74話 赤井 王都の歴史を聞く

山犬の集落を出発し、次の目的地に向かい走る。

 肝心の目的地は未だ知らないけれど。


 ひたすら山道を進み、三時ごろ苦笑い長めの休みをとった。

 ゼツペさんは採取のために一人山に分け入っていく。

 小一時間経って戻ってくると、大量の山菜と少し小さい鹿を捕まえて来た。相変わらず無茶苦茶なじいさんだ。


「し、鹿ですね」

「ああ、フラフラしとったから捕まえた」

「し、鹿かー、美味いのかな〜、ははは」

「こいつは土産だからの、やらんぞ」


 貰っても困ります。


「少し早いがここで野営をするぞ、池も近いし肉の処理がしやすいのでの」

「わかりました」


 鹿肉の処理を手伝った。

 目立った外傷が無かったので、どうやって殺したのか聞くと、首を折ったらしい。


「や、野生動物の首を折るなんて、そんなバカな」

「こーんな感じでの」


 ヘッドロックのような仕草をした。

 鹿にヘッドロックのとは、本当に無茶苦茶だ。


「ナイフとか矢で殺すより、こっちの方が美味い、はっはっは」


 美味いとかじゃなくて、そんな殺し方あなたしか出来ませんよ。


――――


 ひと段落したけど、まだ夕方だった。


「今日は随分はやく休むんですね」

「誰かさんが腰を痛めとるからの」

「す、すいません」

「はっはっは、冗談じゃ。たまにはのんびりするのも良かろう、お主は頑張りすぎじゃ。神様の命令じゃとしてもの」

「神様に義理立てしてるわけでもないんですけどね〜」


 実際、ミックのために頑張る気は全く無いし。


「ゼツペさんは驚かないんですか?」

「何がじゃ」

「僕が違う世界の人間だってこと」


 ゼツペさんは髭を弄りながら考える。

 俺は正直、もっと何か聞かれたり、距離を置かれることも想定はしていた。


「ふむ、驚いとるよ」

「ほんとですかー?」

「確かに想像を遥かに超える話じゃ。じゃが嘘では無いだろうし、この世界を成長させてくれるんじゃろ?」

「ええ、まあ」


 物分かりが良すぎて困る。俺は苦笑いするしか無かった。


「逆に安心したわい。アカイは変じゃからな」

「変ですか?」

「おまえぐらいの歳で、誰かのために頑張ってるやつなんてそうおらん。

 魔法協会のやつらはそんな感じはあるが……あいつら盲目的にやっとるだけじゃからの」


 魔法協会。王都の魔法ショップで、エリッタさんから魔法インクを買ったな。

 エリッタさんはなかなか可愛かったな。


 俺は魔法ナイフを取り出した。


「魔法協会って、魔法関係の商品を売るだけじゃないんですか?」

「ふむ、ナイフを買ったのか。魔法具を売るのは協会の仕事の一部にすぎん」


 ゼツペさんは野営の準備を終わらせて、腰を下ろした。

 たき火の囲んでみんなで座る。


 ゼツペさんは少し悲しい顔をして、話を切り出した。


「そうじゃの、簡単に王都ブライトの歴史でも話してやろうかの。発展と歪みの歴史じゃ」


――――


 ゼツペさんは王都の歴史に関して話し始めた。

 ゼツペさんは御年七十を越える生き証人だ。


「まあ、ワシが王都に関して知っとるのは六十年ぐらい前の事からじゃ」

「はい」

「知っとるかもしれんが、王都の成り立ちは八十年前に遡る。

 そもそも王都はテソドア村という小さな村じゃった。

 貧困に喘ぎ、暴力が横行しておったらしい。この辺の話は直接ブライトから聞いたことがある」

「へえ!」

「ま、あやつは自分のことを話したがらんからの! 酒を飲ませて聞き出したわ、はっはっは」


 ブライト王のイメージが少し崩れたよ。もっと完璧超人だと思ってたから。


「あやつはテソドア村に水路を引き農耕を広めたらしい。食糧難を救ったんじゃな。

 そして横行しておった暴力をあやつが抑えた」

「抑える?」

「あやつ……強かったからの。別格じゃった」

「ゼツペさんよりですか?」

「仮にブライトを殺せと言われたら、ワシが三人は必要じゃ」

「そ、それはすごい」


 ゼツペ三人衆がいたら、どんな野生生物にも負けないだろう。

 俺は想像して少し青ざめた。


「ま、この辺の話は王都でも広まっておる。『テソドア』という名前は忘れられつつあるがの」

「へ~」

「ちなみに、ブライトウェイがあったじゃろ。アカイが馬に追っかけられた大通りじゃ」

「ええ……トラウマですよ」

