ぎゅう

藤村 綾

ぎゅう【短編】

 週末は男の家に行く。金曜日の夜に隣町に住んでいる男の家に電車と自転車と徒歩でおおよそ1時間かけて行く。車なら片道1時間もかからない。付き合い立ての頃は男はあたしの家の付近まで迎えに来てくれた。けれど、付き合いなれてくるうちに、あたしが自ら行くはめになっていた。

 自分から行くという行為はひどくわくわくする。週末だけしかあえなので、金曜日が待ち遠しくて仕方がないのだ。

 けれど、男はどう思っているのだろう。あたしは仕事がフリーターなので土日だろうが、なんだろうが構わないけれど、男は土日だけお休みなので、休みはとても貴重だと思う。優しい男は何も言わない。あたしの全てをただ寡黙に享受するだけ。物足りなさなどはない。ただ、申し訳ない思いと、逢いたい思いの瀬戸際にいつつも後者を選んで自転車を漕いで男の家に行く自分を遠い目で見たら、あまりにも利己的ではないのかとも思う。

「来ちゃったよ」

 金曜日。夜8半。男が部屋を温めて待っていた。毎週日曜日の午前中にあたしは帰る。男は午前中はゴルフの打ちっぱなしに行くので居ない。ー別に強制的に行かなくてもいいのだけれどあたしに出会う前からの習慣なので必ず行くー

 その隙に帰るようにしている。帰り際に必ず置き手紙をしていく。前回は、

【温泉たのしかったね。来週金曜またくるね】

 だけ、書いてあたしは帰った。次の週は一度もお互いにメールはしない。なので、金曜日に行くからね。と書いたので行っていいのだと勝手に判断を下す。もし、用事があればメールが来るはずだなと踏んで。

「おおぅ」

 男はまだ作業服だった。寒かっただろ、と、真っ赤なほっぺをしているあたしに問いかける。

「う、うん、とても。凍るかと思った」

 ははは、大袈裟な、男の目尻にシワが寄った。仕事中に帽子とヘルメットを被っているせいで髪の毛がぺちゃんこだ。くせ毛もある。髪の毛を掻き上げ、作業服を脱ぎだした。

「ねぇ」

 温風ヒーターがやけに効いている。3月だ。寒いといっても2月に比べたら寒さも緩和している。季節や時間は見えないけれど確実に過ぎている。あたしは男に声をかける。男は、ん?とした顔をしあたしの方に顔を向ける。なに?今度は言葉にしてあたしの声を待つ。

「なんで今週一度もメールをくれなかったの?」

 まあ、あたしもしないけど、そう付け足した。おとこは冷蔵庫からビールを取り出し、プルタブに手をかけた。プシュ、いい音。言うがさき、喉を鳴らしごくごくとビールを呑み込んでゆく。喉仏が動いている。1週間しかたっていないのに、ひどく逢っていない気がする。今目の前にいるのに。触れたい衝動に駆られるも我慢をする。

「だって、ふーちゃんがしてこないから」

 なにそれ? 完全に受け身の状態の男にやや業を煮やしつつあたしは、重ねて続ける。

「あたしがしないかったら、なおちゃんはずぅーとしてこないつもりなの?ねぇ」

 男は何も言わず、ビールを呑み続ける。言い返すのがめんどくさそうな顔をしている。あたしは気まずさを払拭するように、かばんから、コンビニで買った『バターピーナツ』を男に差し出した。男はバターピーナツが大好物なのだ。

「おお、ありがとう」

 顔がぱぁーと明るくなる。

「いいえ」

 メールのくだりはもうどうでも良くなっていた。好きな割合が大きい方が負けだ。今はあたしの負け。嫌われたくはない。話題をかえる。

「今日、遅かったね。会社」

「あ、ああ、残業。鉄の値段が高騰するまえに駆け込み購入だよ。それで、忙しかった。今週は特に」

 あたしは、頷いた。今週は特にを強調されたのは、故意的に感じた。けれど、LINEもしてないし、ショートメールで【おやすみ】ぐらいは打てるじゃん! などという台詞は丸っと飲み込んだ。

