84話 魔法と化学と教育と

設楽と金子はリビングの椅子に座る。

 設楽は少し申し訳なさそうに、金子はいつも通り。


(帰ってくるの忘れてた……)


 設楽は魔法研究をかなり楽しんでいた。

 そして思いつき、想定した通りの魔法が出来て興奮していた。

 故の失態である。


「ははは、魔法研究は上手くいってるみたいだね」

「……す、すいません」

「いやいや、勝手に入って悪かったよ。まさか魔法の玉が飛んでくるとは思わなかったけど」


 設楽は少し赤面した。省みれば一人遊びが過ぎた。


「ちなみに、さっきのは何だったんだい?」

「えっと……、あ、ちょっと待ってください」


 設楽は自室に戻り魔法陣を持ってきた。そしてテーブルに広げる。


「ほう、魔法陣だ」

「はい、『浮遊』です」


 金子は『浮遊』の魔法陣を初めて見る。


「なかなか、シンプルだね」

「そうですね、『着火』が一番複雑です」


 設楽の知る魔法陣は全てシンプルな構造をしている。特に『発光』は天気記号レベルである。

 設楽が今のところ知る魔法陣は『着火』が群を抜いて複雑だ。

 それでも、よくわからない魔人語だったり、模写不可能なレベルの抽象的な部分は無い。


「あ、使ってみてもいいかな?」

「どうぞ」


 設楽は、ベリーを魔法陣の上に置いた。

 金子は魔法陣に魔力を籠める。

 ふわりとベリーが宙に浮く。


「お~、いいねいいね!」

「ちなみに『探知』も複製できました」

「それじゃあ、なんでも複製できそうだね」


 設楽は頷いた。魔法陣をふたつ掛け合わせる『探知』が再現可能だったので全て再現可能だと踏んでいた。

 金子は子供のように『浮遊』を楽しむ。設楽ではないがやはり魔法を使えるのは楽しい。


「――それで」

「おっと」


 金子は『浮遊』を止めた。


「『浮遊』と『発光』を合体させます」

「ほう」

「……さっきのは『衝波』と合体させたんですけど」

「ああ、破けちゃったもんね」

「――やってみます」


 設楽は魔法陣無しで『発光』を使った。

 そして光で『浮遊』の魔法陣を起動させる。


「おおお」


 魔法陣上のベリーが宙に浮く。

 しかし先ほどと違い、ベリーと魔法陣の間が光る。

 プリン状の光の上にベリーが乗っている。


「なんか、ケーキみたいだな。ははは」

「ああ、確かに」


 通常、『浮遊』を発動すると物が浮いているように見えるが、『発光』を使ってやると浮いているのでは無く魔法で支えていることがわかる。


「そっか、これで『衝波』を使ったのか」

「そういうことです」


 金子は『発光浮遊』をじっくり見る。


「なるほど、『発光』はこんな使い方があったのか。

 これなら研究は進みそうだね。魔力の遷移がわかりやすいし」

「そうなんです」


 設楽は金子の理解力の高さに少し驚いた。

 設楽が興奮していた理由は二つあり、単に光る『シタラボム』が嬉しかったことが一つ。

 もう一つは『発光』を補助的に使えば、既存の魔法の魔力の動きがわかるので原理を解明しやすくなることだった。


「ちなみにこれが『発光』の魔法陣です」

「ほうほう」


 初めて見る金子の真剣な顔に設楽はドキっとした。


「このギザギザな波形は、やっぱり負荷をかけて光らせているんだね」

「そうですね」

「ふ~む、豆電球に近いかもね」

「豆電球?」

「ほら、フィラメントの部分だけど」


 金子は、身振り手振りで伝えようとする。設楽は目の前の人物が先生だと思い出す。


「電球って、フィラメントの部分で摩擦が起こって発光するだろ」

「そうですね」

「まあ、『発光』魔法は熱を持たないから、どちらかというと発光ダイオード寄りかもね。

 でもあれって確か電子の衝突で光るから、やっぱり原始的な豆電球のほうがしっくりくるな。

 光といえば、蛍光灯みたいな方法で光らせらせることも可能かもしれないな!

