第4話 夢破れた少女ホロ

「ほぅ、イカサマがあったという証拠があるのか?」


 屈強な男が強気な態度で、自身をホロと名乗った少女に尋ねる。

 その表情を見れば一目瞭然。

 ないのだ……イカサマがあったという事実は。

 だからこそ、男は強気な態度でいる。そういうことだ。

 

「な、ないけど……っ! 13回も連続で負けるなんて絶対におかしい! それこそイカサマでもしなければ……!」


 対するホロは、カジノには似つかわしくない薄汚れたローブを纏っており、金持ちという線はまずないだろう。

 また、フードに隠れて表情をうかがい知ることが出来ないが、引く気がないことは声音だけでハッキリわかる。


「ヤレヤレ……証拠もない、ただの言いがかりか」


 わかっていた事だろうに、男は大げさに肩をすくめた。

 なんという演技力だろうか。あの男には演劇の才能が欠片もない。


「ディーラー、早くチップの回収をしろ」

「はっ!」

「だめぇぇええ!」


 ディーラーがチップの回収をしようとすると、ホロが慌てて手を伸ばした。

 渡してなるものか! という必死の思いが伝わってくる。

 だがその思いも虚しく、チップはディーラーに回収されてしまった。

 ホロが伸ばした手を男が掴み上げ、ホロの邪魔をしたからだ。


「か、返して……!! 返しなさいよ、私のチップ……ッ!!」


 それでもなお、ホロは諦めない。

 ジタバタもがき、男の拘束を逃れてチップを奪い返そうとする。

 と、その拍子で被っていたフードがひるがえり、隠されていたホロの素顔が露わになった。


「ほぉ……身なりは良くないが、顔は上々じゃねーか」


 男が言うように、ホロはなかなかの上玉であった。

 日本では――いや、地球では見かけない銀の長髪。透き通ったスカイブルーの瞳。

 ちょっとばかし幼さは残っているが、かといって子供という印象は受けない顔つき。

 13、4歳といったところか。


「よし、俺も仕事だから嬢ちゃんの願いは聞き届けられねーが……」


 男が口角をイヤらしく突き上げる。

 それを見て、なんとなくだが男が考えてることを理解してしまった。

 予想が的中する。


「代わりに、だ。個人的に出資をしてやってもいい」

「……ぇ?」

「嬢ちゃんの身体を担保に、さっき負けた分の金を俺が出してやる」


 もともと大きな瞳をさらに大きく開いて、ホロは男の言葉を聞いていた。

 手持ちの金が尽きたのでカジノを出ようとする客に対し「無利子で大金貸しますよ!」というのは地球のカジノでもよくあることだ。

 だが、ホロにこれ以上の金は無いだろう。

 つまり貸したところで、確実に帰ってくる保証がない。


(故に身体の担保……中学生くらいの女の子相手に、なんて話を持ちかけやがる!)


 足元を見て、これでもかという条件を提示する。

 なんと胸糞悪い話だろうか。


「いいんですかっ!?」

「あぁ、いいぜ。正式な書類を準備してやるからちょっと待ってろ」

「はいっ!」


 男はきびすを返し、バックヤードへと消えた。

 それを確認してから、俺はホロへと急いで近づく。


「ちょっと待て!」


 カジノで勝負し大負けした――そこまではいい。そんな客はゴマンと見てきた。

 しかしそのツケを払うために、女の子が身体を担保にし、カジノに居座る。

 こればかりはカジノを生業とする『プロ』として許容できなかった。


「ふぇぇ!?」

「お前、わかってるのか!? アイツと契約を交わすってことが、身を売るようなものだってことが!」

「え、えぇ……? イヤですねぇ、あの人は善意で私に巻き返しのチャンスをくれただけですよ?」


 駄目だコイツ、全然わかってない!

 どうして勝てる気満々でいられるんだ!?

 負けたらどうなるか、わかってないのか!?


「いいか、お前は負ける。100パーセント負ける。そしてその先に待っているのは、アイツの奴隷になる未来だ。その頭の緩さが原因でな」

「ちょっと、いきなり現れて何なんですか!? 私のこと知らないくせに、さも頭が悪いかのように言わないでください! それに私は負けませんから!」

「いいや負ける、絶対に負ける! 俺に100パーセントなんて言わせたんだ。勝ってもらっちゃ困る! ついでに、さもじゃなくてストレートに頭悪いって言ってんだよ」

「何ですかソレ、意味がわかりません! 私はカジノの攻略法を見つけた天才なんですよっ!? 負ける道理もバカにされる道理もありません!」

「その攻略法を使って、さっき負けたんじゃないのか?」

「あっ……」


 脳みそ空っぽなのか、コイツは……?


