第1話 出会い

 子どもは狼達に木から引きずり降ろされ震えながら木の根元でうずくまっていた。だが手にはしっかりと短剣が握られている。

 竜は怯える子どもをじっと見つめた。


 少年の体は擦り傷だらけ、着ている服もボロボロだった。

 腰には短剣の鞘があり、荷物は小さな肩掛けカバンが一つだけ。到底この森でやっていける装備では無かった。


 そうして数分観察をしていると、子どもがゆっくりと顔を上げ、震えた声で喋り掛けてきた

「助けてくれたの?」

 そう聞かれて竜はムッとして答えた

「誰が人間なんか助けるものか!あのうるさい毛玉を黙らせたかっただけだ!

せっかくぐっすり寝ていたのに、お前たちが騒ぐものだから目が覚めてしまったじゃないか!!」

 嘘は言っていない。だが「助けた」のも事実だ。

 でも「助けた」言われて思わずそう答えた。

 人間なんかに「助けた」なんて思われたくなかったからだ。


 竜はあまり素直じゃなかった。


 そう答えると子どもは「ごめんなさい」と心の底からすまなそうな顔をして謝った。

 そんなことを言われて竜は余計にムッとしてイライラした。

「ああ、もう良い。さっさと失せろ!この森はお前の様な人間が生きていける場所じゃない。子どもなら尚更だ。さっきの様に狼の餌になりたくなかったら早く家に帰れ!それとも何かここに来る理由でもあるのか?」

 そういうと子どもの眼差しが変わり、まっすぐに竜の瞳を見つめた。そして口を開きかけたが、子どもはまた目を伏せて黙りこくってしまった。

 竜はイライラして強い口調で聞いた


「何故、ココに、来たのだ!」


 子どもはビックリしてもごもご言いながら答えた「・・・取りに来たの。」

 竜は言った「もっとはっきり言え!声が小さくて聞こえんぞ!!」


「竜の生き血を取りに来たの!」


 子どもは叫んだ。溜まっていた物を吐き出す様に子どもは続けた。


「お母さんが病気なの、お薬を飲んでも治らないって先生が言ったの。もうダメだって・・・でもどうにかして助けたいんだ!

 そうしたら旅芸人から聞いたんだ竜の生き血には魔法の力があって万病に効くんだって、この森には昔から竜が住むって言い伝えがあったからそれを取ってくればお母さんの病気は治るんだ!

 だから少しでいいから、少しでいいから、血を分けてください!お願いします!」


 そう言って子どもは小瓶を差し出し頭を下げた。


 竜はその言葉を聞き、怒り、落胆した。まだ人間は竜を狩るのを諦めていないことに。そして人間の愚かさに。


「悪いがそれは出来ない」竜はそう答えた。


 子どもはすがる様な目で竜を見つめた「少しでいいんだ、ほんの少しで!なんでもする!僕を食べてもいいから」

「お前を食べても腹の足しにもなりゃしない。骨張っててまずそうだしな。それに人間に血をやるなんて死んでもごめんだ。」

「じゃあ・・・」どうすれば、と子どもが言いかけたところで竜が口を挿んだ。

「話は最後まで聞け。いいか、


         竜の生き血が万病に聞くというのは嘘なんだ」


 子どもは驚きため息の様な声で「そんな・・・」と呟いた。

 そしてその言葉を振り払うように首を横に振り「嘘だ!」と怒鳴った。


「嘘じゃない。人間は万病に効くだのと言って俺たち竜を狩る、だがそんな効果は無い。

 俺はお前たちよりずっと長生きだが血を飲んだからって人間風情が同じ力が得られる訳じゃない。

 蚊がお前たちの血を飲んだらお前たちと同じだけ生きられるのか?言葉を喋るのか?違うだろう。」


 それを聞いて子どもは声も無く泣き出した。

 旅芸人のほら話を鵜呑みにし大人も近づかない呪われた森へ来たのだ。


「お母さんの病気を治す」


 その一心で


 たった一人で・・・。


 固く握りしめていた短刀が手から落ちた。もう力が入らないのだ。子どもはガクリと膝を落とし倒れてしまった。


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 竜は子どもに鼻先を近づけた。(息はしている。)