「あそこの正式名称は『テソドア通り』なんじゃ」

「へー!」

「ブライトのやつ面白くての、『最近、ブライトウェイって言われだしたんだよ、勘弁してくれ!』って管をまいておったわ、はっはっは」


 笑顔の中に哀しみを感じた。ゼツペさんはブライト王が好きだったんだな。

 いつもとは違う表情で話してくれる。


「話がそれたな。八十年前に現れたブライトは二十年かけてテソドア村をテソドア町にしたということじゃ。

 そしてワシが十五ぐらいの頃じゃな、リンクスの父と共ににテソドア町に行ったんじゃ」

「へー!」


 リンクスは嬉しそうにしてる。父ちゃんの話を聞けて嬉しいのだろうか。


「そりゃ~もう驚かれての。町の人間は犬なんて見たこと無いからの。

 あの頃のワシは無知じゃったからそんなこともわかっておらんかった」


 いきなりデカイ犬が現れたら戸惑うわな。


「警備のやつらに止められて、おったところにブライトがやってきたんじゃ。

 あやつは、犬にスタスタ近づいてきてのぉ! 町のやつらが『危ない―!』って叫んどったわ!」

「はは、そりゃそうですね」

「ワシもどうしていいかわからんくてのお! 戸惑っておったらすぐに犬を撫でたんじゃ。

 びっくりしたもんじゃよ。町の人たちは悲鳴をあげとったがな! はっはっは。

 ま、そこからブライトとは仲良くなった。犬小屋を作ってもらったりしてのぉ」


 思い出話に花が咲く。目の前に若き日のゼツペさんとブライト王がいるような気分になった。


「そこから十年ぐらいは本当に楽しかったよ。

 アストラル池に行ったり、エルメスの靴を貰ったりの。町も拡張しておった。

 人々から色々なアイディアが出たもんじゃ。その一つが武術大会だしの」

「あ、初代優勝者なんですよね!」

「ワシも若かったからの、力を誇示してみたかったんじゃろうな、はっはっは」


 武術大会の話も聞いてみたいところだ。やっぱわくわくするよ。


 ゼツペさんは、温めていたスープを混ぜた。ゆっくりとゆっくりと。


「じゃがの、今から五十年ぐらい前かの。一つ問題が起きたんじゃ」


 声のトーンが二つ下がった。


「テソドア町が拡大しすぎたんじゃ。周辺の村との格差が大きくなり過ぎた。

 そうすると貧困にあえぐ人々が村に押し寄せるようになった」

「ど、どう対処したんですか?」


 難民問題みたいだなと思った。


「ふむ、基本的に全部受け入れていった。それだけ町には力があったからの。

 ただし、バランスを考えないといけないことに気づいたんじゃな。

 他村に対して支援や、技術提供をすることを決めたんじゃ」

「支援となると、税金とかが必要ですね」

「良く分かっておるの。そのために作ったのが魔法協会、商業協会、ハンターギルドじゃ」

「あ~なるほど~」


 歴史から現代を紐解くと理解しやすいし、楽しい。


「アカイよ」

「なんですか?」

「税を導入して反発があったと思うか?」

「むむ、反発か~」


 どうなんだろう。消費税が上がるとすごい反発してたしなー。

 そりゃ~税金なんて少なければ少ないほうがいいもんね。


「やっぱりあったんじゃないですか?」

「全くなかったんじゃ」

「全くですか?」

「全くじゃ」


 話し始めて一時間ぐらいだろうか、そろそろ夜だ。

 薪をくべると火の粉が上がった。


「税の導入や、協会の導入、他村の支援。すべてブライトが提案とのことじゃ。

 そして全てが何の反論も無かったそうじゃ」

「え……」


 何か変えるときは反発があるのが当たり前だ。

 それがないってのは、例えば独裁国家とかか。反発すると殺されちゃうとかね。


「アカイは実際にその時代を知らんから、想像しにくいかもしれん。

 その頃にはブライトは絶対の存在になっておった。

 あいつがやってきたことは全て成功しておったからな。テソドア村をテソドア町に発展させ、住んでる人たちは皆幸せじゃった。それは全てブライトのおかげとみんなが言っておった」


 ブライト王は本当に神様みたいな存在になってしまったんだな。

 ま、これだけ完璧人間だとそうなってしまうかもしれない。依存は楽だからな。


「この頃からなのか、もっと前なのかわからん。

 とにかく何か……狂っていったんじゃ」

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