第11話 勇者ユーミット
戦いの跡が残る町並み、目を背けなければ、死体や血をきっと見ることになる、そんなレジスの中をカティアの背を追いかけて歩いていく。
「そういえば、なんで私が女神だなんてわかったんです?」
「私、噂話好きなのよ。だから、それであなたの話を聞いたの。急に目立つヒーラーなんて、女神だってね。勘のいいやつはすぐに気づくから、もう少し考えて動いた方がいいわ」
「……気を付けます」
女神はやたら美しい女性が多いらしく、人を勇者にする力とその治癒能力から、狙う人間も多いらしい。何よりも、女神は非力だ。十分に狙える。奴隷として売られる可能性だってある。
――と、その時。建物の影から飛び出してくる影。人の形ではない。魔物だろう。
「……邪魔ね」
そう呟いたカティアの周囲に漂う光が集まって、それ目掛けて光が走った。飛び出して来た、異形の存在を焼き払った。
「さて、片付いたし行きましょう」
強い。カティアはタイムラグなしに光線を放てる。"光の妖精の加護"の力、ユーミットやシュバルツ、それからラディアと並ぶ、いやそれ以上かもしれない。
「何をボーッとしてるのよ」
「す、すみません。行きましょう」
もうすぐ、シュバルツとユーミットに合流できる。さっさと、レジスを出なければ。カティアのおかげで、今後のなんとなくとした指標ができた。
「ほら、見えてきたわよ」
カティアの声を聞いて、向こうの景色を見ると、二つの人影が見える。手を振ってるらしき様子が見える。
――いや、少しおかしい。手ではなく、剣を降っているというよりも振りかざしている状態だろうか。上段に構えている。その様子を止めようとして、もう一つの人影がそれに向かっているように見えた。
はっきりと、姿が見える距離まで近づく。
光輝く聖剣を振り上げて、敵意を持った瞳でこちらを見つめている。
「――怒り狂え」
ユーミットの口が開く。聞き覚えのある言葉。ルルフに向けて、その聖剣の力を解放した時の言葉だ。
「バンダースナッチッ!」
そして、聖剣は振り下ろされる。弧を描く切っ先が地面と平行になった瞬間、それがこちらを向いた瞬間に、聖剣に込められた光が一気に放たれる。圧倒的な光の奔流が聖剣から解き放たれる。それを止めようとしてるらしく駆けつけるシュバルツもついには届かなかった。巨大な光の塊が凄まじい熱量を持ってアリアとカティアに迫る。
「……っ! "ライトサークル"ッ!」
光がカティアとアリアを包み込んで、フッと消える。
そして、すぐに先程いた少し横に光と共に姿を現す二人。真横に先程放たれた光線が通りすぎていく。この場所でもピリピリと肌に熱を感じる。
「いきなり何をするの!」
光に包まれて怒号を上げるカティア。ユーミットの返答次第では戦う気なのか、今すぐにでも攻撃しそうな気迫だ。
「……仕方ないじゃないですか。僕は神殿の人間ですから」
振り下ろした剣を再び構える。その視線は、アリアに向いている。
「……もしかして、私ですか?」
「……そうですね」
わからないが、ユーミットはアリアを殺そうとしている。よくわからないが、命を狙われてしまっている。理由もわからないまま、殺されてやるわけにはいかない。
「なんで、ですか」
怖い。こうしている間にも相手はこちらを殺そうと何か考えているのかもしれない。生きたいという気持ちがまたふつふつと沸き上がる。
「あなたが――邪神の加護を持っているから」
「そ、それは……」
本当のことだ。邪神はきっと神殿からしても、許しがたい存在で、加護を持つものも似たような扱いなのかもしれない。
「でも、あんたが邪神は倒したんでしょ……?」
「加護は、呪いみたいなものです。邪神が倒れても続くんですよ。邪神の加護は、不幸な出来事に巻き込まれる。神殿はこれをよしとしません。だから、神殿の教えにしたがって僕は女神アリアを討伐しなければならない」
真剣な表情で、グッと聖剣を握る手に力を入れて、反論するカティアに言い放った。
◆
神殿は、巨大な宗教組織だ。聖の神、という存在を信仰し、その信者は国境を越えてかなりの数が存在する。神殿という組織そのものが聖の神からの祝福を受け取っており、これに所属するシスターや神父はすべて、回復や補助の魔法を得意とする。
だからこそ、腕のいい補助魔法使いを所持する神殿は数多の国や組織から必要とされて、とても多きな地位を気づいている。神殿が関わるかどうかで、戦争さえ傾く。
ユーミットも、聖の神の祝福を受けた修道士である。
祝福、というのは一部の得意な魔法を扱う際に魔力の消費が減ったり魔法の効果が上昇したりするというもので、使えば使うほどその魔法だけは扱いやすくなるというものだ。聖の神の祝福を受けたものは、補助の魔法が得意になる、ということだ。
ユーミットも、当然それらの魔法を使うことができ、神殿の一員として活動している。いつか、ベルナルド王国が魔族と大きな戦いを繰り広げた時、神殿がそれを補佐するために、ユーミットと他数名を送り、カティアと一度揉めた、ということもある。
そんな神殿には、一つの使命がある。
――女神の保護。女神は本来、この世界にいる存在ではなく、異世界からやってくるこの世界から外れている存在である。それでかつ、人を勇者にする能力を秘めて、ヒーラーとしての能力もとても強い。
ただ、その存在はどこに現れるかもわからず、ただどこかに行き着いて行くことが多い。どこかではまるで性奴隷のように扱われ、どこかでは事件に巻き込まれて死亡するなど、悲惨な事例もある。凶悪な勇者を生み出して、多大な被害が出ることもある。