 どうやらショックと疲労で気絶してしまったらしい。

 竜はなんだか自分が悪いことをした様な気分になってきた。

(真実を教えただけだ。)そう自分に言い聞かせた。

「さてどうしたもんか・・・。」このまま放っておけばオオカミの餌になる。

(それが一番面倒くさくない。)

 人間なんて好きでは無いし、助ける義理もない。何故森に来たかも分かった。

(どうなったっていい)そう自分に言い聞かせ立ち去ろうと思う。しかしそれを止める自分が居た。

 倒れ伏す子どもを見ると胸が締め付けられた。子どもを思ってのことではない。

希望を失った子どもは今の竜と同じだった。翼を無くし、家族と離れ暗い森で暮らす竜にとってそこに倒れて言る子どもは自身に等しく哀れに思えた。竜は自分が哀れでしょうがないのだ。助けて欲しかった。だが竜を救えるものは居なかった。でもこの子どもの目の前には自分が居る。

(・・・。)

「はぁ。」竜は悩みに悩んで子どもをくわえて洞窟へと戻ることにした。


 洞窟へ着くと地面に子どもをゆっくりと下ろし仰向けに寝かせてやった。

 竜の巣にはオオカミも魔物も入っては来ない。

 竜は次に湖へと向かった。道すがら竜はキョロキョロと何かを探していた。

「あった。」それは大きな葉っぱだった。

 その葉は固く、タライほどの大きさがあり真ん中がくぼんでいる。

 竜はその葉っぱを枝ごと折り口にくわえた。

 湖に着くと砂利の多い少し浅い場所を選んで水をすくった。

 砂利の間からポコポコと泡が出ている。

 そこはいつもたくさんのきれいな水が湧く場所だった。

 水精たちが寄ってきて不思議なことをする竜を好奇心いっぱいに見つめた。

あるものは葉っぱの中に入って邪魔をし、竜の顔に水をかけたりして遊び始めた。

竜はそれを前足で払いのけ、葉っぱの中から水精をつまみ出し洞窟へと戻って行った。かまってもらえなかった水精たちは不満げに背中を指さし文句を言った。

 竜は葉っぱにたっぷりの水を持って帰ってきた。それを子どもの横にそっと置いた。そこで竜の動きは止まった。(さて、どうしたもんか。)

 水を持ってきたは良いが飲ませる方法までは考えていなかった。

 少し子どもを小突いてみた。

 子どもは起きない。

(うーむ)自分は幼い頃どうやって水を飲ませてもらっていただろう?

