第10話 嵐の前の静けさ
目の前に広がるのは、木製の建物。カティアの魔法によってここまで飛ばされてしまったらしい。
「まったく、男に人気ね」
「そんなつもりはないんですけど……」
「つもりがなくてもね、あなたのその容姿では無理があるわ。悔しいけど、もうちょっと整えれば一級品ね……」
スッとアリアの顔に手を伸ばすと、肌をペタペタと触る。よくよく考えてみれば、冒険者生活をしてからは少し、体の手入れは雑になっていた気がする。血色はよくても、衛生面では少し悪かったかもしれない。
それにしても、カティアは綺麗な少女だ。身に纏ってる服も、遠目ではわからないが、近くで少し肌に触れるだけでも材質が明らかに違うものだとわかってしまう。さすが、王女様といったところだろうか。
容姿だって、さらさらとした黒く腰まで伸びた髪に、整った顔。天使と呼ばれても、なんら不思議じゃない美しい少女だ。アリアを誉めてるカティアだって十分にアリアと張り合うほどの美貌の持ち主だ。
さすが、本物のお姫様とでも言うべきか。
「やっぱり、冒険者家業なんかやってるせいで、割りとあんた肌の手入れとか雑でしょ」
「……まあ、そうですね」
風呂に入ったり、ちゃんと寝たりはするけど、手入れなんてやるお金も満足に持っていないし、そんなことをしてる暇があれば、さっさと依頼をこなしていくのが冒険者という職業だ。
「そうね、どうせなら私のとこに来てもいいのよ」
「へっ?」
カティアは王女だ。私のとこ、というのならそれは、王家の住み処ということになる。そうなるなら、必然的に城ということだろう。
「って、お城に来いってことですか!?」
「ええ。どう?」
「えっ、カティアさんってベルナルドのお姫様ですよね? 私、黒髪じゃないんですけど……」
「そうね。でも、私気に入っちゃったもの。風の妖精の加護を持つ、女神さん」
「っ!?」
なぜか、ばれてしまっているらしい。アリアはカティアの子とをただの気が強くて、綺麗なだけの女の子、だと勝手に思い込んでいたが、どうやら違うようだ。ユーミットとシュバルツとの相性が悪いだけなのだろう。
「だって、あんた"加護の衣"持ってるじゃない」
「な、なんですかそれ」
「あんたの纏ってるそれよ」
「はえ?」
アリアは自らの体を見る。纏っていると言えば"プロテクト"ぐらいだ。
――いや、そういえばひとつあった。そもそも、この話をしている時点で、ひとつしかない。
風の妖精の加護。加護の衣、なんて言うものなのであれば、それが関係しないわけがない。ユーミットに出会うまで、走った時に使ったあの体全身を包む風のことだろう。今も、僅かながらそれが続いてるようで、風に髪がなびく。
「風の妖精の加護、ラディア・ハイレディンから受け継いだものでしょ」
「な、なんでそこまで……」
「レジスという町に、二人も同じ加護を持つやつがいるなんて不自然だもの。しかも、女神だものね。アリア、あなたが珍しいから、私はあなたのことを気に入った。不自然じゃないでしょう? 黒髪じゃないということを差し引いても、十分に魅力があるもの」
「……」
アリアは気づいてしまった。カティアは、確かに自分のことを高く評価してくれている。それは確かだ。
だが、"人"としてじゃなく、"物"としての評価だ。高価な骨董品でも見つけたから、手にいれたい、そんな感じに過ぎないのだと。
確かに、将来は保証されているがそれは頷けない。
アリアは、あくまで普通に生きたい。物として扱われる人生は、アリアの欲したものとは違う。それは、飼われてる以下だ。
「……はいと言わないのね」
「私は、ただ生きたいだけですから」
「そう。つまらないわね。同じ"加護"持ちとしても、興味があったんだけど」
「……同じ"加護"持ち……?」
「あら、気づいてなかったの?」
カティアが得意気にはにかむと、カティアの周囲にいくつもの光の粒が舞う。ふわふわと浮き、光る。
思い出してみれば、はじめてあった時も似たように光に包まれていた。これが"加護の衣"というものなのだろう。
「光の妖精の加護を持つ王女、それが私よ」
「……なるほど」
さすがに、普通の人間が魔族を一撃で倒せるわけがない。間近でラディアの戦いを見てきたアリアなら加護の力がどれほどかは理解している。それを持っていたのなら、その強さも頷ける。
「私の提案を受け入れないのは、気に入らないけど、あなたのことを気に入ってるのには変わらないわ」
連れ去られた時はどうなることかと思ったが、ひとまずは無事になんとかなりそうだ。王家の人間はもっと横暴なイメージがアリアの中であったが、カティアは当てはまらなかった。話せる人間でよかったと心底安堵する。力があって、話もせずに攻撃してくるような人間だったら、すでにアリアの命はなかっただろう。
「ありがとうございます」
だから、話をしてくれたことや攻撃してこなかったことも含めて、とりあえずお礼をしておく。アリアはにっこりと微笑んで言った。
