第8話 仲間

 カジノは孤独だ。

 夢のある場所だと勘違いしている人が多くいる。

 違う――カジノは戦場だ。

 ひたすらに、自分の欲望と戦う場所なのだ。


 だからだろうか。

 俺はカジノについて語りあえる『仲間』が欲しいと、常日頃から思っていた。

 しかし、それは困難を極める。

 カジノプロである事を見破られる訳にはいかない。

 その為、コチラから同業者を見つけることも、見つけられることも難しい。

 仲間が出来るはずもなかった。


「私の、価値観を変える……?」


 だが――無いのなら、自分で作ればいいのよ!

 そう言って、宇宙人や未来人や超能力者を見つけ出し、世界を大いに盛り上げるための団体を作った少女を、俺は知っている。

 彼女に倣って、俺もそうすればいいのだ。

 すなわち、ホロを……!


「あぁ……俺はホロと、楽しくカジノをプレイしたい」


 ホロはカジノを嫌いのはずだ。

 カジノが好きな俺とは、明確な違いがある。

 だが「嫌いは好きに転換可能だ」と、どこかの漫画主人公も言っていた。

 希望はあるはずだ。


「む、無理です……! 私がカジノを好きになることなんて……!」

「そんなことはない。ホロはカジノの勝ち方を真剣に考えていた。そのとき、実はワクワクしなかったか?」


 俺の言葉に、ホロは素直に頷きかけ……フルフルと首を横に振った。

 心当たりはあるのに、肯定をしたくない。

 そう見えた。


「あるんだな?」

「ありません……あっちゃダメなんです……! カジノは、敵です……!」


 予想通り、ホロの否定は弱かった。

 いや、もはや否定できてるとも言い難い。


(なるほど、見えてきたぞ)


 勝ち方を考える――以前にも話したが、コレはカジノの醍醐味だ。

 ホロもこの醍醐味にハマったのは間違いない。

 しかし、俺との差異はここだ。

 俺はチップを増やす想像に酔いしれていたが、ホロはその先の……


「カジノを潰す夢を見て、胸が高鳴ったか?」

「!……そうです!私はカジノを潰すことにワクワクしたのであって、決して勝つことにワクワクなんてしてません!」


 大して変わらないなんだがなぁ……。

 だが、わかった。ホロにもカジノを好きになる素養がある。


「……今はそれでもいい。でもいつか、カジノで一緒に笑え合えたらいいと、俺は思ってるからな」


 俺は再び歩き出した。

 それに気づいたホロが、慌てて側に寄ってくる。

 冒険者ギルドはすぐそこだ。



     ♪     ♪     ♪




 本日二度目のクゥーエ草採取は、飛び入り参加のホロも加わり楽しいものとなった。

 その楽しさをかんがみれば、ホロの歩みがちょっとばかし遅いことなど、些細なことだろう。


「クゥーエ草の採取って、こんな奥まで来なくちゃいけないんですか……不人気も納得です」

「俺としては、こんな安全なクエストが面倒だからって不人気なのが不思議だがな」

「討伐系の方が稼ぎも面白さもありますし、馬を連れてまでこのクエストを受けるのは採算が合いませんから」


 これも価値観の違いか。

 俺はカジノを巡って世界を回ったので、一般的な日本人よりも平和ボケしていないつもりだ。

 そんな俺を持ってして思うのは「この世界の住人、アグレッシブすぎじゃね?」ということだ。

 命の尊さを軽く見すぎている。


「これがクゥーエ草だ。見本として持っていけ」

「あいあいさー!」


 なんだその返事は……と思ったが、なかなかに可愛かったのでツッコむのは止めた。


「見つけたクゥーエ草は麻袋に入れておけよー」


 さっそく周辺を探し始めたホロから返事はなかったが、しっかりと麻袋に詰めているところを見ると、どうやら聞こえてはいたらしい。

 俺もクゥーエ草を麻袋いっぱいになるまで探し歩く。

 さすがに二回目の出発は遅かったため、いっぱい集まったころには日が沈み始めていた。


「ホロ、日が落ちきる前に帰るぞ」

「了解です。それより見てください! 結構いっぱい採れましたよ?」


 差し出された麻袋の中は、確かに十分なクゥーエ草があった。

 だが……


「ふっ、甘いな。俺のほうがいっぱいだ!」


 俺はドヤ顔で自分の麻袋を突き出す。

 すると、ホロはジト目で俺を見やった。


「……大人気なくないですか? そこは自分の成果を隠して『偉いぞホロ!』と褒めてもいいのでは?」


 クチビルを尖らし、ねてますアピールをするホロ。

 こういう反応が、ホロをいじめたくなる理由なんだがな。

 とはいえ、俺は大人なので


「ははっ、悪かった。初めてなのにたくさん集めたな。偉いぞホロ」


 ホロの頭に手を乗せ、クシャクシャと髪を撫でてやる。

 すると嬉しそうに、ホロは顔を綻ばせた。


「あっ……」


 だが俺は、そこで重大なミスを犯したことに気づく。


「? どうしました?」


 そんな俺の態度に、ホロが不思議そうな顔で見上げてくる。

 しかし、それに答えることは出来ない。


(土がついた手で頭を撫でるとか、デリカシーなさすぎだろ俺!)


 幸いなことに、ホロは気づいていないようだったが、俺は心の中で深く反省するのだった。



     ♪     ♪     ♪



 冒険者ギルドに着いたのは、日が完全に沈んでからだった。

 なのでクゥーエ草の換金が終わったら、すぐに解散の流れとなる。


「明日はいつごろカジノに来るんですか?」

「そうだな……クゥーエ草を摘んでからだから、やっぱりお昼過ぎだな」

「そうですか」


 ホロは顎に手を当て、何やら考え込む。


「でしたら私も、ツクバと一緒にクゥーエ草を採りに行きます」

「構わないが、割に合わないとか言ってなかったか?」

「別々の依頼を受けたら時間が合わないじゃないですか。私はまだツクバから必勝法を盗んでません」

「だったら今日みたいに待ち伏せしていればいい。わざわざクエストを受ける必要もない」

「お忘れですか? 私だってカジノで負けて、全然お金がないんですよ?」


 そうだったな。

 ホロも俺と同じ貧乏人だ。


「じゃあ、また明日の朝な」

「はい、ここで待ってます」




     ♪     ♪     ♪



 約束通り、俺は次の日もホロと一緒にクゥーエ草を採取し、昼頃にはカジノへ向かった。


「昨日は全額現金で報酬をもらってたのに、今日は全額カジノチップなんですか?」

「おっ、いい所に目をつけたな! 朝は全額カジノチップで、午後は全額現金だ」

「何の意味があるんです?」

「カジノチップでもらったら、報酬が一割増しになるのは知ってるな?」

「もちろん知ってますよ。だけどその場合、すぐに現金に替えることができないので、カジノで遊ばないとダメですが」

「そうだな。そんで俺らは今からカジノで遊ぶ。なら、カジノチップで受け取る方がいいだろう?」

「当然ですね」


 ふむ、あと一歩なんだが……。

 残念ながら、まだホロに気づいた様子はない。


「どうしました?」

「いや、なんでもないぞ」


 どうやら俺の視線が気になったようだ。

 いけないな……これもポーカーフェイス技術の範囲内。

 まだまだ修行が足りないか?


「変なツクバ……」


 ホロがポツリと呟いた。

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