第10話 カジノプロに必要な素質

 というわけで、クゥーエ草の採取依頼を受けるついでに、冒険者ギルドの受付嬢に話を聞いてみた。


「カジノの母体は冒険者ギルドになります。なので、どちらが損をしてるということはありません」


 ということだった。

 この回答に、ホロは微妙な顔をした。


「カジノが冒険者ギルドの運営だったなんて……」


 まぁ気持ちもわかる。

 憎き敵の親玉が、実は自分が所属してる組織だったと言われれば、俺もホロと同じような顔をしただろう。

 しかもモンスターの間引きや、人の受け入れをしてくれる冒険者ギルドは、この世界において必要不可欠な組織だ。

 だから潰れることはまず無い。

 あるとすれば魔族と呼ばれる人類の敵が、人類を攻め滅ぼした時くらいだろう。


「事実上、カジノを潰すのは不可能ってことだな」

「あぁっ!」


 俺の言葉でカジノを潰すという自身の夢が、叶わぬものだと気付いたらしい。

 ホロはガックシと肩を落とした。


「あんまり気を落とすな。カジノを潰すなんて夢は捨てろって、前にも言っただろ?」

「わかってますけど……改めて突きつけられるとテンションが下がると言いますか……」

「ふむ……」


 わかっていると言いつつも、密かに狙っていたな?

 ホロもずいぶんと諦めが悪い。

 それは学ぶ上では、とてもいい利点となる。


「ホロ」

 だが反対に……

「諦めが悪いことは、ギャンブルをする上で最悪の資質だ。捨てた夢に感情を振り回されるな!」


 カジノプロとしてホロが成長するためにも、俺はもう一度、夢を捨て切れとした。

 ギャンブルにおいて、やめ時にシッカリと止めるのは本当に難しい。


『次こそ勝つはず……!』

『大丈夫、まだイケる…!』

『ちょっとだけ……ちょっとだけ負けを取り戻したら……!』


 そういった心情が、決意を鈍らせる。

 人間の心というのは勝ちには鈍感なのに負けには敏感だ。

 だから勝ったまま終わることは出来ても、負けたまま終わることを良しとしない。

 そうして破滅するのだ。


 なのでカジノプロとしてやっていくのなら、普段の生活からをつけるのは、どうしても必要な技術だ。

 だから俺は心を鬼にして、それをホロにも強要した。

 決して褒められた教育で無いことはわかっている。

 頑張ることを美徳とする日本人には、理解されにくいことも。


「……絶対に諦めなくちゃダメですか?」


 ホロが諦め悪く聞いてくる。

 それは確認であると同時に、縋っているようでもあった。


(俺が諦めろと言った免罪符がほしいのか?)


 心情としては捨てたくない。あるいは捨てきれない。

 だから自分を納得させられる材料を俺に求めている。

 甘えた考えだ。実に子供らしい発想。

 さて、突っぱねることだって出来るが……


(俺はホロをカジノプロとして育てると決めたんだ。だったら師匠として、これぐらい背負えなくてどうする?)


 大した重荷でもない。

 それでホロの踏ん切りが着くというのなら、喜んで背負ってやろうじゃないか!


「絶対に、だ。諦めないと言うのなら、俺とお前はここでサヨナラだ」

「……!」


 諦めるか、俺から離れるか、これは試験だ。

 わかりきった答えを当たり前のように選べるか。

 一時の感情で、利益を損なうことをしないか――そういった試験だ。

 こんな初歩でつまづく様では、ホロが俺に並び立つ日は永遠に訪れない。

 それでは俺が、ホロに師事する意味はない。


「フフフ……」


 ホロが不敵に笑った。

 最初は小さかったそれが、次第に哄笑へと変わっていく。

 どうやらホロの中で、何かが吹っ切れたらしい。


「いいでしょう! 捨てきりましょう、あんな夢! だってカジノを潰すのは不可能なんですから!」


 わかりきった答えを当たり前のようにホロは選んだ。

 ホロは賢い子だ。

 その選択が出来ると信じていた。

 頭に手を乗せ、よくできましたと撫でてやろうと手を伸ばす。

 しかしそこで、ホロは「でも……」と言葉を続けた。


「逆に言えば、いくらでもむしり取れるってことですよね!?」

「そう来たか」


 まるで言葉遊びだ。本質的には何も変わっていない。

 だが一つ、決定的に変わったことがある。

 ホロかカジノ――どちらかが倒れるまで続くはずだった勝負が、ホロが勝ち逃げで終われるようになったことだ。

 大きな進歩である。

 俺は挑戦的に言ってみた。


「ホロにそれが出来るのか?」

 するとホロも、ニヤニヤと笑いならながら挑戦的に返してくる。

「そう出来るようにツクバが教えてくれるんでしょ? 出来ないの?」


 コイツ……言うようになったじゃないか!

 カジノプロには二つの要素が必要だ。


 一つは、戦術・戦略を組み立てられるだけの頭脳。

 これはほとんど先天的とも言える数学との相性や、提示されたルールの抜け道を発見するひらめき力を指す。

 二つ目が、攻め時・退き時を徹底できる鋼の意思や、プロであることを隠し通す演技力。言い換えれば、自分や他人を欺ける能力だ。

 今のホロに不足してる部分であるが、コチラは訓練次第で誰でも身に着けられる後天的なものだ。


「バーカ! 俺は教えてやらねーよ! 導いてはやるが、出来るようになるかはホロ次第だ」

「なら、出来るようになりますね!」


 ふっ……そんなカジノプロの道は甘くないんだがな?

 だがまあ、モチベーションが高いことはいいことだ。


「よし! ならカジノをやらないことには話が進まないな。とっととクゥーエ草をもう一度採りに行くぞ!」

「ラジャー!」


 やっぱりホロの返事はどこかおかしい。

 だがまあ、敬礼してるホロの姿がやっぱり可愛いかったので何も言うまい……。


「でも今から受けたクエスト報酬は、現金で受け取るんですよね? それでもカジノやるんですか?」


 余計なことツッコむんじゃない!

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