終・夏は竜を冷やすべし(学生時代)

 結局、あいつは戻って来なかった。

 いったい何処でお昼寝しているのやら。

 授業が終わって筆記用具を纏めているけど、別のクラスの女子生徒が教室に入ってきた。私の大切な友達、リリーナ・アルフェだ。

 リリーナは緑色のショートボブの髪以外、特別目立つところのない大人しそうな生徒だ。だけど彼女は他の生徒をよく見ていて、噂話から学校の七不思議まで色々な情報に通じている。


「ねえ、イヴ。カケルが今何処でお昼寝してるか知ってる?」

「いえ。何かあったの?」

「カケル、今、冷蔵庫で寝てるわよ」

「冷蔵庫……?」


 冷蔵庫というと、冷気を発生させる呪術を掛けて密封した箱の中に、野菜や果物を保存するアレのことだろうか。

 冷蔵庫って、竜が入れるくらい大きかったかしら。





 ※再びカケル視点


 いやあ、こんな素晴らしいバイトが世の中にあるなんて。エファランに来て本当に良かったなあ。

 カケルはしみじみ感動していた。

 夏なのに涼しい。

 寝そべってるだけで何もしなくていいなんて最高。


「……ちょっと貴方、ちゃんと風で空調管理しなさいよ」

「やってるよ~」


 壁際の長椅子の上でカケルは寝転がって目を閉じていた。

 近くの折り畳み式テーブルで読書中の銀髪美女が、眉を吊り上げて睨んでいるが無視する。

 銀髪美女はルルキスと言う先輩の竜だ。暑苦しいセファンとは違って彼女は水竜。冷気を操るのを得意としている。


 カケルとルルキスは学校の体育館にいた。

 体育館の中には本日の夜に夏祭りにて御披露目になる氷の彫像が並んでいる。ルルキスは冷気で体育館の内部を冷やして、体育館を巨大な冷蔵庫にすることで、氷の彫像が溶けないようにしていた。

 夏祭り用の氷の彫像を保管する、これがカケル達が依頼された校内バイトの内容である。


「全くこの子は」


 横目で寝ている後輩を眺め、ルルキスは嘆息する。カケルは風竜として、体育館内の空気をかき混ぜる役目を期待して呼ばれた。風竜が冷気を効率よく撹拌してくれれば、ルルキスは魔力を消耗せずに冷気を放ち続けることができる。

 ただ昼寝しているだけなら叩き出されるところだが、こう見えてカケルはきちんと竜の魔力で微風を起こして空調を管理していた。

 ルルキスにはカケルの仕事ぶりが分かっている。

 ただ目の前でゴロンゴロンされると何となく苛つく。

 彼女はお昼寝を満喫する後輩を指導するのは諦めて、読書に戻った。しばらく平和な沈黙が続く。


「……カケルっ!」


 放課後しばらく経ってから、バタンと音を立てて扉が開き、ストロベリーブロンドの美少女が顔を出す。

 カケルは起床を余儀なくされた。


「うげ、い、イヴ。何でここが分かったの?」

「リリーナに聞いたのよ」

「相変わらず地獄耳だな……」

「あんたルルキス先輩に迷惑掛けてないでしょうね」


 イヴとカケルの会話を聞いていたルルキスは、手に持っていた本をパタリと閉じた。


「……迷惑よ。貴方たち二人とも、出ていきなさい」

「は、はーい」


 銀髪美女にドスのきいた声で命じられて、後輩二人は震え上がって「すいません」と謝った。





 ※最後はイヴ視点


 体育館を追い出されてしまった。全部カケルのせいなんだから。……嘘です。私も悪いって分かってるわ。

 私はこのまま帰宅かと思っていたのだが、カケルが意外なことを言い出した。


「イヴ、これから一緒に街の上空を飛んでみない?」

「どうしたの。あんなに溶けそうとか言って伸びてた癖に」


 暑さで参っていたのではなかったの。

 不思議に思って聞くとカケルはふわふわ笑った。


「冷蔵庫に入ったら、ちょっと元気になったんだよ」


 涼しいところでお昼寝できたからとカケルは満足げだ。

 もう可愛い云々は気にしていないようだ。

 本当に暑いのが苦手なのね。涼めば機嫌が良くなるあたり、カケルらしいというか、なんというか。


 体育館から少し歩いて、開けた場所に行ってからカケルが竜に変身する。彼がいた場所に空色の鱗の風竜が姿を現す。私は竜の背によじ登る。私の騎乗を確認した竜は、翼を広げて大空へ飛び立った。

 みるみる内に地上が遠くなる。

 放課後を過ぎた時刻なので、空の色は黄昏の赤に染まりつつある。

 竜は夕暮れの光を浴びながら雲の上ギリギリまで昇って、ゆっくり旋回しながら街に降りていく。

 その頃には太陽は沈み、漆黒の天蓋には一番星が瞬き始めていた。

 夜になった頃を見計らったようにカケルは高度を落とし、市街地すれすれの低空飛行に移行した。


「あれって……」


 街にいつもとは違う灯りが点っている。

 子供を連れた家族が大通りを行き来していた。

 人で賑わう大通りにはライトアップされた氷の彫像が並んでいる。


『夏祭りが始まったみたいだね』


 飾り付けがされた通りの光景が見えるように、竜は速度を落として飛ぶ。夏祭りの賑わいを見下ろしながら、私はカケルがどうして自分を誘って飛行を始めたのか分かった気がした。


「ねえ、カケル」

『んー?』

「時々、貴方って最高に格好いいことをするわね」


 竜は咳き込んだ。

 照れてるな、これは。可愛い奴め。私の考えてることが分かっているだろうけど、カケルは気分を害した気配はない。基本的に心が広いのよね。

 照れ屋の竜と一緒に私はその夕暮れ、夏祭りを特等席で思い切り楽しんだ。

 教訓。夏は竜も冷やすべし。

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