「私の物になりたかったら、いつでも声をかけて頂戴」
「ははは……」
さっきはここまではっきり言わなかったが、結局物としてしか見てないことは変わらないらしい。
「ほぼ感情に任せて行動しちゃったけど、話したいことは終わったし、休憩でもしましょうか」
「……そもそもここって」
辺りを見渡す。飛ばされて来た時は、びっくりしてよく見ていなかったが、見覚えのある場所だ。ここ数日、ずっと来ていた建物。依頼の紙が貼り付けられていて、マスターの出す酒がいくつか置いてある。
「そう、冒険者ギルドよ」
「瞬間移動なんてできるんですね……」
「そうね、行ける場所は限りがあるけど。どこに行けるかってのはその時によって違うから、あまり使い物にならないのよね」
「……どこに飛ばされるかわからないのに、使ったんですか」
「あいつらといるとイラつくんだもの。シュバルツもユーミットも、気に入らないわ。黒髪じゃなければ、ぶっ殺してたわね」
カティアはぎゅっと拳に握りしめて、顔をしかめる。
確かに、二人の態度はやけにカティアに攻撃的だった。シュバルツはいつも通りだが、ユーミットはそこまで攻撃的じゃなかったはずだ。
「もしかして、カティアさんはあの二人と知り合いなんですか?」
「んー、まあそうね。神殿っていうのは結構大きな組織なのよ。だから、たまたま神殿の一員としてユーミットとは会う機会があったの。シュバルツは完全に初対面ね」
神殿という組織の規模は一つの国と何か関係があるぐらいには大きいということだろう。今後、きっとアリアも関わることがありそうだ。ユーミットの件を含めればすでに関わっているかもしれないが。
「相性悪いんですね」
「そうね」
「そういえば、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「何よ?」
「――邪神ルルフって知ってますか?」
◆
「あそこまで王女が感情的だったとはな。つーか、空間移動の魔法とか無茶苦茶だな」
「まあ、彼女は光の妖精の加護を持ってますからね」
「だろうな。雑魚だったとしても魔族を一発で倒せるのは普通に考えたら加護だろうしな」
「あそこまで攻撃的に言ってましたけど、彼女と知り合いじゃないんですね」
「そう言うお前は知り合いなのか?」
「そうですね。神殿の関係で昔会ったことがあります」
「そういうことか」
カティアがアリアを連れ去った後、二人はその場で話していた。アリアを置いて、レジスを出るわけにもいかない。
「そういえば、あなたは邪神ルルフのことをよく知ってるんですか?」
「なんだ、突然に」
「実は、そこまで詳しく知っているわけではないんです。倒した後とはいえ、気になったので」
「そりゃあ、あいつが邪神になったのは五年前ぐらいだしな。お前が冒険者になる前ぐらいだろうしな」
神様には二種類存在する。実体のある神か実体のない神。後者は、元からこの世界の神として君臨している存在。
だが、前者は元は人間であるのだが、なんらかの経緯を経て神として崇められることになった者。この世界に済んでる人間ならば、たまに耳にする話だ。ユーミットもシュバルツも知っている。
邪神ルルフは当然、前者に当てはまる。
「元は、どういう人だったとか知っていますか?」
「さあな。ただ、人の願いを叶えていったら、ああなったと聞くが」
「人の……願い……? 邪神が……?」
「願いってのは言うなら欲望だ。人を殺してほしい、恨みのあるやつをこらしめてほしい、そんな感じの願い事を叶えていったんだろうな。そうしたら、願えば相手を痛め付けてくれる存在として、崇められたんだそうだ。そこに信仰があれば、対象は自然と神になる。人に害を成す邪神様の誕生だ」
「……」
信仰されるものは神となる。よく知ってる話だ。ユーミットだって、何度も聞いてきた。
だが、そんなにあっさりと神が生まれてしまうことがあることは知らなかった。
神殿という神に仕える組織に所属してるユーミットとしては、なかなか複雑な気分だった。
「ちなみに、邪神になると巨大化して怪物じみた見た目になることもできるらしく、巨人みたいな化け物になってそのままいくつもの村を襲っていったそうだ。それで、勇者に退治されて、一度深い眠りについた。邪神ルルフってのはそういうやつだって、世間には広まってる」
「なるほど。だいたいはわかりました。詳しいですね」
「そうだな。あいつとは一回、戦ったことがあるんだよ。勇者に退治される前に、たまたまあいつとあってな」
「……それってさっきと違って強かったんですよね?」
「そうだな」
「つまり、ルルフは全盛期だったと」
「そうなるな」
「……」
様々な噂を聞いていた。シュバルツは冒険者の中でもずば抜けて強いらしい、と。全盛期の仮にも神と戦って生き残っているということは、相当強いはずだ。ユーミットも、確かに力はあるが、この男には届かないかもしれない。
「あと、ルルフのことはもう一つ知ってることがあってな」
