私と貴方が出会う直前の放課後(学生時代)
この世界は18歳前後で種族が確定する。
竜と人間と獣人が共存するエファランでは、種族の選択は人生を左右する重要な選択だ。若者の選択を大人がバックアップできるよう、各種サポート体制を整えている。
18歳前後の若者が通う学校では、学生に種族の希望と進路の希望を用紙に書いて提出させていた。
ここはエファランの王都レグルスにある、レグルス王立中央学校の資料準備室。
一人の女性教師が、女子生徒と一緒に進路希望の用紙の整理をしている。教師は細い銀縁フレームの眼鏡を掛けていて、怜悧な印象の女性だった。 しかし、神経質そうな見た目に反して、動作は大きい。彼女は女性にしては低めの声で、女子生徒に声を掛けた。
「手伝って貰って悪いね、イヴ君」
「いえ……」
女子生徒が頭を振る。
動作に合わせて光を束ねたようなストロベリーブロンドの長髪が揺れた。
イヴと呼ばれた女子生徒は、腰まで届く見事な金髪をしている。健康的な小麦色の肌に濃い空色の瞳。すらりと締まった手足。意志の強そうなきつめの顔立ちだが、それは彼女の美しさを損なう程ではない。
イヴは教師の仕事を手伝いながら、さりげなく同級生の進路希望を眺めた。
種族希望:人間
進路について:魔法を使う仕事に就きたいです
よくある進路希望だ。イヴ自身も種族は人間を選んでいる。
進路についてだが、この世界には魔法があるので、当然魔法を使う仕事もある。具体的な職種が書かれていないが、この進路希望はそこまでの回答を求めてはいない。
うんうんと頷いてその紙を左端のボックスに入れた。希望する種族ごとに分けて箱に入れている。左端は人間、真ん中は獣人、右端は竜だ。
種族希望:獣人
進路について:特になし
これもよくある回答だ。まだ18歳の若者である。将来の仕事を決めろと言われても難しい。
紙を真ん中の箱に入れる。
種族希望:竜
進路について:ひるねがしたいです
……ん?
イヴは思わず目をこすって二度見した。
誰だ、こんなふざけた事を書いた奴は。昼寝の文字は単語ではなく、音読文字になっている。まるで幼稚園児が書いた平仮名のよう。
「……ああ、それはカケル・サーフェス君の進路希望か。相変わらず彼は面白いな」
「サーフェス?」
このふざけた進路希望を書いた奴はカケル・サーフェスと言うらしい。
女性教師は用紙を覗き込むと楽しそうに言った。
「彼は竜になりたいのか。ちょうどいいじゃないか、イヴ君。君は竜騎士志望だろう。彼もパートナー候補にしてみたら」
「こんなふざけた相手は御免です。カケル・サーフェス? 聞いたこと無いですが、成績のランキングはどのくらいなんですか?」
「下から数えた方が早いくらいさ」
竜騎士とは、竜に乗って戦う人間の職業だ。この世界には人間を食うモンスターが存在する。一部のモンスターは竜騎士でなければ倒せない。竜騎士はこの世界では憧れの職業だ。
イヴも竜騎士を目指していたが、パートナーを組む竜は優秀な方が良い。このサーフェスとかいう奴はハナから論外だ。
「私は優秀な竜とパートナーを組みたいです」
「……君は優秀だからなあ」
女性教師はてらいなくイヴを誉めて微笑んだ。
レグルス王立中央学校に入学して3年。イヴは常に首席を維持している。
「けどイヴ君。諺には、能ある鷹は爪を隠すという。この一見阿呆な彼が、実はとんでもなく優秀ならどうだい?」
「諺はともかく、現実世界で能力を隠して良いことがあるんですか? 優秀な方が得をすることの方が多いと思うんですけど」
「うーん」
イヴの突っ込みに教師は苦笑いする。
「確かにそうだ。まあ、私が言いたかったのは先入観は良くないということだよ。一回話してみたらどうだい。意外と気が合うかもしれない」
「そうですね」
口では同意するが、彼と話すような機会は無いだろうなとイヴは思った。
それが大いなる勘違いであることを彼女はまだ知らない。
ましてや、この昼寝大好きなカケルという少年と比翼連理の番になるとは、全くもって考えてもいなかったのだ。
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