昼寝大好きドラゴンの上手な躾けかた―Lovebirds―
空色蜻蛉
短編集 ※時系列ばらばらなので好きな話からどうぞ
もう何処にもいかないで、ずっと側にいて(卒業後)
エファラン統括府の本館第二棟は人気が少ない。
そんなに威張っているつもりはないのに、私のブーツからかつかつと甲高い音が出て、廊下ですれ違う人達が慌てたように敬礼する。
おかしい。今日は休みの筈なのに、なんでこんなに仕事の空気になるの。
鏡のように磨かれた廊下に重圧感のある柱。
硝子の窓にストロベリーブロンドの髪を腰まで伸ばした、軍服の女性の姿が映る。彼女は、気の強そうな青い瞳でちらりとこちらを一瞥した。我ながら不機嫌そうな表情だと思う。
後ろをくっついてきてるカケルは無表情だが、内心では笑っているかもしれない。いや、この男の事だから歩きながら寝てるとか……。せめて仕事場ではきちっとしてと命令してるので、外面だけは繕ってくれているが。
カケルは紺色の髪にハシバミ色の瞳で、涼しげな顔立ちをしている。背は私よりも頭一つ分高い。体格も悪くなく濃い青色の軍服も似合っている。黙っていればそれなりにモテる風貌だ。
黙っていれば……この男が本性丸出しでふわふわ間抜けな事を言い出したら、あっという間に緊張感が無くなってしまう。
今は真面目な顔をしているカケルを連れ、廊下を進む。
突き当たりに、見覚えのある金髪に紅い瞳の体格の良い男を見つけた。似合わない髭なんか生やしちゃって。いや、似合ってるけど。うちのカケルと違って年々男臭さが増しているソレルは、ちょび髭も割と似合う。
私は彼に声を掛けた。
「久しぶり」
「ああ。ロンド先輩達は先にきてるぞ」
「あらそう、貴方もこんなとこで突っ立ってないで、中に入れば良いじゃない」
「仕切るな馬鹿女」
相変わらず口が悪いこと。私とソレルの間で火花が散る。出会ったら毎回やる恒例行事だ。ちょっとした挨拶である。
後ろから出てきたカケルは私達の様子に構わずに、ソレルの脇から部屋に入る。
「お邪魔します」
私とソレルも睨み合いを切り上げて、彼の後ろから部屋に入る。
部屋の中に入ると、正面に穏やかで理知的な風貌の眼鏡を掛けた男性と、その隣に黒髪の清楚な雰囲気の女性が立っていた。眼鏡の奥の瞳をを細めている、背の高い男性はロンド先輩で、ロンド先輩の横に立っている黒髪の女性はステラという。
二人は私の学生時代にお世話になった人達だ。
彼等と一緒に、お腹を大きくした長い緑の髪の女性が、大儀そうに一人だけ椅子に座っている。
「イヴ、それにカケル。来てくれてありがとう」
「リリーナ! お腹のお子さんはどんな感じ?」
「順調よ」
彼女は私の親友、リリーナ。
リリーナは出産を控えている身だ。若草色の髪を緩やかに伸ばして、もうすぐ母親になるからか、穏やかな聖女様のように微笑んでいる。
私達は皆、同じ学校に通っていた仲間だ。
今も何の縁か同じ職場で働いている。
ここまでのシチュエーションで何となく推測が付いたかもしれないが、私達は軍人だ。給料は国民の血税で、職場は政府の建物。幸運な事に現在エファランは戦争をしていないので、私達の仕事も少なくて済んでいる。
今日は久しぶりに皆で集まろうということで、皆が待ち合わせしやすい仕事場の近くで会うことになったのだ。
「そっかー、オルトの子供かあ。なんか可愛い子猫がいっぱい出てくるところを想像しちゃうな」
部屋の中に入って外面いい子モードを止めたらしいカケルが、ふわふわした顔で惚けたコメントをした。
いくらソレルが獅子の獣人だからって……。
この世界には純粋な人間の他に、獣の姿に変身できる獣人と、竜に変身できる者達がいる。私はカケルの言葉に、リリーナが丸まるとした子猫を抱えているところを想像した。いや、待てよ…意外と可愛いかも。
「ありかも……」
藤色の瞳を空中にさまよわせて、ステラが夢見る乙女モードで賛同した。いつもの仕事ができる女って雰囲気はどこにいったの。
ある意味失礼なコメントをされたリリーナが、くすくすと笑った。
