85話 設楽 マジックマスターへの道

炒ると良い匂いがする。これを焙煎というのだろう。

 挽くと更に匂いは引き立つ。さあ珈琲はもうすぐだ。

 (挽くといっても、ナイフの柄で砕いただけ)

 しかし……その後どうすればいいのか。金子は知らなかった。


(ふぃ、フィルターが無いぞ)


 試しにそのままお湯を入れてみた。流石に飲めたものではない。

 金子の知識では、コーヒーの成分を抽出する必要がある。しかしやり方がわからない。

 『淹れる』必要があるのだが、そもそも『淹れる』とは何か知らない。


 金子とコーヒーの格闘は続く。


――――


 設楽の研究は順調に進む。

 『発光』を使うことで、魔法の仕組みがどんどん暴かれていく。

 『探知』魔法も丸々三日かけておおよその全貌は明らかになった。


 『探知』(左)の魔法陣に『発光』魔法を注ぎ込むと光が細かい鎖状に連なった。

 まるで脳内のシナプスのように広がっている。

 『探知』(右)の魔法陣にも同様に『発光』魔法を籠めると、部屋いっぱいに光が拡散した。


 魔法陣を重ねれば予想通り、鎖状の光が一帯にに広がる。

 魔法の粒子が連結することによって、手に届かない範囲の状況も探知することが出来る。


 設楽は『探知』(左)魔法陣を『鎖状変化』、『探知』(右)魔法陣を『拡散』と命名した。



 さらに『探知』魔法のパワーアップを試みた。

 『探知』範囲を広げるために試行錯誤を繰り返したのだ。


 結論は上手くいかなかった。

 『拡散』の魔法陣を色々弄ることで、より広範囲に拡散させることは出来た。

 だが、『鎖状変化』した魔力を拡散しても『探知』出来る範囲はほとんど変わらなかった。

 あまりに距離が遠いと、鎖状の魔力が切れてしまうからだ。


 であれば、設楽は『鎖状変化』の魔法陣を改良すれば良いと考えた。

 魔法陣を大きくすることで魔力消費量を増やした。


 再度『探知』をしてみるが上手くいかない。

 多少探知範囲は広がったが、魔力を増やした分には見合わない。

 元々の『探知』範囲三十メートルは、鎖状に連結された魔力が切断されないギリギリの距離だからだ。


(連結力を上げるようにする必要があるのか……ふう)


 設楽は『鎖状変化』の魔法陣を観察する。正三角形が連なる美しい模様だ。


 魔力の消費量を上げる、つまり魔法陣を大きくすれば魔法規模は大きくなる。

 正三角形が『鎖状』を表現しているのと仮定すれば、正三角形を大きくしたり小さくすれば、連結する密度を変更可能だと思われる。

 だが、連結強度を上げる方法はよくわからなかった。

 『探知』範囲を広げるには魔力の連結が切れないようにする必要がある。


 『探知』の研究がひと段落したので、設楽は宙を見た。


(どうしよっかな~)