そんなことが起こらないように、事前に女神を保護して事件から遠ざけるのが神殿の使命である。女神は人でありながら、神としての一面も持つ存在であり、聖の神の力の一端を持っているとされており、信仰の対象でもある。
だからこそ、神殿はこれを全力で保護するために力を行使する。神殿に保護された女神は、その力を高めて善行を行い、良き勇者を生む。束縛されることもなく、自由に生きられるし、守ってもくれる。女神にとって、神殿の庇護を受けるかどうかが人生の分かれ道と言っても過言ではない。
女神の存在がやってくるというのはわからないが、常に神殿の使いは様々は場所に派遣されている。
そして、たまたまユーミットが女神を見事引き当てた。ならば、ユーミットのすることはアリアを神殿の一員として保護することである。
ユーミットは勇者の力を見せずに、冒険者としてレジスに住み、アリアという存在に触れた。美しい少女だ。回復魔法もすぐにかけてくれる優しきヒーラー。いつの間にか、レジスの中では名がある程度知られていた彼女と、ユーミットは結構な頻度で会い、話をした。その時はまだ女神だとは気づいていなかった。ただ、楽しかった。
気づいたら、ユーミットは彼女に心を奪われていた。何がきっかけなのだろうか、それはきっと最初に治してくれたことだろう。その時に女神だと気づくべきだった。
ただ、この美しい少女が人の命をすぐに救おうとするほど、良き心を持つものだと思って、いい人だと思っているうちに、彼女の表情や姿を目で追いかけるようになっていた。まさか、その相手が女神だとは思わなかった。
女神相手に、恋はできない。だって、信仰されるべき神だから。あれに手を出すことは、信者である限り許されるべきではない。レジス攻撃の最中に、ユーミットはついにそれに気づいてしまった。その心を押し殺すしかなかった。
勇者として、彼女を守り神殿の庇護を受けるべく話すのが正しい行いだ。
だから、彼女に話す。自らの心を隠して、神殿に来るべきである、と。同行しているシュバルツの存在が懸念ではあるが、きっと、アリアならば正しき選択をしてくれるはずだ。
と、思っていたのに。
「なんで、ルルフはアリアさんを襲ったんですかね」
「ルルフは、失った力をアリアを取り込むことで取り戻そうとしてるんだよ。そのために、ルルフがアリアをこっちに呼び出したんだろうな」
「呼び出した……? 邪神が、女神をですか?」
「それぐらいしてもおかしくないだろ。邪神なんて、自分勝手なもんだぞ」
「……ということは、それはつまり――」
そこで気づいた。邪神に呼び出されたのなら、彼女は邪神の加護を有している。過去に、そういう事例があったからわかる。
なのであれば、神殿の修道士としてはアリアを討たなければならない。
「どうした?」
「……」
シュバルツの質問に気づいてすらいなかった。胸が、ひどく苦しい。別に、命を奪うことは怖くない。
ただ――一度でも愛してしまった人に手をかけるなど、そう容易くできるはずもない。でも、やらなければいけない。
だけれど、やめてもいいのではないか、なんていう甘い囁きが頭の中に入り込んでくる。ぐるぐると、思考が回ってなんとなくわからなくなってきた。
それでも、結局ユーミットという人間が落ち着いた答えはアリアの討伐であった。聖の神への信仰と、これまで生きてきた人生の基盤となる価値観に、恋愛なんてものが入り込む余地はなかった、と言い聞かせた。
だから、邪魔になりそうな、こちらを訝しげに見つめてくるシュバルツの鳩尾に拳を振るい、近くの家屋に激突して気絶している彼を見送って、アリアの元へ行って剣を振るうことになった。
けれど、またアリアを見てしまえば、少しでも助けたいと思ってしまう。か弱い少女に、聖剣を振り下ろすことに躊躇いが生まれる。カティアが、邪魔をしてくるかもしれない。その前に、なんとかして終わらせないといけない。
「……なるほど、邪神の加護はまだ続いてるってことね」
「そんな……」
カティアは考えるそぶりを見せて、アリアは首からぶら下げているヴァイスプレートを握りしめている。カティアが邪魔してくるようには見えない。
チャンスだ。女神の防御は固いが、それでも聖剣ならばそれを破るのは容易い。
だから、聖剣を掲げて踏み込む。カティアの横を通りすぎる。彼女は、何もしなかった。邪魔しないならばそれでいい。
――そして、ユーミットがアリアへと距離を詰めようとしたその時、真上から雷がこちらに落下してきた。まるで、神がアリアを助けようとでもしてるみたいに、ユーミットにとってはとても邪魔なタイミングだ。バックステップで後退するが――雷はユーミットを追尾する。
「これは、魔法……!?」
「やっぱり、来たわね」
さも、当然とでも言うようにカティアは呟く。邪魔をしなかったのはこういう訳らしい。雷はユーミットの元に落ちてくると、その形は蛇のように代わり、口を開いてユーミットに噛みつこうとする。
だが、それも魔法だ。ユーミットの鎧には魔法を弾く力がある。雷の蛇は鎧の力によって、弾かれて消える。
「ぐぅぅっ」
――だが、それが消えるまでにユーミットの身体には少しばかりのダメージを与える。鎧の力は魔法を打ち消せてもそのダメージを通してしまうこともあるのだ。
「さっきは痛かったぞ」
「……やはり、あなたが」
ユーミットの目の前には――シュバルツが立っていた。
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