 そう考えて口移しで貰っていたのを思い出す、だがそれには人間の子どもの口は小さかった。

 竜は横たわる子ども見つめながら面倒ごとに首を突っ込むべきではなかった、と後悔し始めていた。

 竜は300歳を超えるが竜という種族の中ではまだかなり若い部類に入る。

 それに竜狩りに襲われたのはまだ成竜になる少し前だった。

 体こそ大きかったもののまだまだ考えは幼かったのだ。そこを狙われ竜狩りに襲われたのだろう。

 それ以来この森で暮らしているので経験も浅く見た目より若い竜なのだ。

 その浅い経験を血に引き継がれる知識で補い、竜は一頭で暮らしていた。

 なので人間の子の育て方など竜は知る由もなかった。仲間の竜が居れば知恵を貸してくれただろう。ここではそうもいかない。

(もうオオカミのところに捨ててこようか)そんな考えが頭を巡っていた。

 その時、子どもが「うぅ・・・」と小さなうめき声を上げた。起きたのかと思ったがどうやら夢を見ているらしい。

「人間はどんな夢をみるのだろうか?」そんな疑問が浮かび竜は子どもの心を覗いてみることにした。

「透視」に近い魔法を使った。心を覗けるが場合によっては相手の心に影響を受けすぎることもある。

 深入りはしないことがこの魔法の鉄則だ。

 竜が魔法を使い子どもの心を見るとそこはキラキラと輝く宝石の様に美しく、大地の底から湧く水の様に清らかだった。

(人間にもこんな心の持ち主が居るのか)竜はしばらくその心を眺め、そして奥へと進んだ。

 そこには両親との思い出がつまっていた。この年の子どもには両親が世界の全てだった。

 一緒に食事をした。

 手伝いをして褒められた。

 いたずらをして怒られた。

 父がなかなか帰ってこず寂しい思いをした。

 母とピクニックに行き楽しかった。

 そんな日常が子どもの宝物だった。両親にとっても子どもが宝物だった。

だがその宝物は壊れていく。薬が無くなり苦しむ母、何もできない自分。帰らぬ父。

       探した  探した  探した

 母の薬を。壊さないために父との約束のために。

       走る   走る   走る

 森を暗い森を。そしてそこに竜が居た。

 竜は気がつくと涙を流していた。深入りはしてはいけない。こういうことだった。

 子どもの心が竜の中に流れ込んだのだ。

 竜にも家族が居た。優しい両親と兄弟は居た。翼を汚され家族に何も言わず竜は故郷を離れてしまった。

 とにかくそこから一刻も早く離れたかったのだ。愚かな自分をさらしたくなくて、ただただ走った。

 気がつくと暗い森に居た。そこは自分にピッタリな場所に思えた。

 この寂しい場所で時折家族を思った。探して欲しかった、見つけて欲しかった。

 だが家族は誰も迎えには来なかった。

 きっとこの子どもも迎えは来ない。きっと来れない。

 竜の家族も来れなかったのかもしれない。どっちにしろ逃げた自分が悪いのだ。

 けれど子どもは違った。立ち向かったのだ、母のために。

(お母さんとお父さんに会いたい)子どもの心はそう叫んでいた。

(家族に会いたい)竜の心もそう叫んでいた。

 その時、竜と子どもの心は確かに一つだった。


 子どもの心に変化があった。目覚めかけている。

 竜は正気に戻り急いで子どもの心から退いた。竜は顔を振って涙を落とした。

 子どもはゆっくりと目を開けた。ぼんやりと天井を見つめ、そして竜の顔を見るとビクッとして飛び起きた。

 まだ動けるくらいには体力はあるらしい、竜は内心ホッとしていた。

 子どもは大きな葉っぱに入った水と竜を見て「どうして・・・」と呟く。

「いいから飲め、聞くな!」竜はそっぽを向いた。

 けれど子どもは水を飲むことなく膝を抱ええて小さくなって黙り込んでしまった。

「どうした、さっさとしろ。飲まず食わずじゃ歩けないぞ。村に帰れなくてもいいのか?」竜が子どもを急かすが一向に子どもは口も聞かず、水にも手をつけない。

イライラしてきた竜は吠えた。大きな唸り声をあげ「俺に食われたいのか!?」と子どもを脅した。


「いいよ。」子どもから投げやりな返事が返ってきた。そして大声で怒鳴った

「もういい、お母さんが死んじゃうなら食べられたって構わないよ!」頬には涙がつたっていた。


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その言葉に竜は激怒した。竜は叫び前足を大地に叩きつけた、口の中では炎がメラメラと燃えて輝いていた。

 子どもはあまりに恐ろしくて涙が止まってしまった


「自分の命がどうでもいいだと?ふざけるな!母親を助けたいとぬかしておいて自分はどうでもいいだって?

 助けられなければ母親もどうでもいいか!看取ってやろうと思わぬのか?もっと方法はないか探そうとは思わぬのか?

 母親はお前が死んだらどう思う?ちゃんと考えたのか!!母親はお前にとってそれだけの価値しか無いものなのか!?」


 今度は子どもが怒った


「お母さんは僕にとって一番大切な人だ!お母さんが死んじゃうんなら僕が死んじゃった方がマシだよ!

 でもお母さんはいつも言うんだ僕のことが何より大切だって!

 薬なんか買わずに食べ物買って来なさいって、お母さんは大丈夫だからって!