「で、でもっ! あれはカジノがイカサマしたからで――!」

「はぁ……さっきお前は13連続で負けたと叫んでいたな。回収されてたチップから見るに、ルーレットの赤黒当てでだろ?」

「そ、そうです! 連続で13回も黒が続くなんてありえま――」

「余裕でありえるから。一日に一回は起きるレベルだから」

「そ、そんな……」


 カジノ初心者にありがちな話だな。

 確かにそれだけ連続となると「こんなこと、そうそう起こるわけ……」と思ってしまいがちだ。

 だが実際にはパチンコの大当たり程度には出る確率なのだ。

 聞いてみるといい。

 店から出てきたオッサンに『大当たり出たことありますか?』とね。

 もし『無い』と答えたら、それは今日がパチンコデビューのオッサンだ。


「それにだな。もしカジノがイカサマをやっていたとして、その対策もせず挑んで勝てると思っているのか?」

「…………」

「いいか、カジノは娯楽だ。身を削ってまでやるのは止めろ」

「…………っ!」


 ホロは俯いて、肩を震わせた。

 どれだけの金を失ったのかは知らないが、ホロにとって大金であったことは間違いない。

 思うところがあるのは当然だろう。


「……じゃあどうやって負けたお金を取り返せばいいの!?」

 ホロがヒステリックに叫ぶ。

「無理だ、諦めろ。わかっていることだろ?」

「……ッ」


 俺は冷たくホロの言葉を切って捨てた。

 娯楽として楽しめないならば、カジノをやるべきではない。

 カジノを生業なりわいとする者として、そこだけは譲れなかった。

 そうやって破滅していった人間が、人類史の中で数え切れないほどいる。

 そこへ更なる犠牲者を出す必要などないだろう。


(言うべきことは言った。できれば今日のことは忘れて、カジノから足を洗ってくれればいいんだが、あとは本人次第か……)

 

 さて、イレギュラーなイベントはあったが異世界のカジノ視察という目的は達した。

 ホロにこれ以上の説得をするのも、いささか過干渉というものだろう。

 俯いたまま何も言わないホロを残し、俺は異世界のカジノを後にした。




     ♪     ♪     ♪




 金のない現状では、やっすい店で腹を満たすのが得策なんだろうが、今後の対策を練るに際して静かな場所でじっくり考えたかった。

 なので、ギルドやカジノがあったメインストリートからは少し外れた場所で店を探していたところ、見つかったのがこの『安らぎ処』だ。

 中世ヨーロッパ風な世界だからか、昔ながらの喫茶店と言ったこの店も、実にいい雰囲気を出している。

 俺は店の中でもさらに奥の方の席に陣取り、オススメだというサンドウィッチと紅茶を注文した。


「はてさて、どうしたものか……」


 21世紀の地球産知識を元にするなら、ここのカジノはまあヌルい! ヌルすぎる!

 資金さえあれば負ける気がしない。

 むしろ勝ちすぎて出禁にならないよう心配をするレベル。

 そう、資金さえあれば……。


「無一文から異世界スタートというのは中々に厳しいな……」


 カジノで勝つために『絶対』必要なもの――それは圧倒的な資金だ!

 何のゲームをするにしても、永遠に負け続けるということはない。

 なのでこんな必勝法がギャンブルには存在する。


 マーチンゲール法――またの名を倍賭け法というこの賭け方は、前回の負け額の2倍を賭けるという手法である。

 100円賭けて負けたら、次は200円。

 200円賭けて負けたら、次は400円。

 その次は800円、1600円と賭けていき、勝つまでこの方法で賭けていくことになる。

 この手法のスゴいところは、たとえどんなに連敗しても一度でも勝てば収支がプラスになることだ。


 ちなみに……世界で観測された勝率約50パーセントの勝負で、最も連続した偏りはルーレットの黒26連続で、発生確率はおおよそ7000万分の1。

 なのでマーチンゲール法で稼ぎを得ようと思っているのなら、少なくとも賭けようと思ってる資金の1億4000万倍の資産を用意した方がいい。

 もっとも、世界記録が更新されるようなことがあれば一瞬で破産だが……。


「で、だ……」


 古来よりギャンブルの必勝法として語り継がれるだけあって、どこかしらでこのマーチンゲール法の『負けた時より大きく賭ける』というロジカルを使わないことには利益を出すことは不可能。

 だが、そのためには潤沢な資金が必要で、問題は明日の食料もままならないほど俺が資金難だということだ!


「ここから導き出される解答は……」


 どうにかして纏まった資金を作るしかない。

 その為の最適な戦略はなんだ?


「何を一人でブツブツ言ってるんですか?」

「ん?」


 少女特有のよく通る声が、俺の思考を遮った。

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