貴方と過ごした夕暮れ時(学生時代)


 貴方と初めて触れ合ったのは学生時代のこと。

 私の行っていた学校は、男女共同の寮が4つあって、私と貴方は同じ寮だった。

 だけどちょっとしたハプニングがあって、貴方は一時的に別の寮に引っ越して、私は不安になった。あの頃、私は貴方への気持ちを自覚し始めたところだった。

 考えてみたらご近所の別の寮に行くだけなのに、なんであんなに切なくなったのだろう。今、考えると不思議になる。




 カケルが帰ってきたという噂を聞いて、私は開いたままのドアから部屋の中を覗き込んだ。女子の私が男子の部屋に入るのは、本来は褒められたことじゃないのだが、どうしても気になったのだ。

 夕焼けの光が差し込む部屋には人の気配がして、居間のソファの影に荷物と、伸ばされた足や腕が見えた。

 どうやら彼はソファに寝転がっているらしい。

 ちょっと待ったが起きる気配が無い。


「……片付けてから寝なさいよ」


 雑貨が散らばった室内に物申すと、ソファの上で寝そべった彼が身じろぎした。


「動きたくなーい」


 疲れたー、面倒くさいー。

 そういう声にならない台詞が聞こえてきそうだ。

 相変わらずマイペースね。

 私は念のために(優等生の嗜みよ。普通は持ち歩かないなんて突っ込まないでよ)持ってきた分厚い辞書を掲げてソファに歩み寄った。


「辞書を上から落とすわよ」


 武器を見せびらかして見下ろすと、彼は目を丸くしてこちらを見上げた。

 カケルは一瞬、私と辞書を見比べてどうしようか悩んだようだったが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばす。


「ちょっ、カケル?!」


 さっと辞書を取り上げられ、力強い腕が腰に掛かる。よろめいた隙に引き寄せられて、彼が転がっていたソファに横たえられる。

 気が付くとカケルは私の上に座って、にやにや笑っていた。


「ふふふ……形勢逆転。どうしちゃおうかなー」


 女子だけど私は非力ではない。武術の心得もあるし、普通の娘より筋力がある。

 それでも男性で竜族の彼には敵わないのだろう。

 私を押さえつける腕は、一見細く見えるがしなやかな筋肉が付いていて力強い。

 押し倒されて、不覚にも胸が高鳴るのを感じた。

 このまま彼に良いようにされるかと思うと、そこはかとなく妖しい快感を覚えなくはない。しかし、ドキドキしながらもそれはないなと私は思っていた。

 ふざけた行動でつい誤解しそうになるが、カケルは基本、とても慎重で真面目な正格だ。

 私が後で困るようなことをする訳がない。


「馬鹿。出来るもんならしてみなさいよ。これ以上する気があんたにあるんならね」


 そう言い切って見上げると、カケルは悔しそうな顔をした後、ちょっと笑った。

 やっぱりこれ以上は何もする気が無かったみたいだ。

 安心した私はソファの上で体勢を整えながら、彼の顔に手を伸ばす。

 いつもへらへら笑ってるから気付きにくいけど、カケルは結構整った顔をしている。染みや出来物が見当たらない綺麗な肌に、形の良いすっと通った目鼻立ち。中性的なのとは違うが、繊細で知的な雰囲気だ。笑顔を消せば冷たい凄みさえ感じるだろう。だけど今、私を見下ろしている琥珀色の瞳には、ただただ穏やかで優しい光しかない。

 この馬鹿は、私だけのもの。

 私の竜だ。


「何?」

「髪の色、暗いから硬いかと思ったけど、案外柔らかいのね」


 手を伸ばして紺色の髪をゆっくり梳く。

 カケルは抵抗する素振りを見せない。

 されるがままになりながら彼は気持ち良さそうに、猫のように目を細めた。


「イヴ……」

「何よ?」

「やっぱり俺はイヴが良いみたい」


 ねえ、俺の竜騎士になってよ。

 そう囁いて彼は妖しい微笑みを浮かべた。

 琥珀色の瞳に金色の光の欠片がちかちか瞬く。竜族の瞳が光るのは、魔力を使っている時か、興奮している時。


「キスしていい?」

「いっ、一々聞かないでよ!」


 私は動揺して声を荒げた。

 しかし、いつの間にか上機嫌になってしまった彼は、私の態度を自分に都合の良いように解釈したらしい。

 上半身を落として私に覆い被さってくる。


「っん……」


 彼の温もりも、重みも嫌じゃない。

 暖かい吐息が私の頬に触れて、悪戯な舌が私の唇に触れる。私も少しだけ口を開いて、彼に応える。私達はキスに夢中になった。


 様子を見に来た寮長に怒られるまで、私達はソファの上で抱き合っていた。

 夜なんて、来なければ良い。



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