 大丈夫なんかじゃないのに・・・僕には長生きしろって言うんだ。」

 子どもはギュッと拳を握りしめた。


 竜は言った


「親とはそういうものだ。お前が生きること以外に望むことなど無い。」


「でも一人は嫌だ!お母さんも一緒じゃきゃ嫌なんだ!」子どもは叫んだ。

 竜は静かに子どもを見つめていた。

 そう叫ぶと子どもは黙りこんでしまった。

 子どもの頭の中ではたくさんの思い出が、想いが巡っていた。

 お母さんとの思い出が、父の言葉が、ここまでの道のりが、

 そして竜の言葉が・・・。

 自分がどんな思いでここへきたのか、お母さんにまた元気になってほしかった。

 また一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、眠ったり、

 今までの様な日常をまた送りたい。


「お母さんを頼むぞ」父はそう言った。


(お母さんと一緒にまた笑って暮らしたい。)


 そうだった。


 子どもはそのまままた黙り込んでしまった。しかし心の中ではたくさんの思いが渦巻いていた。しばらく子どもはそのまま動かなかった。

 竜も子どもを見つめ動かなかった。そして何かを決心し子どもは葉っぱから水を飲み始めた。水筒にも忘れず水を入れ、そして竜の顔を見上げこう言った。

「僕、村に戻ってもう一度何か方法が無いか聞いてくる。

やっぱりお母さんが死んじゃうのは嫌だ。お母さんと一緒に生きていたい。

死ぬなんてやっぱり嫌だ!約束したんだお父さんと、お母さんを守るって

竜さんのおかげで思い出せた、ありがとう!」子どもはニッコリ笑て頭を下げた。


 竜は驚いて目を丸くした。「ありがとう」久しく聞くことの無かった言葉

 いや誰かと話すことすら竜にとって久しぶりの出来事だった。それを今やっとそれを思い出した。

 竜は何だか嬉しい気分になったが、ハッと気が付いた。(人間なんかと喋って喜んでバカか俺は)

 心の中で自分を罵った。


「どうしたの?」

 竜が身動き一つせず自分を見つめて固まっているので心配になった子どもが話しかけてきた。

「ぼく、なにかまた変なこと言っちゃった?やっぱりまだ僕のこと怒ってる?」シュンとする子どもに竜はあわてて答えた。

「べ、別になんでもない!それに礼を言われる筋合いなんか無い!俺は思ったことを言っただけだ。あと・・・もう怒ってない。」それを聞いて子どもはニコっとまた笑った。

 その顔を見て竜はくすぐったい気持ちになった。

「良かった。じゃあもう僕行かないと、本当にありがとう!」そう言って子どもが去ろうとする。


 竜はその背中を見つめ、悩み、声を上げた。


 「待て」


 竜が話しかけてきたので子どもが振り返り、不思議そうな顔で竜を見つめた。

 竜は思った(俺はバカだ、人間は愚かで醜い生き物で俺の翼を奪った憎い敵だ。この子どもだってその内そうなる。)


 でも・・・


 少し悩んで静かに口を開いた。


「俺は竜だ人間よりずっと長生きで賢い、お前の知らないこともなんでも知ってる。」


 子どもは小首をかしげて「だから?」何を言いたいのか分からないという顔をした。


 竜は鼻からふーっと黒い煙を吹いた。

「だから、俺は人間より賢い!そこらの医者なんかよりな、病気のことも薬のこともたくさん知ってる。母親の病気はどんなものなのだ?言ってみろ。」


 子どもは目をまんまるにして叫んだ

「お母さんの病気を治せるの!?」


「この森は呪いの森だ。魔法が満ちている。植物も動物も魔法の影響を受けている。完全に治すことは出来ないかもしれないがそこらの水薬よりは効果があるものが見つかるだろう。竜も病にかかるからな、薬になる植物はよく知ってる。」


 子どもは大喜び「やったー!!」というと竜の前足に抱きついた。

「こら!離れろ!!やめろったら!早く病気のことを教えろ。何のためにここに来たんだ!?」竜は突然のことに驚き、あたふたしながら怒鳴った。

 子どもは足に抱き着くのをやめ、竜を見上げて「ごめんなさい」と笑顔で言う。

 竜はそっぽを向いてフン!と鼻から火を吹いた。


 竜は少々お節介焼きで照れ屋だった。

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