第2話 探し物

 子どもは竜に母親の病のことを話した。


 母親は息がし辛く、少しの運動でも息が切れるので、ろくに働くことも出来ずにいたのだが、それでも無理をして働いていた。愛する我が子のために。

 その所為で最近は症状が悪化し寝たきりになっているという。


 どうも母親は「肺の病」を患っているようだ。


 肺の病に効くものなら知っていた。森の奥にある「花の花粉」だ。

 竜や他の生き物にも効果があるもので森の奥で見つけたこともあり、竜も使ったことがあった。場所も覚えていたので竜と子どもはすぐに行くことにした。

「俺が居るから滅多なことじゃ獣は寄ってこないだろうが気を付けろ。俺のそばをなるべく歩け。」そういうと一頭と一人は森の奥に歩き出した。


 竜はのしのしと森を歩き、たまに体が木に当たって樹皮をえぐった。

 木々は普通の森のものより大きく不気味な形に枝を曲げて空を覆っていた。今が昼なのか夜なのかすら分からない。

 時々遠くの方から奇妙な鳴き声の様なものも聞こえてくる。暗くじめじめしていて薄く光るキノコや訳の分からない植物がたくさん生えている。

 竜や狼以外の足跡もあった。


 そうしてしばらく歩いていると後ろで「ギャ!」と声がした。

 竜が振り返ると子どもが木の根につまづいていた。子どもは竜の視線に気付き、急いで竜のそばに駆け寄った。

「もっと速く歩けないのか?」ため息交じりに竜が聞く。

「結構頑張ってるんだけど・・・」と子どもが息を切らせて言った時


「ぐー」とお腹が鳴った。


「最近ほとんど食べてなくて」子どもは恥ずかしそうに言った。「だろうな」

 子どもの持つ小さなカバンにそんなに食料が入る訳がない。それに最初からそんな考えは頭に無かったのかもしれない。


 竜は大きく煙を鼻から吹いた。そして地面にふせ面倒くさそうに子どもに言った


「乗れ」


 子どもは驚いて「え?」と言った。

「さっさとしろ本当は人間なんて乗せたくないが、お前の足じゃ時間がかかる」

「でも・・・」子どもはつぶやいた。「遠慮はいらん。」少し黙って子どもは申し訳なさそうに答えた。


「僕、高いところ苦手なんだ・・・。」


 それを聞いて竜は長い首をゆっくりと伸ばし顔を子ども眼前に近づけ大きな瞳で子どもを睨み付けた。

「そうか分かった、ならお前をくわえて行くことにしよう。その方が歩きやすいしな。」

 そう言って、大きな口をガバッと開けた。短剣の様な鋭い歯がずらりと並んでいる。のどの奥では炎がメラメラと燃えていた。

「力加減を間違えてうっかり噛み裂きそうだ。それと咳をしてお前を消し炭にしない様に気を付けねばな。」

 子どもは息をするのも忘れて震えていた。


「俺は優しいからな、選ばせてやる。背中に乗るか、口にくわえて運ばれるか、どちらがいい?」


「の、のののる!!」


 声が震えていた「いいだろう」竜はゆっくりと顔を離した。

 子どもは恐る恐る竜の足元に近づいて行った。近くで見ると竜のことが一層大きく感じた。

 きらめく鱗が規則正しく並んでいる。竜の背中の上までは子どもの身長の二倍以上はあるだろう。(まるで壁の模様みたいだ)ゆっくりと手のひらで撫でてみた。

 鱗はつるつるとしていて触ると気持ちがよかった。鉄の様に頑丈そうで、それでいて宝石の様に輝いていた。

 子どもはそれをうっとりと竜の鱗を眺めていた。


 すると突然、竜の前足が子どもを掴んだ。


「うわ!」びっくりして子どもは声をあげた。

「何をもたもたしてるんだ、まったく!本当にくわえて行くぞ!?俺を待たせるな!」

 そういうと竜は子どもを「ひょい」とつまんで背中に乗せた。子どもは必死に背中にしがみついた。

「ほら、首と背中の間にくぼみがあるだろう?そこに座っていろ。そこなら落ちはしない。たぶんな。」

 言われ通り子どもはゆっくりくぼみまで這って行き、そしてしっかりと首にしがみついた。

「よし、行くとしよう」竜はゆっくりと立ち上がって歩き出した。

 子どもは恐くて目を瞑ったまま竜の首にしがみついていた。


 のっしのし、バキャバキ、


 竜は太く頑丈な足で木の根をものともせず踏みつぶし、森の奥へ進んで行く。


 子どもは少し背中に乗っていることに慣れてきた。

 くぼみは安定しているので揺れても落ちる心配は無い。そっと目を開けてみるとあんなに高いところにあった木の枝が目の前にあった。

 下にはさっきまで不気味で気持ちが悪かったキノコや植物がぼんやり輝いていて、今はとても美しく見える。

 暗くて恐ろしいだけの森だと思っていたが竜の背中から見るこの森は違って見えた。


 辺りを見渡すと木々の隙間を光の玉の様なものがふわふわと漂っていた。

「あれは何?もしかして人魂?」子どもは恐る恐る聞いてみた

「ああそうだお前たちはそう呼ぶな。だが人だけの物では無い。色々な生き物の霊魂が集まって出来ているんだ。害は無い安心しろ。」「良かった」と子どもは少し安心した。


 すると竜が急に足を止め、首を伸ばして「バキッ」と枝を一本折ると、それを子どもに渡した。

 そこにはたくさんのヒメリンゴがなっていた。「ほら、これならお前でも食えるだろ?カバンにも入れておけ。」

 そう言って竜はまた前を向いて歩き出した。

「ありがとう!」子どもはパクパクとヒメリンゴを食べ始めた。ヒメリンゴはみずみずしくて渇いたのどを潤してくれる。食べるのに夢中になっていると竜に「おい!食べカスを背中にまき散らすなよ!」と怒鳴られてしまった。

 子どもは急いでそでで竜の鱗をぬぐった。「ごめんなさい!お腹空いてて」子どもはモグモグしながらそう言った。

「わかっているがよく噛んで食えよ?のどに詰まるからな。」「うん。」


 竜はふーっと大きなため息をつきながら煙を吐いた。

(まったく、なんで俺が子どもの心配なんかしなきゃいけないんだ。)

 竜は内心不安で一杯だった。背中に乗せたは良いものの落とさないか不安でチラチラ子どもの様子を確認しながらそっとそーっと歩いていたのだ。

(これならくわえて歩いた方が楽だったな。クソッ)フンッと鼻から火を吹いた。

 心の中でぼやきながら竜はまたそっと子どもを落とさない様に森の奥へと歩いて行った。

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