 考えた末に『探知』の研究は一旦切り上げることにした。

 『探知』範囲を広げるために皿に膨大な時間を費やすのは合理的ではないと考えた。

 設楽は別の研究に入ることにした。



 この時一つ不安が過った。

 設楽は『探知』魔法は群を抜いて高性能であり、原理も秀逸だと思っている。

 もしも神様から貰った魔法が『探知』じゃなかった場合、果たして『探知』魔法を再現できただろうか。


 王都で知ることが出来た四つの魔法陣の情報から『鎖状変化』の魔法陣を創造することが出来るだろうか。

 『拡散』の魔法陣は更に特殊だ。単体ではほとんど意味をなさない魔法陣だ。創造出来ただろうか。

 そもそも『探知』魔法の原理にたどり着いただろうか。


 結論は勿論無理だ。


 では、神の提示した十の魔法はどうなのだろう。全て再現できるのだろうか。

 『治癒』、『剛帯』、『眼力』、『着火』、『跳躍』、『走駆』、『隆土』、『衝破』、『氷結』、『探知』。


 設楽は神の提示した魔法一覧を眺めた後、研究を再開するのだった。


――――


 一抹の不安はあったが『探知』研究が終わり、続いて『浮遊』、『衝破』、『剛帯』もほぼ解明された。


 『剛帯』は『発光』を使えば簡単に原理を解明できた。

 そもそも設楽は『剛帯』魔法陣がついた魔法ナイフを使った経験がある。

 その時に原理はある程度目星はついていたので確認するだけだった。


 『発光』で『剛体』の魔法陣を起動すると、刃状に光った。

 エリッタから教えてもらった魔法陣は、魔法ナイフ用なので刃状なのだろう。

 結論、『剛帯』は、強化したい物体に対して、魔力を注ぎ込めばいい。

 魔法陣にする場合、強化したい形状に魔力を変化させればいいのだ。


 設楽のようにある程度魔力に精通すれば、ほとんど不要な魔法陣だ。ただ流し込めば良いのだから。

 ナイフのような金属、石などの鉱石は『剛帯』で強化できることがわかった。

 指も強化出来た。設楽の弱弱しいデコピンでも、木の机を削り取れた。


 強化できる対象の確認は継続中である。



 『浮遊』魔法は更に簡単だった。

 魔力は、密集させると物体に干渉できるようになるのでただ魔力を密集させるだけで完成する。

 設楽は便宜的に魔力の事を魔法粒子と名付けた。


 そして『衝波』は『浮遊』の発展系だ。

 魔法粒子を密集させて、そこから更に圧縮する。

 過度に圧縮された魔法粒子の塊は逃げ場を求め不安定な状態になる。

 あとは一押しすれば飛んでいく。穴が開いた風船のように。



 ちなみに赤井の『発火』も解明された。『発火』魔法は『衝波』と少し似ている。

 プロセスとしては

 ①魔法粒子を圧縮する

 ②①を渦状に圧力をかけて、摩擦で火をつける


 これだけなのだが、『衝波』と違い①と②を瞬間的に行う必要がある。

 そのために魔法陣の一番外側円、外輪に一つ手を加える必要がある。


(――だからエリッタはドリルなんて言ったのね)


 『着火』魔法陣の外輪に手を加えないと、ただ渦を巻くだけになる。

 魔法ショップのエリッタが、『着火』の魔法陣を見た際に、ドリルや穴を掘ると予想したのは間違ってはいなかった。

 ちなみに外輪に細工を施さない場合、木材程度なら削り取る魔法になる。


 『着火』の外輪に施している処理は、一定量の魔力を籠めないと発動しない仕組みだ。

 つまり

 ①外輪部分で一定量の魔力が溜まると一気に魔法陣内部に魔力を流す

 ②魔法粒子を圧縮する

 ③②を渦状に圧力をかけて、摩擦で火をつける


 この三段階が『着火』の原理だ。



 外輪を利用するのは、他に『発光』がある。

 懐中電灯のように使いたいときだけ光ればいいなら必要ない。

 だが、長時間持続させるためには外輪を工夫する必要がある。

 外輪側から魔法陣内側に流れる魔力を、ゆっくり持続的に流れるようにすればライトのようになる。


 同じ外輪でも『発光』と『着火』は真逆だ。


(赤井さんには感謝しないといけないわね)


 設楽は、今考えると神様からの提示された十の魔法から選んだ三つは最適解だったのではないかと考えた。

 そもそも『治癒』と『探知』は必須だと思っていたが、最後の一つを『着火』を選んだのは赤井だ。

 赤井は『着火』を気に入ってなかったが魔法陣としては『探知』に次ぐ良い研究材料だった。


 王都を出発してから九日経過した。

 設楽は、能天気な彼はどこでどうなっているんだろう。上手くいっているのだろうかほんの少しだけ考えた。

 そんな赤井は、犬の集落を出発する頃だ。


 死ぬほど走って、魔力を使って走る方法を覚え、犬に乗り、犬に振り落とされ死にかけ、神に再会し、異世界人であることを暴露し、アッシュと仲良くなり、アッシュとともに集落を旅立つ。

 更に赤井はMPが増えて帰ってくる。最高の研究材料となった赤井が帰って来るまであと五日だ。



 実は設楽は毎日、赤井が帰ってこないかなと思い待っている。

 お喋り担当がいないとなにかと面倒だし、金子にはどうしても少し気を使っている。

 赤井みたいな距離感がちょうどいい感じで便利なのだ。

 年上だけど、緩く付き合える赤井が便利なのだ。



(さっさと犬連れて帰ってくればいいのに)


 設楽はそわそわする。異世界でずっと一緒だったからだろうか。


 設楽は研究を続ける。異世界成長のため、そして赤井を驚かせるため。


 設楽は奇声をあげる。理由は無い。

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三人揃えば異世界成長促進剤~チート無し・スキル無し・魔法薄味~ 森たん @moritan

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