第6話 必勝法とルーレット

 今日もクゥーエ草の採取に勤しみ、午後にはカジノへ向かった。


「やっと来ましたか。待ちくたびれましたよ」

「ホロか。こんなところで待ち伏せなんて暇なのか?」

「違います! 貴方がいつ来るのかわからなかったから一日張っていたんです!」

「なんだ、やっぱり暇なんじゃないか」

「ちがっーう!」


 プリプリと怒る姿が可愛らしい。

 なぜか弄ってやりたくなるんだよなぁ……。


「わかったわかった。それよりも時間が惜しいからサッサとやるか」

 俺の言葉にホロが食いつく。


「待ってましたよ、この時を! さあ、お手並み拝見いたします!」

「好きに見てるがいい」

「おぉ! なんでしょう、この漂う大物感は! これが絶対に負けないという自分への信頼がなせる技なのでしょうか!?」

「ずいぶんテンション上がったな。口調がブレてんぞ」


 それだけカジノで勝ちたい気持ちが強いのか?

 いや、当然か。ホロはカジノを潰したいとすら言っていたんだ。

 プロである俺に多大な期待を寄せ、テンションが上がってしまうのも頷ける。


「それで、えーっと……あっ、あれ? そう言えば貴方の名前知りません」

「今更かよ! 筑波だよ、筑波」

「ツクバ……変わったお名前ですね」

「あー、そうかもな」


 気にしてなかったが、ここ異世界だもんな。

 日本語が使われているのに、日本人っぽい名前はこれまで聞いていない。

 不思議だ。


「それで、ツクバは何をやるの?」

「まずはルーレットだな」


 俺は今日のクエスト報酬をカジノチップで受け取った。

 なので懐にはカジノチップが入っている。


「理由を伺っても?」

「最高配当がバカラやブラックジャックより良いからな」


 バカラの最高配当はタイ引き分けの8倍。

 ブラックジャックについては運の要素がある上に、膨れ上がっても4倍がせいぜいだ。

 それに対して、ルーレットはぶっちぎりの36倍だ。

 俺がやろうとしてる戦略にとって、もっとも利益率がいい。


「まあ見てろって。そんで必ず勝てる方法ってのが何なのか、自分で答えを出してみろ」

「わかりました。必ずツクバの必勝法を見抜いてみせます!」


 いい心構えだ。

 俺は安易に答えを教えるつもりはない。

 カジノの醍醐味だからってのもあるが、必勝法ってのは世間に周知されたら必ず対策されるものだからだ。

 そして、人に教えてもらったことはどんなに『秘密だ』と言っても誰かへ教えてしまうものだ。価値を正しく理解せぬままに……。

 しかし自分で見つけたものは価値を正しく理解するため、誰かに教えることもしなくなる。

 そうして必勝法は秘匿されるのだ。


「さて、空いてる台は……」


 ルーレットは意外と盛況だった。

 どの台もそれなりに客がついている。

 これには少し驚かされた。


「? どうしました?」

「ルーレットって遊びでやるにはいいんだが、還元率が悪いからバカラやブラックジャックと比べるとどうしても人気が一段落ちるもんなんだが……ここでは盛況のようだな」

「あの……カンゲンリツとは……?」

「あぁ、そこからか」


 俺は首を傾げているホロに『還元率とは何か』という説明を始めた。


「還元率ってのは賭けた金額に対して、いくらのリターンが期待出来るかを示した値になる」

「???」

「まあ、これだけじゃわからんよな。例えば還元率100パーセントのゲームをやるとしよう。そのゲームで100シリン賭けたときに期待できるリターンは100シリンだ」


 ちなみに、シリンはこの世界での共通通貨だ。

 何日か出歩いた結果、1シリンがおおよそ1円に相当するものだとわかった。

 もっとも、日本とは物価が大きくズレた物がそれなりにあるので絶対ではないが。


「次に還元率が90パーセントのゲームをやった場合だが、100シリン賭けたのに対して期待できるリターンは90シリンだ。つまり還元率が90パーセントのゲームをやる場合、一回やるごとに平均して10シリンの損となる」

「じゃあその還元率……? が100パーセント以上だった場合は――」

「100パーセントを超えたパーセンテージ分だけ得するってわけだな」


 飲み込みが早くて助かる。

 と言っても、地球のギャンブラーなら知らない者などいない一般知識でしかないが。


「それで、ルーレットの還元率はいくつなんです?」

「97.3パーセントだ」

「つまり損するってことじゃないですか!」

「カジノなんだから当たり前だろ?」


 でなければカジノの運営がどうやって利益を出すのやら……。

 ボランティアじゃないんだぞ?