「なんです?」
「あいつは元々――女神だったんだよ」
◆
「それで、ルルフは元々女神だったの」
アリアは、一通りカティアからルルフに関する知識を得た。人の負の願いを叶えて、その結果邪神になった少女のことを。さすが、異世界。めちゃくちゃな話もあるものだ、と聞いていたのだが、カティアのその一言はそんな考えすら吹き飛ぶほど、アリアには衝撃的なものだった。
「ルルフが、女神……?」
「そうよ」
「……」
元々女神だった邪神に転生させられた、なんてとても複雑な気分だった。
ならば、ルルフもアリアと同じようにこことは別の世界からたどり着いた転生した者ということ。彼女が何を思って、邪神の道を進んでいったのかは気になる話だ。
「で、どうしてそんなことを急に聞いたのよ」
「……んー、実は秘密の話なんですけどね。私って、その邪神さんに転生させられたんです。餌として食べるためらしいです」
「……餌?」
「はい。本人が、私を食べるって何回も言ってました」
「……なるほどね。恐らく、勇者に退治されて力を失ったから、それを取り戻すための行為が、女神を食べることだったんでしようね」
でも、その存在ももうユーミットの手によって始末された。今後、ルルフによってアリアの身に被害が及ぶことはないだろう。
「だから、私実は邪神の加護持ってたんですよ。ルルフがもう退治されたので、消えてるのかもしれませんけど」
「邪神の、加護ですって……?」
カティアは目を見開いて驚愕する。
「はい。魔法が使いやすくなって、不幸なことに巻き込まれる、とか」
「……加護の癖に、悪いことまでついてくるなんて、さすが邪神らしいわね。というか、何よ退治されたって」
「ユーミットさんが、聖剣で倒しました」
「……何か、後が残っていたかしら? こう、紫色の塵みたいなやつよ」
「そういえば、ありましたね」
アリアの返答を聞いて、カティアはホッと息を吐く。
「なら、大丈夫ね。また厄介なやつが増えたと思ってひやひやしたわ」
「私も、私を狙う存在が消えてくれて嬉しいです」
結構話し込んでしまった。どっと疲れが背中に覆い被さる。気が張り詰めていて、緊張感で保っていたがそれも必要なくなって、気が緩んだ途端にこれまでの疲労がアリアに溢れてきた。話し込んで、休憩したのはちょうどよかった。心はともかく、体は休まっている。
「十分休めたかしら」
「はい。いきなり飛ばされた時はどうなるかと思いましたけど」
「そうね。それは悪かったと思うわ。でも、あなたもなんだか疲れてそうだったし」
「そうですか?」
「だって、目が腫れてるわ」
「……」
思い返してみれば、あの時は結構泣いていた。ラディアの亡骸の傍らで、喚くように泣いた。ユーミットとシュバルツがよく気づかなかったものだ。
「その事を問い詰めるつもりはないわ。加護を持ってるとか、いろいろと想像もつくもの。レジスを出てから、どうするの?」
「そうですね……」
別に、生きる目的があるわけじゃない。餌として転生させられて、ただ生きたいから生きた。生に執着して死を恐れる、それがアリアの心の中心にあるもの。
それだけではあまりに寂しい。
「夢を、探しに行こうと思います」
せっかく、別の世界に来たのだから、この世界で自分のやりたいことを探してみることにした。
「夢、ね。女神なんだから、その力を利用して人を治療するとかでも生きていけるわ」
「確かに、他人を助けて生きていけるのはいいことですよ。でも、私は誰かを助けても、その人が私よりも幸せに生きていたら、嫉妬しちゃいます。妬んで呪い殺してしまいたくなります。だから、そういうのは私向けじゃないんです」
例え、傷ついている人を自分に見立てて助けていったとしてもアリアの根幹は変わらない。確かに良心はしっかりと生まれた。
それでも、寝たきりで死んだ自分よりも幸せに生きてる人ばかりを見ると、今でも黒い気持ちがふつふつと沸き上がってきそうになる。
そうだ、レジスで助けた人が魔物に殺された時も、恐怖する心の中にほんの少しでも安心する気持ちがあった。
結局のところ、アリアは善人じゃない。
「……女神のわりに、あなたって割りとクズなの?」
「人を所有物にしようとするお姫様には言われたくないです」
「それもそうね」
クスクス、とカティアは笑う。それにつられて、アリアも笑った。
「私たち、利己的なクズですね」
「そうね。また何かあれば仲良くしましょう。さて、そろそろあの二人の元へ戻ってあげましょう」
「はい」
カティアはギルドの扉を開く。
「ほら、行くわよ」
「えっ、徒歩ですか!?」
「ええ。あの魔法は使い勝手が悪くて、飛べるところがそのときによって変わるんだもの」
「そういえば、そんな話もしてましたね」
「じゃあ、行くわよ」
「はい」
ギルドから一歩踏み出したカティアを追いかけるようにして、アリアは踏み出した。
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