉ、そうだな」


 ナーシャに言った手前、負けること前提で考えるのもシャクではあるが、今日もルーレットを外した場合、もう一度クゥーエ草を採りに行かなければならない。

 ここで無駄に時間を浪費しては、帰る頃には日が沈んでしまう。

 それはいただけない。夜の森は怖いのだ。


「…………」

「どうした、ホロ?」

「別に、なんでもありません」


 なにやら不貞腐ふてくされてるように見えたが、気のせいか?


「それより、目立つのは良くないですよね? ルーレットは止めますか?」

「いや、続行する」

「大丈夫ですか?」

「心配ない、気づけやしないさ」


 この世界で唯一、ホロだけが特別なのだ。

 俺というカジノのプロに師事できたんだからな……。


「今日もいっぱいですね……」

「人の数なんてカジノで気にしても仕方ない。行くぞ」


 今回からはホロも参戦だ。

 当然、ホロも今日の稼ぎの全額を一回の勝負に賭ける。

 また、俺とは別々のところに賭けることが決まっているので、これで当選確率が1/37から2/37へと大幅アップだ!


「見ろよ……今日も来たぞ……」

「あぁ、あれが……」

「俺……アイツを信じて賭けて外れたんだぜ……?」


 ルーレット台に近づくと、俺に気付いた数人がヒソヒソと話し始める。

 どうやら思った以上に、俺は注目されているらしい。

 だがまあ、反応からして警戒は必要なさそうだ。


Readyレディー??」


 ディーラーが開始の宣言をする。

 俺がホロに視線を向けると、ホロは一度頷いた。

 準備万端らしい。ならこの勝負で行くか!


 ボールが投げ入れられた。




     ♪     ♪     ♪



「当たりませんでしたね」

「そうだな……」


 いくら可能性が上がったと言っても、まだ半月に一回のレベル。

 なかなかに現実は厳しかった。


「早く当たってくれよ……」


 ついつい愚痴が零れる。

 俺ほどになれば、並大抵のことでは動じない。

 だから一月かかろうと、勝負してやるつもりだった。

 ところが……


「もう黒パン生活はイヤだ……!」


 魂に刻まれた日本人の本能が、この不味い黒パン生活に悲鳴を上げていた。

 つい、別の食べ物に目移りしてしまう。


「あぁ、いい匂いだな……これ美味そうだな……」

「ちょっと! 食べちゃダメですからね!?」

「いやいや、ちょっとくらい……」


 採ったばかりのクゥーエ草を欲求のままに頬張ろうと……


「ダメって言いましたよ!」


 ホロの鉄拳制裁で阻止される。

 もう、ダメかもわからんね……。

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