第9話 王女カティア
邪神と呼ばれた少女へ向けて放たれた目映い光は、彼女の絶叫と共に消える。ルルフは姿はない。あの光によって、体ごと焼き尽くされてしまったのだろうか。よく目を凝らしてみると、地面には紫色の塵が積もっている。
「邪神ルルフもついに討伐されたか」
その様子を見て、シュバルツは呟いた。服に多少の乱れはあるが、それらしいダメージもなく、傷一つなくここまでやってきたらしい。その様子にアリアはホッと息をつく。
「シュバルツさん、無事だったんですね」
「お前らもな。まさか、レジスに勇者がいるとは思わなかったが」
「こんな自体にでもならなければ、僕も正体を明かす気はありませんでした」
「そりゃそうだろ。ギア二個持ちの腕輪付きとか、どうせお前神殿の勇者だろ」
ユーミットとシュバルツ、両名の間にはなんだか刺々しい空気が形作られている。その間に挟まれたアリアはとても息苦しい。
「あ、あの!」
無理矢理声を張り上げて、二人の空気を変えようと試みる。二人の視線が同時にアリアの方へ向く。
「え、えーっと……そうだ! 神殿というのはまだ知ってるんですけど、腕輪付きとかギアとかってなんなんですか?」
頭の中を無理矢理こねくりまわして、なんとか質問をひねり出した。どっちみち気になってることだし、ちょうどいい。
「ああ、そういやお前は知らないか。勇者が二種類あるのは知ってるだろ?」
「はい。女神によって勇者にされる方と、自然と勇者になる方ですよね。たぶん、ユーミットさんのその腕輪が女神から渡された勇者になれるアイテムですよね」
「……よくわかりましたね。普段は普通の人間ですが、これの力を使うことで僕は勇者になることができるんです」
「あっ、その腕輪を使うから腕輪付き?」
「そうです。女神の持つ、勇者化するアイテムはこの腕輪です」
ユーミットは、自らに付けたその腕輪をアリアに見せる。
「なるほど、そういうことですか」
「ええ」
よくよく考えてみればそのままだ。すぐに思い付きそうなことなのに、なぜ今まで思い至らなかったのかが逆に不思議だ。
「ただ、腕輪付きは別に選ばれた勇者ってわけじゃない。だから、普通の勇者と比べると、さすがに能力は劣る。まあ、ユーミットの場合はそれでも普通の腕輪付きよりは優秀だけどな」
「そうですね。誰でも勇者になれるからこそその勇者は少し弱い。本来の勇者は、こんなものではないですよ」
さすがに、アイテムひとつでちょちょいと最強の存在になれるほど優しいわけではないらしい。
それでも、腕輪付きでも普通の人間を越えられるのだから、女神の持つ腕輪はなかなかすごい代物なのだろう。普通の腕輪付きはユーミットよりも弱くても、もしかしたらラディアを越えるほど強いのかもしれない。
「そして、腕輪付きでもそうじゃない勇者でも基本的に、所持している武器はとてつもなく強いものが多い」
ユーミットのその手に持つ光輝く剣、それとその身に纏う鎧もそのうちの一つなのだろう。
「それらを総称して、"セイントギア"と呼びます。伝説の武器とかそういう類いのもので、神の造った武器だとかただの武器だったのに伝説を残して進化しただとか、様々です。それとは対称的に、一つの国を滅ぼしたとか、人類を窮地に追いやる、絶大な力を持っている代わりに使用者に呪いを与えるなどのものは"カースギア"と呼ばれます。これらをまとめてギアと喚ぶのです」
「ギアは別名、思念遺産とも呼ばれてる。まあ、伝説を残すことで、人々の想いがその武器に込められて強いものになったものもあるからな」
人の想いが込められた伝説の武器。セイントギアもカースギアも、きっと想像を絶するほどの性能を秘めたとてつもない武器なのだろう。
「ちなみに、ユーミットさんのセイントギアはどういうものなんです?」
「そうですね。この聖剣、"バンダースナッチ"は相手がとても強固な防御魔法や防具を持っていても破壊できますし、光を放ってあらゆるものを焼き尽くすことが可能ですよ」
「ちなみに、この世界に現存する最強の破壊力を持つ武器だぞ」
「……マジですか」
実際に、アリアはルルフとの戦闘を見ていた。聖剣の破壊力も目にした。
ただ、まさか世界最強の武器だとは思わなかった。
それにしても、腕輪付きでもそのような武器を持てるということに驚いた。劣化勇者なのなら、その武器も劣化すると思っていたが違うらしい。と、思っていたのだがユーミットの言葉はそんなアリアの考えを読んでいたかのように言う。