「ふふっ、いいわね、猫の子」
「お前らなあ」
ソレルが複雑な表情をしている。
実際は、子供達が父親と同じ獣人になるとしても、それは成長してからだ。猫の姿をして生まれてくることはない。
私達は猫の子の話題で一気に和んだ。
近況を報告しあうと、学生時代のネタを掘り出して盛り上がる。
しばらく話し込んだ後、ロンド先輩の一声で解散になった。
「身重の身体で無理させたらまずいだろう。今日はここまでにしよう」
名残惜しいが、手を振ってそれぞれの家や職場に戻っていく。リリーナとソレルは統括府に近い自分の家へ。ロンド先輩とステラはそのまま統括府で仕事だ。
私達とロンド先輩とステラのペアとは同じ小隊だ。交代で休みを取るから、今日は私とカケルのペアが非番で、明日はロンド先輩達が休み。
私とカケルは、王都の隅っこにある小さな自分達の家に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりー」
二人だけの家へ、二人で帰ったのにおかえりも出迎えもある訳がない。単にふざけて言ってみただけだ。カケルは元より楽しいことが好きなので、ノリ良く返してくれる。
「あー、肩こった。午後は寝て過ごしてもいいよね」
「貴方別に何もしてないでしょ……」
後ろからくっついてきただけの癖に。
ジト目で見ても、最近慣れてきたのか、完全スルーだ。軍服の上着をソファーに放って、昼寝場所を探して猫のようにうろうろし始める。
私は諦め半分で彼の分の服を拾ってハンガーに掛けた。
荷物を置いて着替えると、彼が寝ている窓際の一角に近付く。本当にマイペースよね。
気持ち良さそうに寝転がってる彼を見下ろして、ふと思い付いて声をあげる。
「……そういえば、昔、貴方、膝枕してくれるお姉さんと契約したいって言ってたわね…」
「……どうだったっけ」
完全に寝ていた訳ではないらしい。
カケルは私の言葉に反応して目を開けると、曖昧にごまかすような笑みを浮かべた。
カケルは竜だ。
それも普通の竜ではなく、世界でも指折りの強い力を持つ風竜である。
そして私のパートナー。
今でこそ、こうやって膝枕するような関係だが、その昔、この男と私は犬猿の中だった。マイペースを貫き逃げ回るカケルと何度も喧嘩して、何度も仲直りして……紆余曲折の果てに、カケルは本当は私のことが好きだったと認めて契約してくれた。それ以来、私達は一つ屋根の下に住んでいる。
私は当時のごたごたを思い出しながら、何となく彼の傍らに腰を下ろして、膝を叩く。
「ほら、頭」
「え?」
「何よ、要らないならいいわよ」
「いいい要ります、よろしくお願いしますー」
カケルが慌てて膝に頭を載せてくる。なんでそんなに慌てるの、失礼な。私、そんなに普段は厳しくしてたっけ。
ちょっとぎこちない空気が流れたけど、気にせず膝の上のカケルの短い紺色の髪をいじり出すと、カケルは観念したのか大人しくなった。
「どうしたの、いきなり」
「久しぶりにソレルの顔見たら、あの頃は色々あったなと思って」
「ふーん」
彼はどうでもよさそうに相槌を打った。
しかし、当時のことを思い出すと、私は色々腹がたってくる。
「遠回りしたよね、主に貴方のせいで」
「……」
「特に勝手にいなくなった事件の件は、今思い出すとどうしてやろうかと」
「勘弁してください」
敬語で謝るカケルに私は溜飲を下げた。
色々あったけれど、今ここでこうして二人で暮らせているのだから、百歩譲って帳消しにしてもいい。
「もう何も言わずにいなくなったりしないでよ」
「……」
「けど、もしもまたふらふら貴方がどこかに行っても、私が絶対に連れ戻すんだから」
貴方は私の竜よ。
そう囁くと、カケルは嬉しそうに笑った。
そして私の頬に手を伸ばして触れて吐息のような声で言う。
うん、俺は君の竜で、君は俺の竜騎士だから。
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