「バカラはもう少し還元率がいいが、それでも100パーセントは下回る。もっとも、ルーレットと違って極稀に100パーセントを超えることもあるんだが、数千から数万回に一回のレベルなので除外する」

「だったら何をやればいいんですか?」

「ブラックジャックだ。こいつは100パーセントを超えることがちょくちょく発生するから、最もプレイヤーが勝ちやすいゲームと言える。だがまあ、今回はルーレットだ」


 俺は比較的空いているルーレット台に近寄った。


「不思議そうな顔をしているな、ホロ」

「当然です。損するとわかってて、それでもルーレットをやる理由が私にはわかりません」

「だからまずは見てろって」


 ホロとの会話を打ち切って、俺はディーラーの手元を注視した。

 ごく自然な動作でボールを投げる。リールの上を勢い良くボールが転がった。

 しばらくジッとボールの成り行きを見守っていると


No more betノーモアーベット!!」


 ディーラーが賭けの受付終了を宣言する。

 これ以降に賭けたチップは、たとえ当たったとしても無効となり、当選金を得ることが出来ない。

 それどころか、外した場合はチップを没収されてしまうので、みんな素直にベットを止めた。


「賭けないんですか?」

「今回は様子見だ」

「なるほど……」


 ホロが何に納得したのかはわからないが、気にせずに玉の行方を追った。

 ちなみにディーラーが玉を投げる前から、玉がどこに落ちるか賭けることが出来るのだが、基本的にディーラーが玉を投げる前に賭けるやつはいない。

 熟練のディーラーともなれば、ある程度狙った箇所にボールを落とすことが可能となる。

 だから投げる前に高額ベットをすると、賭けた場所を外される……と信じられているのだ。

 はっきり言って迷信であるが、俺もディーラーが投げた後に賭ける派なので、人のことを言えない。


「よし、次はベットするぞ」


 前もってホロに宣言してから、持てる全てのチップを握りしめてディーラーの投擲とうてきを待った。


Readyレディー??」

(あぁ、準備は万端だ! さあ、来い!)


 俺はこれ以上ないくらい気合を入れた。

 ディーラーの手を離れた玉が、コロコロとリールの上を駆け抜けていく。

 俺はその軌道を見極め……


「ここだッ!」


 ベットの受付が終了するギリギリに、賭ける場所を決めた。

 今日の稼ぎの全てを27に入ると信じて賭けるッ!

 ホロが目を見開いた。


「ウソッ……!? 全部のチップを賭けたの……!?」


 小声ではあるが、ホロの驚く声がしっかりと俺の耳に届いた。

 無理もない。

 たった一回の勝負――それも当選確率37分の1に全てのチップを賭けるやつが果たしてどれだけいるか!

 バカ・無謀・狂気の沙汰……おおよそ常人には考えられない行動……!

 そんなことをする存在がいるだなんて、ホロにとっては想像すらしたことあるまい。


 また他の客も、俺のベットに目を見張った。

 決して安い金額のベットではない。

 それを27への一点張りだ。興味をそそられない訳がない!

 まさか当たるのか……!? そんな表情で俺を見てくるプレイヤーたち。

 俺は堂々とした態度で、それらの視線を受け止めた。


「お、おれも!」

「邪魔だお前! おれがベットできねーだろーがッ!」

「やった! 間に合った!」


 俺が賭けた27へと、急いで殺到するプレイヤーたち。

 それに慌ててディーラーが動いた。


No, No more betノ、ノーモアベット!! No more beeeet!!ノーモアベッーート


 ベットの終了宣言をするが、熱狂したプレイヤーが押し寄せたせいで、終了宣言後のベットというルール違反は多少見逃された。

 賭けられた者の満足顔と、賭けられなかった者の悔しそうな顔。

 それら全員が息を潜めて見守るなか、ボールは次第に勢いを落としていき……






「12番!」


 どこかホッとした声音で、ディーラーが当選番号を読み上げた。

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