第3話 カジノへようこそ!
「冒険者の方ですか?」
「はい。今日は見学に来ました」
事前の説明通り、カジノはすぐに見つかった。
そしてこれまた事前に用意されたカードを門番に渡すと、すんなりと入場の許可が降りる。
派手な装飾が施されたゲートをくぐり抜け、いよいよカジノ場へと続く扉に手をかけた。
「おぉ……」
グッと力を込めて開いた扉の先、そこには慣れ親しんだカジノの光景が広がっていた。
もちろん、地球のそれとは細部がところどころ違っている。
豪華なシャンデリアはない。
ゲームマスターであるディーラーの服装だって、いささか陳腐。
それでも……ピリピリとしたこの空気。勝った者たちの陽気な笑い声。負けてお金をスッた者たちの後悔の怨嗟。
他では味わえないカジノ独特の雰囲気が、ここが俺のテリトリーだと教えてくれる。
「ちょいちょい、お客さん」
「ん?」
「見学に来たってお客さんはユーのことなの?」
ちょっとばかし感傷に浸りながら異世界のカジノを眺めていると、不意に後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはカジノの名物バニーガールが!
……バニーガール?
「本物のウサギだと!?」
「そうなの。ナーシャはウサギの獣人なの」
大きく紅い瞳と、見事な毛並みの白いウサミミ。
それでいてヒトとしてのプロモーションを持っている。
(なるほど、獣人か……)
つけ耳なんて比じゃない本物のバニーのガール。
完全に地球の完敗だ。
俺が今まで見てきたものは、バニーガールを模したバニーガールっぽい何かだったわけだ。
あぁ……桃源郷はこんな所にあったのかッ!
「何を泣いてるの? 寂しくて死んじゃうの?」
「違うんだ……! これは男のロマンが実在したことに涙してるんだよ……っ! それに寂しくて死んじゃうのは、キミらウサギの専売特許だろ……!」
「そうなの。心配して損したの。迷惑料にチップをくれると嬉しいの」
「生憎なことに、いまは現金しか持ち合わせがなくてな」
「現金でもカモーンなの」
「こらこら、現金なウサギめ!」
まったく、人が感嘆の涙を流している時にこのウサギは……。
「まぁいいの。カジノの案内を始めるの」
「よろしく頼む」
本物のバニーに連れられて最初に紹介されたのは、どこからどう見てもルーレットだった。
0から36までのどこにボールが入るかを当てる、カジノでもっとも単純なゲーム。
しかし当選確率は37回に1回なのに対し、配当は36倍なので、やり続けると損するのは明白だ。
「これはルーレットなの。どこにボールが入るか予想をするゲームなの」
ナーシャが名前とルールを教えてくれるが、俺の知ってる知識と完璧な一致率にビビる。
そもそも何故、異世界でも日本語が通用してるのか謎だけど。
「ヨーロピアンタイプか」
そして注目すべきは、このルーレットがヨーロピアンタイプなことだ。
ルーレットには他にアメリカンタイプと呼ばれるのがあり、アメリカンタイプの場合はさらに00という数字が増える。
つまり当選確率は38回に1回。
なのに配当は36倍のままなので、ヨーロピアンタイプよりも分の悪いギャンブルになる。
ルーレットをやるなら絶対にヨーロピアンタイプがいいので、ここのカジノがアメリカンタイプではなくてラッキーだ。
「? 何か言ったの?」
「何でもない。気にしないでくれ」
「まあいいの。ルーレットは一度説明すれば猿でもわかる簡単なゲームだから次に行くの」
次に案内されたのは、とある半円テーブルだ。
進行役であるディーラーがカードを
「これはバカラなの。プレイヤーとバンカー、どちらが勝つかを予想するゲームなの」
ちなみに、ここで言うプレイヤーとは俺のことではない。
例えるならば、このテーブルという名のリングの中で『プレイヤーという格闘家』と『バンカーという格闘家』が一騎打ちの勝負をしており、俺らはそのどちらが勝負に勝つかを賭けながら観戦している感じだ。
「使うのはトランプ――数字はそのままの通りで、10と絵札は0としてカウントするの。そして合計した一の位が9に近い方が勝ちなの」
ナーシャが説明する間にも、ディーラーがテーブルにカードを配っていく。
一枚目、プレイヤーにスペードの2。
二枚目、バンカーにダイヤの6。
三枚目、プレイヤーにクラブの3。
四枚目、バンカーにハートのクイーン。
「今回の場合、プレイヤーは2+3で5。
バンカーは6+0で6なの。でも勝負はまだ終わってないの」
「プレイヤーにカードを一枚、だろ?」
ディーラーが次に行うアクションを俺が先回りして答える。
テーブルを見ていたナーシャが、俺の方に顔を向けた。
「ルール知ってるの?」
「俺の記憶と同じかはわからんけどな。
プレイヤーとバンカーどちらかが8または9だった場合は、どちらも三枚目を引かないですぐに決着。
6か7ならソチラは引かず、もう片方が引いた後に勝負。
どちらも8や9ではなく、かつ0から5の間なら三枚目を引く。バンカー側はプレイヤーが引いたカードによっては引かない、ってところか」
この辺は進行役のディーラーが覚えていれば何の問題もない。
なので客は難しいことは考えず、ただどちらが勝つかを予想すればいいのだ。
プロレスを見に来た客に、審判をやらせるようなことはしないだろ?
「ふ~ん。ならブラックジャックも知ってるの?」
「21に近いほうが勝ちってやつか?」
「そうなの、説明する手間が省けたの。お疲れ様でしたーなの」
そう言って、ナーシャは手を振って行ってしまった。
もしかして、仕事奪って怒らせちゃった?
「はぁ……今度来るときはチップの代わりに人参でも持って来るか……」
まあ今はそんな余裕ないんだが。
そもそもウサギの獣人だからって人参で喜ぶのか?
少なくとも生の人参をムシャムシャするとは思えない。普通に人型だったし。
「待って! それはホロの大切なお金で――!」
「ヤレヤレ、往生際が悪い。キミはゲームに負けたのだ。さっさと放したまえ」
なにやら奥が騒がしい。
だが、カジノでは稀にあることだ。
どうせ負けが込んで熱くなり、負け分を取り戻そうと無茶な賭けに出て、有り金を全部溶かしたとかだろう。
いちいち首を突っ込む気にもならない。
「だってそれはカジノのイカサマで――!」
と思っていたのだが、何やら聞き捨てならない言葉が聞こえた。
イカサマ……? カジノの運営側が?
基本的にカジノの運営側がイカサマをする利点はない。
なぜなら客がカジノで遊んでくれるだけで儲かるようにと、しっかり計算されてカジノゲームは作られているからだ。
だからもしイカサマが発覚し、客足が遠のくようなことになればカジノにとって致命傷になる。
そんなリスクを負ってまでイカサマをする理由がカジノにはないのだ。
「だからこそ確かめなくちゃならないな」
本当にイカサマがあったのか?
もしあったのだとしたら、このカジノでプレイするのは控えなければならない。
俺は騒ぎのあった奥へと足を運んだ。
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