「肉を買ってきたよ。食う?」

 うん、何の肉なの?訊いてみる。

「牛」

 クスッ。あたしは、ちょっと笑って、ぎゅう、っていうか? と揶揄をした。

「牛」

 今度は、うし、と言い直し、外国のうしだけれどね。と、付け足す。いい言い方をしたら、オージービーフだよ。なんだか、威張って言っているようであたしは肩を上下にあげケラケラと笑った。

「じゃあ、焼くか」

 腕まくりをし台所に立つ男はひどく格好良く見える。好きになると、お尻に出来ているおできを見ても、鼻毛が飛び出ているところが見えても、パンツが破れていても、全部許せてしまうから不思議だ。好きという感情は一体どこからやってくるのだろう。恋はするものではない。落ちるものだ。ドラマの科白でよくあることだ。あたしはどうやら、落とされたらしい。なおちゃんは?どうなのだろうか。落とした方になるのだろうか。

「焼いたよ」

 テーブルに置かれたお肉は薄くて見るからに堅そうだ。それに添えてある人参と玉ねぎのバター炒めも存在が薄いようでもきちんとした料理に見える。

「いただきます」

 あたしのだけ肉が一口大に切ってあった。

「え?切ってくれたの?なおちゃんは、ナイフとフォーク使ってるのに?」

 なおちゃんのお皿とあたしのお皿を交互に見やりながら口を尖らせた。ナイフとフォークを使いたかったのだ。

「ああ、肉が、やっぱり外国のうしだろ?堅いんだよ。だから切っておいた。ふーちゃんのだけは」

 あ、そうなんだ。あたしは、頭をさげ、お礼をゆう。ありがとね。どういたしまして。

 お肉を頬張る。確かに堅いし、どうやら味付けをし忘れたようで全く味がしない。けれど、味が薄いとはどうしても言えなかった。なおちゃんは薄くないのだろうか。顔をあげなおちゃんのお皿に目を落とす。

「あ、塩こしょうするの忘れた」

 半分くらい食べ気がつき、今更塩こしょうをふる。

 幾分か味がつき美味しくなった、外国牛。肉が堅いのでという理由でパイナップルの角切りが買ってあり、一緒に食べよ、といわれ、焦ってしまった。

「んー、なんだか違う気がするぅ」

「ん?」

 男は肉とパイナップルとビールを交互に嗜み、ビール3本目あたりからやけに饒舌になってきた。目もとろんとしている。

 こうなってきたら、お風呂に入るしかない。あたしは急いでお風呂に湯を張り、一緒に入ろうと促す。

 なおちゃんは気怠そうに洋服を脱ぎ、湯船に浸かった。

「やべー、酔った、酔ったぁ」

「うん、早く寝よ。もう」

 男は頷き、あたしの貧乳を揉み出す。ああっ、声が思わずもれ、背後にいる男に顔を向け唇を重ねた。ぎゅう、の味がする。あたしも同じ、ぎゅう、の味がしているはずだ。安いお肉でも、高いお肉でも同じものを食べ、共感し、同じ湯船に浸かるのをひどく幸せだと感じる。

 好きなの?訊いても、訊いても応えない男。

 女という生き物はどうしてこうも言葉を欲しがるのだろう。


 布団の中に入る。男があたしの身体を触ってきたので、酔ってるから、無理だから。制しても、あたしの顔を上から覗き込み、何も言わずキスをした。身体中を隈無く舐められあたしは身体を捻った。男の性器を触る。泥酔のはずが、マックスではないけれど、聳立をしてた。あたしは男を寝かせ、聳立を掴み、そのまま股を開いて、腰を降ろした。ああっ、声が同時洩れる。あたしは、男の胸に倒れこみ、腰を上下に抽送させた。男は目を綴じている。あたしの腰は既に疲れ動きを停めた。

 男を見下ろす。すっかり寝ている様子が伺えた。

 だから、辞めよっていったじゃん。あたしは、1人つぶやき、裸のまま布団に潜った。

「バカ」

 小さく言ったのに、「ごめん」弱々しく男の声がした。謝罪の言葉。

「ふーちゃんごめん」

 

 こんなことは何度もあるしあたしはなんとも思わない。

 酔うと子どもになる男がひどくかわいく、ひどく愛おしくてあたしは男の髪の毛を掻き上げながら思いきり抱きしめた。

 好き、と小さくささやきながら。


 相変わらず窓ガラスは雲っている。まだ、春は遠そうだと感じた。

 

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ぎゅう 藤村 綾 @aya1228

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