 でも、そうすると触媒が必要か……」


 設楽は饒舌な金子にキョトンとした。


「ん? どうしたんだい?」

「いえ……詳しいなと思って」

「っぷ、ははは。ひどいな、私はこれでも化学の教師だよ?」

「あ……そうでしたね」


 設楽は金子が化学教師だったことを思い出した。そう、初めに職業は確認していた。

 あんまり教師らしさが無かったので失念していた。


「まあ、こっちの世界じゃ化学を教えるのも一苦労だからな~。

 初等教育の化学レベルしか教えれないのが厳しいところさ」

「たしかに化学反応させるにも触媒とか用意できないですもんね」

「そうなんだよ!」


 金子は共感を得られて非常に嬉しくなった。


「オキシドールと二酸化マンガンでも手に入ればいいんだけどなあ。化学式がわかっても生成方法は知らないからさ。出来る実験がかなり限られてしまう。

 燃焼実験ぐらいかな~、あとは化学というか生物系の授業なら出来るかも」


 設楽は、村にあるもので実験可能かものがあるか考えてみる。

 高校レベルの授業ぐらいから遡って考えてみる。

 器具も無い、材料も限られている。頭に浮かんだ実験の数々は全てダメだった。


 設楽でも小学校で行った実験を全て覚えてはいなかった。そもそも一年生の時は理科がなかった気もしてくる。


(電気系はダメだし、テコの原理とかはありかな、う~~ん)


「あ」

「お、何か思いついたかい?」

「テコの原理はありだと思います、図にもしやすいし現実世界でも使えます」

「ふむ、確かに」

「あとは」

「うむ」

「塩かな?」


 金子は少し目を見開いた。彼は少し細目なので目の動きがわかりやすい。


「塩か……なるほど!」


 金子の顔がパァーっと明るくなる。


「結晶化の実験が出来る! これはいいな」 

「よかったですね」


 金子の嬉しそうな顔を見て設楽は思う。本当に教師になったんだなと。


「やっぱり一人で考えるには限界があるな~、助かったよ」

「いえいえ」

「ははは、何か悩んだら私も力になるからね」

「ありがとうございます……」


 急に金子が立ち上がった。


「あ~お腹すいてきたな~、設楽さんも何か食べるかい?」

「そうですね」

「じゃあ、私が何か作ろうかな」

「え?」

「ははは、赤井君ほどじゃないけどちょっとは料理できるよ。まだ、実験があるんだろ? 部屋まで持っていこうか?」

「えーっと……」

「遠慮しなくていいよ、研究には栄養が必要だろ? ははは。

 あ、あとこれこれ、忘れてたよ、羊皮紙」


 ハンターたちに貰った羊皮紙を渡す。


「ありがとうございます。ヒツジですか?」

「いや、豚だったかな? 豚でも羊皮紙って言うみたいだよ」

「へ~それじゃあいただきますね」

「あんまり作ってないみたいだけど、欲しいなら作るってさ、ありがたい話だよ」

「そうですね」


 羊皮紙を受け取り、設楽は部屋に戻って魔法研究を再開することにした。


 今日も王都の事を聞かれるかと思っていたけど、すぐに解放され尚且つご飯まで作ってもらった。

 拍子抜けしてしまったが、ありがたかった。

 設楽は長話も苦手だし、料理をする時間も大嫌いだからだ。


 金子の料理はちょっと大雑把だが設楽は美味しく食した。

 クラーク村のパンと干し肉に、王都で買ったチーズを挟んだだけ。

 少し火を通してあるのか暖かくて、チーズはとろけた。


 「コーヒーも淹れてみる」と言っていたが、その日設楽のもとにコーヒーは持ってこられなかった。


(そもそも生豆からコーヒーの淹れ方知ってるのかしら? 私も良く知らないけど)


 設楽の魔法研究は夜通し続いた。


――――


 金子は料理を終え、一息ついていた。

 明日は一日授業する予定だが、準備は必要無さそうなのでのんびりしている。


(ふう、『探知』も困ったものだな)


 金子は最近、ハンター達の間では気が利く人物で通っている。

 ナイフが欲しい、水が欲しい、用を足したい、話に加わりたい、話を終えたいなど、先回りして気づく。


 実は人の挙動や、仕草、体の反応から、今何を望んでいるかがわかることが多くなってきた。

 一緒にいる時間が長ければ長いほど、対象の人物の行動パターンが読める。


 転生前、金子はテレビでメンタリストを頻繁に見かけた。

 相手がどのカードを選ぶとか、フリップに何を書くか当てたりする。

 初めは嘘くさいと思っていたが、仕草やリアクションで隠しているのがわかると聞いて妙に納得していた。


 金子自身は嘘が苦手であり、母親や彼女はすぐに彼の嘘を見抜いてきた。

 女の勘だと思っていたが、仕草に出ていたんだろうと最近気づいた。


 そんな金子は少し反省していた。

 昨日は、久々の再開が嬉しくて力いっぱい話してしまったことを。

 設楽が寡黙なタイプなのは知っていたが、時間が経過するたびに『早く切り上げたい』ってサインが出ていたのを気づくのが遅れた。


 そんなわけで、今日は『早く切り上げたい』サインが出る前に切り上げることにした。彼なりの気遣いだ。


 金子は意識していなくても範囲十メートルぐらいは探知している。

 そして最近は、範囲二メートルぐらいなら心理的な状況まで察知できるようになった。


 金子のストーカー能力は日々進化を遂げているのであった。



「さて、コーヒーでも淹れてみようかな、ははは」

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