「でも、模造品ですけどね」
「模造品……?」
「この世界に存在するセイントギアは限られています。度々の戦乱で、それらのうちのいくつかは失われました。それでも、普通なら勇者の数がギアを上回ることはない。ただ、腕輪付きを含めてしまうと、セイントギアよりも勇者の方が多くなる」
「それで、足りない分は本来の武器の模造品になるってことですか」
「そういうことです」
勇者はすべてセイントギアを扱えるということか。それならば、きっとセイントギアに選ばれるものこそ勇者なのだろう。そういう世界の仕組みなのだ。勇者の数はギアによって調整される。
ただ、それを崩してしまうのが腕輪付き。
――それなら、女神は世界の仕組みから外れた存在ということにならないか。
そんな考えが、アリアの頭の中にふと浮かんでしまう。
「僕のギアは模造品です。ですから、本来のものよりもその能力は低い。腕輪付きは武器も性能も劣化品なんです」
「それでも、普通の人よりはずっと強いじゃないですか。女神がとても大事な存在ってことはよくわかりましたよ」
たとえ、腕輪付きでも勇者はとても強いことは揺るがぬ事実だ。それならば、女神の存在も同時に重要になる。女神であるアリアも、一人の勇者を生み出すことが可能だ。
急に、責任がずしっとアリアにのし掛かる。魔族の引き起こした惨状に遭遇したばかりだ。人間族と魔族の争いに、アリアの存在も関わるのは確実だ。
と、そんな話をしながら歩いていると、話し声が聞こえる。いや、むしろ喧騒だろうか。
「……そろそろレジスの出口に近づいてきましたね」
ユーミットの言う通り、レジスから出る大きな門が見える。
「じゃあ、もう出れるじゃないですか」
ぱぁっ、とアリアの顔が明るくなる。
「そうだな。ここら辺は、生きてる魔物もいないみたいだしな」
辺りを見渡すと、切り刻まれて、矢がいくつも刺さっている魔物の死体がいくつも転がっている。戦いの痕跡が複数見当たる。ここら辺で、生きている人たちが出口を目指して魔物と交戦したのかもしれない。
「――生きてる魔族はいるかもしれないよ?」
突然、聞こえてくるのは笑い声。ゲラゲラと笑う汚ならしい声。思わず振り向くと、そこに見えるのは少年。
片手で棍棒を持ち、額が角のように膨らんでいる箇所があり、頬がひび割れている。体格はあまり大きくないのに、その腕はやけに太く、不気味だ。
「魔族、オークですか」
ユーミットは聖剣を握りしめて、魔族――オークへ切っ先を向ける。シュバルツも、アリアの前に立って様子を伺う。
「へえ、勇者までいるじゃん。でも所詮、君腕輪付きだよね? 負けるわけないじゃん、そんな――」
オークの言葉が途中で途切れる。上から降り注ぐ光が、オークを包み込んだ。少し離れているアリアたちにも、その光線の熱量が肌に伝わる。これは、バンダースナッチから放たれる光と似ている。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
光が消えると、オークの姿はなかった。焼き尽くされてしまったらしい。凄まじい威力の攻撃。道に穴が空いて、地面が少し溶けている。
思わず、上を見ると光に包まれた黒髪の少女が浮いていた。
少女は、徐々に高度を落として、こちらに近づいてくる。スッ、と着地にこちらを一瞥する。
「さて、レジス住民たち。私、ベルナルド第一王女カティアが助けに来てあげたわ」
見下すような笑みを浮かべて、こちらに話しかけてきた。
「第一王女……お姫様ですか?」
「そうよ? クソみたいな髪色だけれど、今だけは許してあげるわ」
この状況ですっかり忘れていたが、ベルナルドは髪色で差別がある。王女ならば、その差別意識が強くてもおかしくない。
「まさか、王女様が直々に来るとはな」
「何よ、不満?」
「いや、お前一人か?」
「私に向かって"お前"ですって? 魔族もついでに片付けてあげたのに。私が王女カティアだってわかってる? 王女がわざわざ一人でやってくるわけないでしょ。バカじゃないの?」
少女、カティアは小馬鹿にした笑みを浮かべる。
それにしても、この少女は王女だと名乗った。そんな少女とシュバルツは何の躊躇いもなく、普段通り接している。不敬罪とかで罰せられたりなどはしないのだろうか、と心配になってしまう。
