第9話 現金ボーナスの勝ち方
今日もカジノは盛況だ。
まぁ俺やホロみたいな弱小冒険者はさておき、中堅以上の冒険者はなかなか稼ぎもいいらしい。
しかも稼いだそばからドンドン使う。
そりゃそうだ。
いつ命を落とすかもわからないのに、稼いだお金を貯めとく意味がない。
そりゃ盛況にもなるってもんだ。
「今日は何をやるんですか?」
「ルーレットだ。当たるまでな」
比較的空いているルーレット台に近づき、次のゲームが始まるのを待つ。
ホロは俺のことを観察してるようだな。
「
ディーラーが開始の宣言をする。
俺は今日も、クゥーエ草で稼いだカジノチップを全て握り込んだ。
ボールが勢いよくディーラーの手から離れ、リールの上を転がっていく。
(当たれ……!)
そう念じながら、20番へとチップを置いた。
カジノプロとはいえ、
一戦一戦の勝負は結局のところ神頼み。
「また……!」
ホロが
それは俺のベットが『また』一発勝負の全力投球なことに対してだろう。
果たして、その真意をホロは探り当てることが出来るか?
チラリとホロの顔を伺い見てから、視線を盤上に戻す。
リールの上を転がっていたボールは、すでに勢いを失っていた。
カランと綺麗な音を鳴らして、窪みへとボールが入る。
「3番!」
またしても、俺の予想とは異なる番号。
そう簡単に当たるもので無いとはいえ、落胆は隠せない。
「ちっ、ハズレか」
昨日よりも大きな舌打ちを打って、ルーレット盤から離れる。
資金的な余裕……それ即ち心の余裕だ。
切羽詰まれば、一戦一戦にかける想いも強い。
そこでの敗北は期待が大きい分、精神的に来るものがある。
そして、今の俺に資金的な余裕はない。
バッグの中に突っ込まれたままの
(考えるな、無心になれ……)
カジノだけではなく、ギャンブルをする上で大切なこと。
それは自分に都合のいい展開を期待しないことだ。
早く当たって楽になりたい……そういう邪念を捨てるため、俺は目を
「何やってるんですか?」
「ちょっとした儀式さ」
「そうですか。それで、その儀式は終わりですか?」
「あぁ、終わりだ」
必死こいて集めたクゥーエ草の報酬が、この一分程度で無くなる感覚は如何ともしがたい。
現代の若者風に例えるならば、稼いだバイト代でガチャを回したらゴミしか出なかったと言えば伝わるか。
普通だったらしばらく無心状態になるか、怒り狂って運営に対する罵詈雑言を浴びせてることだろう。
だが、俺はカジノプロだ。
自分の心をコントロールする術は、しっかり学んでいる。
一瞬の瞑想――それだけで、心は既に落ち着きを取り戻していた。
「行くぞ、ホロ」
ならば次にやるべきことは、新たなる資金集めだ。
当たった時の行動と、外れた時の行動はとっくに決まっている。
俺はカジノを出ようと出口へ足を向けたところで……
「待ってください」
ホロが俺の足を止めさせた。
「さっきのチップは、全てクゥーエ草の報酬で得たチップですか?」
「そうだ」
「……たとえルーレットが当たったとしても、すぐには換金できませんよね?」
「あぁ、報酬の100倍を賭けないと、現金に換金できないな」
「…………」
しばらく、ホロは何も言わず考えているようだった。
俺はそれを待っている間、ホロからは俺の背中しか見れないのを良いことに、声を出さずに笑った。
ホロの中で何かが引っかかったのは間違いない。
それは俺の必勝法を見破ることに繋がっている。
期待しながら、ホロの次の言葉を待った。
「……ルーレットが当たったら、次はどうするんですか?」
「そうだな。ブラックジャックが一番いいが、バカラでも問題ないな」
さぁ、そこまで気が付いたんだ! 答えはすぐそこに眠っている!
最後まで行き着いてくれよ?
