75話 赤井 王都の裏側を知る
ゼツペさんの話をまとめると、五十年ぐらい前までは順調にテソドア村(現在の王都ブライト)は拡大拡張を続けていた。
ただ、周辺の村との格差が広がりすぎたために、色々調整する必要がでてきたってことだな。
「余談じゃが商業協会や、ハンターギルドはわかりやすくての。端的に言うと目的は儲けることじゃ。
じゃが、魔法協会は少し違う。あいつらは富が暴走しないように監視する役割もある」
「へ〜」
「そもそも魔法協会は、魔法の発展を目的に作られた団体だったが、途中からは魔法が氾濫しないように管理するようになった」
「氾濫……しちゃだめなんですかねぇ?」
「ふむ」
「僕の世界では魔法って無いんですよね。そもそも魔力が無いんで」
「ほーう」
「結構、魔法って憧れてて使えたときは嬉しかったしな〜」
実際は『着火』魔法が塩っぱくて残念だったんだけどさ。
「昔、ブライトが言っておったのは、『魔法は突き詰めれば万能だから、暴走しないようにしないと』とは言っておったがな。
氾濫させてはいけないと強硬姿勢になったのは魔法協会の人間の誤解だと思っとる」
「誤解ですか」
「どうせ、『魔法は暴走させてはいけない』とか聞いたやつが、『魔法は徹底的に管理しよう』とでも解釈したんじゃろう。
ブライトのことをワシは知っておる。あいつは本当に気の弱いやつじゃ。強硬などする人間じゃないんじゃ」
「そうなんですね」
ゼツペさんから悔しい気持ちを感じる。
犬の集落にいたせいか、気持ちを汲み取ろうという思考がになっていることに気づく。
犬は喋らないからね。
「まあ、詳しい経緯はわからんが、魔法協会は管理や保守などを行う傾向が強くての。
魔法、医療関係の他に、法律や裁判関係も魔法協会の管轄下にある」
「なるほど」
なんだかお堅い協会なんですね。
「話を戻そうかの。他村に支援をしていくようになったことは話したの」
「はい」
「そこから十年ぐらいはそこそこ順調だったと思う。
王都は順調に拡大しておったし、他の村の支援も順調じゃった。
ただ、ブライトはあまり笑わなくなったがの」
「……」
「その頃じゃったかの、『王都ブライト』なんて呼ばれ出しておった。
あやつは嫌がっておったよ。久々に酒を酌み交わしたときに『ガラじゃ無い、勘弁してほしいよ』とな」
自分の名前が町の名前になるなんてどんな気分なんだろう。『王都アカイ』。なんかキモい。
「あいつは友達もおらんかったからな、吐き出す場所も少なかったんじゃろう」
「そんなに凄いと友なんて作りづらいでしょうしね~」
神と友達になんてなれないもんな。
「ふむ、正直申し訳なかったと思っておる、大変な時期じゃったんだろうが、ワシも子供が産まれての。
その頃は自分の村に戻っておった、だからその頃の詳しい状況はわからんし、話を聞いてもやれんかった」
「え、ゼツペさん子供いたんですか?」
なんか独り身っぽいから意外だ。一人山を駆けまわってるイメージ。
「ま、一人だけじゃがな。二人もいらんわ」
「へー、ゼツペさんの息子だと強そうですね」
「からっきしじゃ、アイツは温厚に育てすぎた。まあ、すぐ会えるだろう」
「会える?」
「今はドルゼ村の村長をやっておる。ワシの故郷じゃな。明日の朝には着くぞ」
「えええー、今向かってるのはゼツペさんの故郷なんですか?」
「そうじゃよ、ドルゼ村と山犬の集落と王都はほぼ一直線にある」
位置関係が微妙にわからない。地図がないのは困ったもんだな。
話を聞くとドルゼ村は、ゼツペさんの父ドルゼさんが開村した村らしい。
非常に豊かな場所で、畑、牧畜どちらにも適しており、炭鉱もある。馬を走らせれば海にも行けるので塩の獲得も可能とのことだ。
明日はドルゼ村に行けるので少し楽しみになった。ゼツペさんの息子ってのも興味あるし。
「ま、そんなこんなでの。ワシも色々忙しい時期に王都でも色々あったらしい。
魔法の管理体制もそうだが、特に大きな動きとしては贅沢の抑圧じゃ」
「贅沢の抑圧ですか?」
「うむ、王都は繁栄しておった。そうするとどうしても過剰な富を持つ者がおる。
今で言うとストライクバードをはべらせておるような輩じゃな」
眠そうなピコを撫でてあげた。そうならないように心に刻む。
