第5話 約束

 俺のことを見下ろすこの少女には見覚えがある。

 イカサマだとディーラーに食いついたり、男の話術に嵌って身売り一歩手前になったりしたあの少女だ。今はフードを取っている。


「ホロ、だったか? なんか俺に用か? 予め言っておくが、あの件のクレームなら受け付けないぞ」

「いえ、貴方には感謝しなければなりません。あの時の私はカジノで負け、冷静な判断が出来ていませんでした。もし、貴方があのとき止めてくれずに男の話に乗っかって負けていたら……身の毛がよだつ思いです」

「そうか、思い直せたようで良かった」

「はい、ありがとうございます!」


 ずいぶんと礼儀正しく素直なようだ。聞き分けもいい。

 そんなホロでも、カジノではディーラーに噛み付いたりするのだから、改めてカジノは恐ろしいところだと認識させられる。


「話はそれだけか? なら悪いが、ちょっと考え事をしてるところだから静かにしててくれ」

「もしかしてカジノのことですか?」

「まあな」

「勝ち方を?」

「いや、それはもう知っている」

「えぇっーー!?」


 突然響いた少女の大声に、少数ながらいた客が何事かとコチラを振り返る。

 それに気がついて、ホロは小さな身体をさらに縮こまらせた。顔もかなり紅い。


「そ、そ、それは本当ですか!?」

 反省からか、先ほどよりもずいぶんと小声で聞いてくる。

「さあな。ウソかもしれないし本当かもしれない」


 だが、俺は意地悪くとぼけてみせた。

 ホロの反応が見たかったというのもあるが、勝ち方を考えるのもカジノの醍醐味だと俺は思っている。


「知ってるんですね!? 私に勝ち方を教えてください!」


 しかし、そんな俺の思惑も何のその。

 顔がくっつかんばかりにホロが俺に詰め寄り、身体をワサワサと揺らしてくる。


「やめろ、揺らすな!」

「やめません! 教えてくれるまでは!」

「わかった、わかったから! 一旦落ち着け!」


 俺が観念すると、ホロは揺さぶるのを止めた。


「はぁ……んじゃまず最初に聞きたいんだが、ホロはなんでカジノにこだわる?」

「それは……かたき、だから……」

「は?……いや、まぁ、よくわからんけど、深く聞かないことにする。それで、勝ち方を知ったところでホロはどうする?」

「勝って勝って勝ちまくって、カジノを潰します!」

「おい……」


 カジノってのは客がプレイすればプレイするほど儲かるように出来ている。

 だから一番手っ取り早いカジノの潰し方ってのは、誰もカジノでプレイしなくなることなのだ。

 ホロがやろうとしてることは、それの真逆に位置する。


「悪いことは言わん、その夢はとっとと捨てたほうがいい」

「ならばせめて、少しでもカジノからお金を奪い返したいです!」

「まぁ、それくらいなら可能かな」

「本当ですか!?」

「ああ、ただカジノでは絶対に欲をかきすぎるな。じゃなけりゃケツの毛までむしられることになる」

「け、ケツの毛まで……」


 ホロがポッと顔を赤らめた。

 年頃の少女に向かって、この言葉選びは失敗したか……。

 じゃあなんと言えば良かった?

 身包みを剥がされる? いやいや、これもダメだろ!

 変になってしまった空気を払拭するため、俺は咳払いを一つしてから言葉を続けた。


「で、だ。今から最も大切なことを言う。これを守れないならば、俺が教えることは何もない」

「は、はいっ!」


 ビシっと背筋を伸ばし、なぜか敬礼までしてホロが頷く。


「よろしい。では最も大切なことだが……なんだと思う?」

「えっ? えーと、欲をかきすぎないこと?」

「それはさっき俺が言った! まあ確かにそれも大切ではあるんだが、最も大切なことではない」

「え、えーと……」


 可愛らしく首を傾げながら考えているようだが、答えは出そうもないな。


「最も大切なこと……それはプロだと悟られないことだ」


 まあホロはカジノプロじゃないが、勝ち方を知ってしまったら同じことである。

 よって、俺の教えを受けるのならば厳命しなければならない。


「いいか、勝ち方を知っているとカジノにバレたら終わりだ。出禁だけなら御の字で、最悪の場合は東京湾に沈め……いや、この世界に東京湾はないか。とにかくヤバいから、俺自身についてはもちろん、ホロも万全の注意を払うこと! いいな!?」

「はっ、はい! バレないように、ですね!?」

「そう、バレないようにだ! 迂闊な行動はもちろん、言動にも細心の注意を払え。カジノ内外に関わらず普段の生活からな」

「りょ、了解です!」


 若干表情が固いが、それだけ真剣に俺の話へ耳を傾けていた証拠だろう。

 これ以上脅したら逆効果になりそうなのでやめとくか。


「さて、今日はもう帰るがホロはどうする?」

「えっ? 肝心の勝ち方は!?」

「カジノで見せてやるよ」

「わかりました、必ずですよ?」


 そう言って、ホロが薬指を差し出した。

 すぐには意味がわからなかった俺だが、意味がわかった瞬間には苦笑いを浮かべつつ、同じように薬指を差し出す。


「「指きりげんまん 嘘ついたら針千本飲ます 指きった!」」



     ♪     ♪     ♪



 ところで……。

 人に念押ししておきながら、アッサリとカジノプロであることをこぼしたマヌケがいるらしい。

 誰でもない俺である。

 その事実に気がついたとき、俺は頭を抱えてワラの上を転がりまわった。


 ホロに対して、少なからず情けを抱いていた。

 可愛らしい女の子を前に、ちょっとカッコつけたくなってしまった。

 そうした心があったのは認めよう。

 だが、そんな理由でクチを滑らすとはなんとも情けない話ではないか。

 俺は真剣にプロの看板を下ろすべきか悩んだ。


「あああああバカか俺はああああ」

「ヒヒィィンン!」

「グハッ……!」


 そんな俺に対して、お隣さんは実に冷ややかだった。

 ちょっと黙れと言わんばかりに痛烈な一撃を御見舞される。

 悶絶し、言葉も出ない俺。

 対称的に、満足そうな表情のおさん。


「クソッ……早く寝床のランクを上げてやる……!」


 蹴られた身体を擦りながら固く誓う、異世界生活2日目の夜だった。

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