78話 赤井 親子喧嘩を仲裁する

ドルゼ村のご飯は、クラーク村並みに美味しかった。

 多分、王都に近づくとご飯が不味くなる結界とか張られてるんだ。な~んてね。


 いや~、なんかもてなされちゃって幸せです。

 王都や犬の集落は、目的意識をもって過ごしてたから緊張感があった。

 今は特段やることは無い。村に帰る前にブラリ途中下車って感覚かな。


「あれ、そういえば僕の村までどれぐらいなんでしょうかね?」

「さあの~」

「ええー、ゼツペさん知らないんですか?」

「ワシ、行ったことないもん」


 ゼツペさんに任せれば帰れると思ってたけどこれはまずいんじゃ。


「ど、どうすればいいんでしょう」

「西のほうなんじゃろ? 何となく行けるじゃろ」

「い、いやそんな適当に行けるほど、僕は土地勘ないですよ!」


 ペッガさんが笑い出した。


「がっはっは、相変わらず適当だな親父は」

「ふん」

「しかし西側か。ウィンダーブルは遠いし、西側となると、ラドフレア村か?」

「いえ、クラーク村ですよ」

「く、クラーク村だと!」


 あれ、なんか苦い顔してるな。


「なんじゃペッガ、知っとるんかい」

「ああ、クラーク村とは……あまり仲が良くない」

「ふふふ、ケンカしちゃったのよね」

「お、おい」


 ペッガ夫婦は、やんちゃな弟と穏やかなお姉さんみたいだ。

 まあ、ルッタさんのほうがは力関係は上だな。


「なんじゃ、大人げないの」


 ムッとした顔でペッガさんはゼツペさんを見た。親子喧嘩が始まる。


「元はと言えば、親父が悪いんだぞ!」

「ワシが?」

「そうだそうだ! 王都と関わらず自立しろっていうからしっかりやってきたんじゃないか!」

「それが何じゃ?」

「だ、だから、クラーク村が王都と交易し始めたから仲が悪くなったんだ!」

「?」

「??」


 俺とゼツペさんは顔を見合わせた。


「アカイ、意味わかったか?」

「いえ、まったく」


 デスヨネー。


「もう、あなた。順序立てて話さないとわからないですよ」

「あ、ああそうだな」


諭されたペッガさんは落ち着きを取り戻した。


「クラーク村とペッガ村は、クラーク村が開村の時からの付き合いだ。三十年ぐらい前だな。

 当時は俺もガキだったがクラークさんのことは覚えているよ。必要物資を何度か買いに来ていたからな」

「へ~長い付き合いなんですね」

「ほ~」


 ゼツペさんも初耳らしい。


「親父はその頃は旅三昧だったからな、知らないんだろう」

「うむ、知らん」

「くそ、呑気なもんだぜ。クラークさんは元々、ウィンダーブルでよ『荒れた王都から離れ、独立した村を作ろう』って声を上げた人なんだ」


 し、知らなかった。かっこええやん。


「馬を駆り、開村するにふさわしい場所を探していたって聞いたしな。

 王都から離れて自立する姿勢は、ペッガ村と非常に近しいものがあった。

 だから、俺が正式に村長になってからも懇意に付き合ってたんだよ」

「あ!!」


 俺は気づいてしまった。


「どうしたアカイ」

「まさか、酪農してる村って、ドルゼ村のことなんじゃ!! 数年前、馬を買いに来ましたよね!?」

「ああ、そうだぜ」


 も、もうクラーク村の近くまで来てるやん!

 西にまっすぐ行けば多分川にぶつかって、さらにまっすぐ行けばクラーク村やん!

 酪農村がドルゼ村だったことに今気づいた。


「っは、馬だって本当は売りたくなかったんだ。でもどうしてもって粘られてしょうがなくな!」

「いや~、まさかこんなに近いなんて驚きです。馬車で二日ぐらいの距離ですよね」

「早馬なら一日で着くぜ」


 てことは、犬でも一日で着けそうだ。少し安心した。


「そうだ、ずっと仲良くしてたんだ。ストライクバードだって友好の証でもらったんだ」

「へぇ~」

「たしかにこの辺じゃストライクバードおらんしのう」

「でも二十年ぐらい前から王都と交易しだすとか言いやがったんだぜ、おかしいだろ!