「じゃあ、王国直属の騎士とか来てるんですか?」
「たかが一つの町が襲われてるぐらいで、お父様は騎士団なんて派遣してくれないわ。臆病だもの」
もしかしたら、このレジスの状況を一気に覆してくれるのでは、そんな声色をしていたユーミットの質問も一瞬にして砕かれる。
「けれど、私には直属の騎士がいるの。それだけじゃなく、レジスが襲われてるからって庶民たちから兵を募集したの。だから、兵力は多少はあるわ。さっきまで、この近くで生き残りの冒険者たちと私の集めた兵隊たちが合流したもの」
それでも、次にカティアが口にした言葉は希望を持つには十分だった。カティア本人がとても強く、さらには兵隊だっている。門まで来たのだ。生き残れるはずだ。
「そうか。なら、安心して出れるってわけだな」
「そうね。さすがにレジスにいる魔物と魔族を掃討はしないわ。私たちは、レジスから先に攻め込ませないようにここに陣取るの。レジス戦線ってとこかしら」
アリアの脳裏には、この町で死んでいった人々、魔物に襲われている光景、それからラディアが思い浮かぶ。あんな人たちをもう出したくない、というのが本音だ。
それでも、それはきっと無謀だ。カティア、シュバルツ、ユーミット、それから他の人たちの力を借りたとしても得られるのは一時の勝利、または全滅。
もしも、この状況を覆せる力があるのならば、とそんなことを考えてしまう。レジスを救えないのが悔しい。
結局、アリアには何もできない。
そんな風に考え込んでいると、カティアが口を開く。
「で、あんたらもここから出ていくんでしょ? せっかくだし、他の連中がいるとこまで連れていくわ」
「えっ、お姫様がですか?」
どこか勝ち気なこの少女は、単独行動を好むような気がして、このまま一人でレジス住民でも探しにいきそうだと勝手に思っていた。まさか、案内までしてくれるとは思わなかった。
「そうよ。お姫様自ら、ちょっと案内してやろうって話よ」
「……そのまま、落とし穴に誘い込むなんてことじゃないですよね?」
「ちょっと、人を何だと思ってるのよ。これでも、私は襲われてるレジスに救援に来たのよ? ほんと、勇者がガタガタ言うんじゃないわ」
不機嫌そうに、カティアは吐き捨てる。これ以上、話がこじれてもややこしくなるなので、仕方なくアリアは話を切り出すことにする。
「とりあえず、お姫様に付いていきません?」
「そうよそうよ。男どもと違って、やっぱり女の子はものわかりがよくて助かるわ。気分がいいから、黒じゃないあなたのことも普通に扱ってあげるわ」
よほどアリアの提案が嬉しかったのか、カティアは笑みをアリアに向ける。
「いやその、王家の人間は苦手でして……」
「俺も、偉いやつは嫌いなんだよ」
「何よ、あんたらの連れが私と同行することを提案してるのよ?」
「そうですね。あなたと同行することには不安しかありませんし、断りましょう。アリアさんは僕たちと一緒にいきますよ」
「何よクソ勇者! で、そっちのは?」
「そうだな。一応、仲間の言うことも聞いてやりたいがお前のことは嫌いなんだ。消えてくれないか?」
「はぁぁぁぁっ!?」
わざわざ、話を円滑に進めようとしても、ユーミットとシュバルツはやたらカティアのことが嫌いなのか、それを拒否する。きっぱりと断る二人に、カティアはあり得ないとでも言いたげに叫ぶ。
「ほんっと、ムカついたわ! あんたらがこのアリアって子が相当好きなら、浚ってやるわよ!」
「さ、浚う!?」
話が随分と怪しい方向に進んでしまっている。もう少し、三人に落ち着いて話をするように、と考える時点で既に遅かった。グイッ、とカティアに引っ張られると、カティアとアリアの周囲に、光の輪が展開する。それを見て、ユーミットとシュバルツも慌ててこちらに駆け寄ってくる。
「"ライトサークル"」
しかし、二人がたどり着くことはない。カティアの声と共に光が視界を包み込む。
「いったい何が……」
眩しくて閉じていた瞳を開いて、周囲を見渡すと、先程とは景色が一変していた。どこかの建物の中にいつの間にか移動していた。
どうやら、アリアは本当に拐われてしまったようだ。円滑に進めようとしただけなのに、と大きくため息をついた。
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