77話 犬神家の一家の団欒

ドルゼ村の中心部に到着した。

 何人かの村人は、ゼツペさんを見て嬉しそうに挨拶してきた。リンクスも可愛がられている。


「人気者ですね」

「元村長だからな、それだけじゃ」


 村人の親しみ方はそんな見せかけじゃございませんぜ。

 照れそうだったので言わないでおいた。


 さて、この世界で初めてみる大型物件。王都のコロッセウムはデカかったけど。

 木造の大型物件は家屋というよりは古い学校のように見えた。


「ほんとにデカいですね~」

「はっはっは、ドワーフのやつに、村人全員が住めるぐらいのデカイ家をつくれと依頼したら本当につくりおった」


 これは凄いよ。この物件だけ未来から来たみたいだ。

 そして大量にガラスが使われている。


「ガラスは村で作ってるんですか?」

「うむ、ドワーフのやつが作りおった」


 ドワーフさんすげぇ。


「ほれ、さっさとペッガに会いに行こうかの」

「はい」


 リンクスとアッシュを外に待機させ大型物件の中に入る。すこし天井は低いが木の香りがしていい造りだ。

 やっぱり小学校みたい。廊下があり両脇には部屋が並んでいる。


「空いてる部屋も多いから、いつ引っ越してきてもよいぞ、はっはっは」


 うう~む、ドルゼ村恐るべし。

 生活臭のする学校を進み、二階奥の部屋までついていった。


――――


 ゼツペさんがドアをノックする。


「ペッガ! おるか?」


 部屋の奥で物音がした。


「お、親父か!?」


 ドタドタと足音がして扉が開いた。


「久しぶりじゃの」

「親父~、生きてたのか~」

「ふん、まだまだ現役じゃ」

「敵わね~な~」

「はっはっは」


 なかなかフレンドリーな親子だ。


「ん? そちらは」

「ワシの連れだ。アカイという」

「こんにちはアカイです」

「ゴホン! 俺は村長のペッガだ」


 ゼツペさんは軟弱って言ってたけど、ペッガさんは結構ムキムキだ。

 ゼツペさんと同じく小柄だけど、結構強そうだ。

 わが村のクラーク村長は、あんまり強そうじゃないからな、歳も十ぐらい上だろうし。


「何カッコつけとるんじゃ、まだ半人前のくせに」

「やめろよ、村長の立場ってもんがあるんだからよ。頼むぜ親父」

「ふん、まあ久々に帰ったんだ、もてなせ」

「はいはい」


 なんかほっこりしたよ。俺たちは別の部屋に通された。


――――


 ゼツペ親子と俺は客室に行き、遅れて村長夫人のルッタさんが現れた。


「ルッタ。久しいな、元気にしてるか?」

「ふふ、元気ですよ。お義父さんも変わらず元気ですね」

「はっはっは、ペッガは悪さしとらんか?」

「それは……内緒です。ふふ」

「おいおい! 真面目にやってるだろ!」


 う~む、仲良し家族ここにありだな。素晴らしいぜ。

 お茶を淹れてもらい。茶菓子までもらった。


「うお! このお菓子凄い美味しい!」


 ホロホロした触感のビスケット生地で、中から茶色の甘い餡が出てくる。

 餡の甘さが程よくて心地いい。


「あらあら、お上手ねぇ、ふふ」

「これは美味いな~、甘いものに目がないんですよね~」

「村では砂糖大根を作っておる、それは砂糖大根で作った餡だ」


 ゼツペさんがヒョイと平らげて教えてくれた。

 ルッタさんはキッチンらしき場所に向かった。


「で、親父。なんか用事か?」

「ふん、用事がなくちゃ帰ってきちゃいかんのか」

「いや、そーゆーことじゃなくてよ! 久々じゃねぇか。三年ぶりか?」

「ま、アカイを連れて帰るついでに寄ったんじゃ」


 ゼツペさんは親指で俺のことを指した。

 なんかゼツペさん、すげぇリラックスモードだ。

 いつもは野宿だもんね、寝る時も警戒してるって言ってたし、脱力したゼツペさんてのはなかなか可愛らしい。わがままじいちゃんって感じ。


「おう、アカイ君は親父とどんな関係なんだ? 弟子か?」

「ん~、犬の師匠というか、犬が欲しくてお願いしたんですよ」

「ん? どうゆうことだ?」

「アカイの犬が一階におるぞ、なついとる」

「まじかよ! すげえな、良くガンコ親父が納得したな!」

「ははは、ゼツペさんは優しいですよ」


 初対面時以外は、だけどさ。


「ふん、うるさいわーい」


 ゼツペさんは毛皮の敷物の上でゴロゴロし始めた。俺の中でキャラ崩壊するんでやめてください。


「後で見せてくれよ、リンクス以外の犬は見たことがないんだ」

「ええ、アッシュって言うんです。可愛いですよ」

「か、可愛いか。すごいなアカイ君は」


 やっぱり犬は「怖い」っていうイメージなんだろうか。

 リンクスは村人に愛されてるみたいだけど、あいつは特別な気もする。


「それにストライクバードか。珍しい鳥を飼っているな」

「ピィ」

「ペッガ、お前も飼っておったじゃないか」

「何年前の話だよ、十五年ぐらい前に死んだよ。――そうだ十五年ぐらいだな」


 ペッガさんの顔が少し曇った。なんだろうな?