「……ひとつ、質問です」
「十分質問してると思うが?」
「今までのはただの確認です。それで、私の質問に答えてくれるんですか?」
「答えられる内容ならな」
「では……」
この言い様……ホロは確信を持っているのだろう。
自分が答えに行き着いた、という確信が!
「バカラとブラックジャックの還元率を教えてください」
「
俺はついに笑いを堪えられなくなった。
ホロは中学生くらいの女の子だ。
とはいえ、日本のように義務教育が、この世界にもあるとは思えない。
小学生くらいの子供が、靴磨きや畑を耕しているのを見るのは珍しくもなかった。
だから、日本の中学生と同程度の知識をホロに期待してはいなかった。
しかし、ホロは俺の必勝法に気が付いた。
着眼点がいい。
教えたこともしっかりと吸収している。
「ホロ、ついて来い。場所を変える」
インターネットで検索すれば、バカラやブラックジャックの還元率なんてゴマンとヒットする。
だが、ここは異世界だ。
数学の発展具合が、地球とは比べ物にならないくらい遅れている。
そんな世界じゃ、地球では価値の低い情報が、コチラでも低いとは限らない。
これは大きなアドバンテージだ。
「ここならいいか」
連れてきたのは、人通りの少ない木陰。
そこで俺は、先ほどのホロの質問に答えた。
「バカラの還元率はおおよそ98.4パーセント。ブラックジャックは97~102パーセント近くまで上下するな」
「102パーセント!?」
還元率の基準は100パーセントだ。
これよりも上ならばプレイヤーに有利。
下ならばカジノに有利というのは、前に話した通りだ。
なので、ホロがブラックジャックの還元率に驚いたのもわかる。
なにせ100パーセント超えというのは、やればやるだけ儲かるということなんだから。
「さて……ホロはもう気づいてんだろ? 俺の必勝法に」
「えぇ、ルーレットを最初にやる理由がわかりました」
「ならば答え合わせだ」
「はい」
ホロは適当な長さの枝を見つけ、スラスラと地面に数字を書いていった。
「わかりやすいように1000シリンがクゥーエ草の採取報酬だと仮定しましょう。ここで現金ではなくカジノチップで受け取ると、一割増しの1100チップが受け取れます」
「この1100チップがルーレットで当たると36倍の39600チップになります。ですが、このままでは現金での引き出しができません。なぜなら報酬……ここでは1000シリンの100倍である10万チップを賭けなくてはならないからです」
「そして、この10万チップをバカラでベットすると、1.6パーセントが平均して無くなります。今回の場合、1600チップがおおよそ負ける計算になります。ですが……」
「39600チップから1600チップを引いても、残りは38000チップ。現金で1000シリンの報酬を36回貯めるよりも、2000シリン勝っているという訳ですね」
そう……ホロが言うように現金で貯めるよりも、カジノで勝負した方が、クエスト二回分も得になるのだ。
そしてなぜ、ルーレットをやるのか?
要は一割増しで貰った100シリンを使い、1600シリン以上を稼がなければ赤字になってしまうからだ。
だから、最大倍率36倍のルーレットを最初にやるわけである。
100倍の条件が累積されず、一度でもカジノチップがゼロなれば条件が消えるというのも肝だ。
「完璧だ! やるじゃないかホロ!」
「えへへ」
クシャクシャとホロの髪を撫でてやると、まるで犬のように喜ぶ。
しっぽがあればブンブン振っていそうだ。
「ところで、これってカジノの必勝法なんですか?」
「どういうことだ?」
俺はホロの言ってる意味がわからず聞き返す。
「この方法が儲かるカラクリは、冒険者ギルドがカジノチップだと報酬を一割増しにしてるからですよね?」
「そうだな」
「だったら、損をしてるのは冒険者ギルドなのでは?」
なるほど、そういう意味か!
しかし、俺はその答えを持ち合わせていなかった。
というより……
「俺は自分が儲かれば、損をしてるのがカジノだろうが冒険者ギルドだろうがどっちでもいい」
「もうっ!」
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