「そして余剰な富は、豪華な建築物、装飾品などに変身していった。そして料理じゃ」
「料理もですか」
「うむ、美食ブームがあっての。豪華絢爛で高価な料理が流行ったらしい」
たしか、ローマ帝国でも美食ブームがあったらしいな。
美味しいものをいっぱい食べたくて、食べた後に吐いて胃をすっからかんにして、再度食べるというジョークみたいなことをやっていたって聞いたことがある。
この世界で食うことが娯楽だった時代があったんだな。
「ワシが王都にいなかったころ、贅沢の抑圧の流れが激化しておったらしい。
贅沢な建造物や装飾品は羨望から侮蔑に変わり、豪華な料理は排除されたらしい」
「きょ、極端ですね」
「うむ、その頃のに流行っておった謳い文句は『腹に入ればみな同じ』じゃったからの。
おそらく、王都の飯が不味いのはそんな経緯があるのかもしれんの」
「で、でもそれって四十年ぐらい前の話ですよね」
「そうじゃ、それでも未だに豪華な料理は敬遠されておる。四十年経った今でもな」
これは、相当根深いな。クラーク村の美味いものでも持っていけば王都でも大繁盛とか考えてたけど、そう簡単でもないかも知れない。
「そして王都は締め付けの厳しい街になったと聞く。今はブライト法なんて呼ばれておるが、昔はやってはいけないことを看板で書いていたぐらいだったものが、ルールになり、法になり、遵守せぬものは徹底的に裁くそんな息苦しい街になったそうじゃ」
今も結構厳しいと感じたけど、もっとキツかったのかもしれないな。
「そんななか、衝撃的な事件が起きる」
俺も犬たちもピコも静まった。
「ブライトが失踪した」
――――
「失踪? ブライト王が?」
「やはり知らんかったか。語り継がれておるのは、ブライトは海を渡り、未開の地へ旅立ったとか言われておる」
俺は、サブさんが教えてもらった話を思い出した。
確か王都まで行く道中で聞いた気がする。
「そうだ! 嘘くさい話だなって思ったんですよ! 確か……王都はもう安泰だから海を渡ったとか聞いた気がします」
「おそらく、魔法協会の連中がそう話しておるんじゃろう。あいつらはブライトを神格化するのが大好きじゃからな」
神格化ってのは言い得て妙だ。
話を聞いていると、ブライト王が凄かったのもあるけど、周囲の人間が神に祭り上げた感じはあるよな。
「ゼツペさんは……真相を知っているんですか?」
「わからん、最後にあいつに会ったのは、失踪する二年ぐらい前じゃった。
ただ、海を渡ったなんて与太話ではないことは確信しておる。あいつは変わり者じゃがアホではない」
「やっぱり……」
「――ワシは死んだと思っておる。失踪ならワシの元に来る可能性も高かったと思うからの」
ゼツペさんの苦悩の理由がわかった。友達だったブライト王の死にも立ち会えず、あまつさえ死んだかどうかさへわかっていない。
「失踪したと聞いて、かなり情報を集めたんじゃがの。手がかりは全く掴めなかった」
なぜか俺が泣きそうになった。
「はっはっは、いつかひょっこり現れるんじゃないかと思いながらもう三十年以上経っちまったわい。
そこから王都は大混乱した。当然じゃブライトに依存しまくった都になっておったからな。
なにより、一番被害があったのは周辺の村じゃ」
「そうなんですか?」
「王都からの支援もストップしたからの。物資の流通もストップした。
とにかく荒れておった。王都はどんどん閉鎖的になっていったんじゃ」
なんか、王都が残念に思えてきたよ。
記憶の中の王都は、荘厳で偉大だったけど、今思い出すとハリボテに思える。
「まあ、そこから今に至るまで色々あったんじゃがな。ブライトがいなくなって三十年以上経過しておるから安定は取り戻しておる。
じゃが、あの頃より成長しているかと言えばそんな事はないの」
「でも大きくはなっていってるんですよね?」
ゼツペさんは鼻で笑った。
「王都は拡大しておるんじゃない。ただただ膨張しておるだけだ。
ぶくぶくと贅肉をつけ、心は未熟な子供のようだよ、今の王都は」
ゼツペさんの話を聞いて、俺はリーホ商店の二代目タルジの事を思い出すのだった。
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