「そうじゃったかの、その頃はもう村長じゃったな」

「もっと前から村長だったよ! 親父がブラブラ王都方面ばっかり行ってたからな!」

「あの頃は大変じゃったからの、いろいろやることがあった、はっはっは」

「かー、どーだか」


 和気あいあいと話が進む。

 自由な父ちゃんと、それに振り回される息子って構図ですね。


「ま、あの頃は大変だったみたいだしな」

「まーのー」

「王都……ですよね。やっぱりこの村でも影響あったんですか?」

「はっはっは、どうじゃったペッガ?」

「ん? 影響ね。まったくだな」


 ゼツペさんは自慢げだ。


「あれ? そうなんですか」

「この村はそもそも王都から遠いからの、ワシ以外は滅多に王都に行かぬ」

「一度だけ王都までついていったが、二度と御免だ」

「はっはっは、山道でお前泣いとったの」

「う、うるせえな! あんな山道ひたすら駆け抜ける親父がおかしいんだよ!」

「ワシゃ『疾風』じゃからの」


 山の中であれだけ速く走れるのは異常だ。練熟の技というか、鍛え抜かれた肉体と魔力が相まってとんでもない身体能力を実現しているのだろう。


「そっか、王都の混乱の影響を受けなかったんですね」

「ふむ、王都の状態を実際見ておったからの、ペッガ村は王都に関わらずに自立するようにさせたんじゃ」

「なるほどな~」


 話をしていると、奥からいい匂いがしてきた。鍋を持ってルッタさんがやってきた。


「お待たせしました、ご飯が出来ましたよ。アカイさんもドルゼ村の料理を楽しんでくださいね」

「うわー美味しそうだー!」


 お世辞抜きに美味しそうだった。

 骨付き肉、野菜の炒め物、そしてお馴染みのチーズと黒パンが並んだ。


「おお、豪勢だな!」


 ペッガさんも嬉々としている。


「お義父さんと、珍しくお客様がいらっしゃってますからね。ふふ、がんばりました」

「はっはっは、楽しみじゃのう」

「どうぞ召し上がれ~」

「いただきまーす!」


 まずはお肉をいただく。牛でも豚でも鳥でもない。ぎゅっと肉が詰まった感じだ。

 いや~美味しい。


「これは何の肉ですか?」

「ヤギじゃろ」


 ゼツペさんはムシャムシャ肉を食う。ペッガさんも同じように食べる。流石親子、食べ方がそっくりだ。

 俺とルッタさんは目を合わせて笑う。食いしん坊な親子だよ。


 しかし、ヤギってのはなかなか美味しいんだな。子供のヤギは美味しいらしい。

 羊と一緒で子供肉のほうが美味しいんだな。


 野菜の炒め物もこれまた美味い。

 キャベツと豆と玉ねぎの炒め物で、味付けは塩だけだと思う。

 しかし、美味い。玉ねぎは甘く、豆がとにかくうまい。サツマイモみたいな味で存在感がすごい。


 そして、チーズがとんでもない。

 臭く、癖がむちゃくちゃ強い。


「これって……」

「ゴートチーズよ」


 俺はチーズが大好きだ。プレーンなチーズも好きだけど、カビチーズも大好きだ。

 色々食べてきたけど、ゴートチーズは初めてだった。


 これは強烈だ。糖分と塩分が一緒に襲ってくる。

 そして触感がこれまでに経験したことがない、歯に張り付くような感じだ。

 う~む、ちょっと驚いた。これは好き嫌いが分かれるだろうな。


 美味しい気もする。パンを食べてリセットしてもう一度。

 やっぱり美味しいよこれ。初めてだったから面喰ったけど食べれば食べるほど美味しい。


「うん! 美味しい!」

「ふふ、よかった」


 ルッタさんは嬉しそうだ。何か思いついたみたいでパンを持って台所に。


「これも美味しいわよ」


 手にはとろけたチーズが乗ったパン。


「いただきます!」


 匂いがすごい。『美味しい』と『臭い』が強烈に鼻孔を刺激する。

 口に入れると、脳がとろけるような美味さが広がる。


「うわー、これは美味い~。ゴートチーズすげー!」

「ふふふ」

「はっはっは」

「がっはっは」 



 久しぶりにご飯に感動した。ヨドさんのご飯も早く食べたいな~。

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