 村を作った理由は、王都から離れようって理由だったのによ!」

「二十年前じゃと、王都はもう安定しはじめとった頃かのう」

「だからってよ、そんな簡単に引っ付いたり離れたりするのは変じゃねえか! なんていうか、軽いっていうかよ」


 ルッタさんは呆れ顔だ。


「もう~、それで二十年も仲が悪いなんて子供なんだから」

「だってよお!」


 喧嘩の理由なんて些細なものだな。


「ペッガ、まさかお前、他村と交易しておらんのか?」


 ゼツペさんがギロっと睨んだ。先程までの脱力系おじいちゃんから野生の獣に戻った。


「お、おう! ちゃんと自立した村にしてるからな! 全部村で賄えるようにしてるぜ!」

「塩はどうした?」

「あ。ああ、昔はアナテル村に買いに行ってたけど、今は村で作ってるぜ。年に一回海まで行ってな」


 ペッガさんは得意げだ。

 そういえばリーダーが言ってたな。酪農の村は閉鎖的だって。

 閉鎖的というか、律儀に自立を目指した結果が、こんがらがって超閉鎖的な村になっただけなんじゃ。


「は~、アホじゃのう。近くで交易できる村との関係を断ってどうするんじゃ」

「そもそも、親父が言い出したんじゃないか! 王都と関わるな! 自立した村にしろってよ!」

「そりゃあ、あの頃はそうじゃったわい! 王都に依存した近隣の村が軒並みボロボロじゃったんだからのの!」 

「だったら、誰にも頼らない村のほうがいいじゃねえか!」

「極端すぎるわい! どこかに頼らなければ成り立たないぐらい依存せんことが大事なんじゃ!」

「やっぱり村の中で完結したらいいじゃねえか!」

「わからんやっちゃのう!」


 俺とルッタさんは親子げんかに困惑してしまった。

 は~しゃ~ないね。


「あの~、ペッガさん」

「ん。なんだよ」

「この村で手に入らないものとか無いんですか?」

「無い!」


 ある意味すごい自信だよ。独裁国家を作るのに向いてるな。


「でもドワーフさん泣いてましたよ」

「あ……」

「お酒がない~、死にたい~って」

「あ、あいつは飲み過ぎだから……」


 ふふふ、効いてる効いてる。効果は抜群だ。


「でも、ドワーフさんはその分仕事もするんですよね?」

「い、いや、あいつは酒を飲んで仕事をすっぽかすことも多いぞ!」

「な~にいっとんじゃ、それでもあいつに頼まなきゃ建築は全くできないじゃろうが」

「むむむ」

「この村は酒を造るのには適しておらん。高地故発酵が遅いしの大麦も採れんじゃろう」

「す、少しは採れる!」

「まあ、あなた。無理やり山の下のほうに畑を作ったんじゃないですか。

 それで管理が疎かになって、今年は大麦が採れなくなったんでしょう!」

「うう、いや、そのー」


 四面楚歌になってきたな。可哀そうだけどしょうがない。


「お酒なら、クラーク村のお酒は美味しいみたいですよ」

「ほお、それは楽しみじゃな」


 ゼツペさん、飲みに来る気満々だな。まあもてなす気も満々ですけどね!


「高地のドルゼ村と、平地のクラーク村が仲良くすれば、やっぱり理想的ですよね~」

「そうなのよ~いいこと言うわ~アカイさん」

「そうじゃそうじゃ」

「ぐぬぬぬう」


 これ以上やると、ペッガさんが拗ねそうだ。こういうのはバランスだよね。


「でも、まあクラークさんにも落ち度はある気がします」

「おお! そうだろ!」


 あんまりない気もするけどね。


「いい機会だし、ここら辺で過去は水に流したらどうでしょうか?

 これだけ自立した村を作り上げたペッガさんの株が、更に上がると思いますよ。

 『おお、流石ペッガ村の村長は器がでかい!』って感じで」

「え、そうかな?」

「ええ、それに友好の証にお酒ぐらい手に入ると思いますよ」

「そうか……ドワーフのやつも喜ぶな」

「ほら、いいことづくめじゃないですか!」


 ペッガさんは満更でも無い顔になっている。チョロいな。


「ま、まあ、そうだな悪くないかもな」

「はは、じゃあクラークさんには伝えておきますよ。お土産にはお酒でいいですかね?」

「そうだな、そうしてくれると助かるな」

「いや~、村が仲良くなって嬉しいな~ははは」

「がっはっは」


 これにてクラーク村とドルゼ村の仲は復縁しそうだ! めでたしめでたし!


――――


「――やっぱり」

「え?」

「やっぱりおぬし、あくどいのお」

「い、いやいや」

「今、犬のボスに会ったらかみ殺されるかもしれんの」

「う、うえええ!?」

「ふん、あんまり上手い事やりすぎると、しっぺ返しがくるぞ」

「はは、肝に銘じておきます」


 悪徳商人にはならないようにしなくちゃね。

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