ソロの出会い(1)

@12-kokoro-24

プロローグ



 遠い昔、これは竜の王国の、竜の長い長い昔話。


 そこは暗い暗い森の中、じめじめとした苔と茸が辺りを覆い、

木々はどれも異様なまでに大きく歪。

 ぼんやり光る霊魂と訳の分からない黒いもやが枝先をかすめて行く。

 湖では水精たちの恐ろしくも美しい歌声が微かに響き、水を飲む魔物の息遣いと混ざり合っていた。

 そんな恐ろしい森に住む一頭の竜のお話。




 竜はぼんやりと湖のほとりで水面に映る自分の姿を眺めていた。

 立派な「牙」どんな獲物でも一撃で仕留めてしまう自慢の牙。

 鉤状に曲がった鋭い「爪」、これで引き裂けないものは無い自慢の爪。

 大きく立派な「角」どんな生き物にもこれほど大きくて立派な角はない自慢の角。

 太くて長いしなやかな「尻尾」どんなものでも薙ぎ払う自慢の尻尾。

 美しく輝く堅い「鱗」、どんな武器でだって傷一つ付けることは叶わない自慢の鱗。

 竜はそんな自分の姿に惚れ惚れした。


 竜は自分のことが好きだった。

 自分が竜であることが彼にとって何よりも誇りだったのだ。


 そう、何よりも。


 だからこそ許せないものがあった。

 もっとよく見ようと水面に身を乗り出した時、竜の顔が突然険しくなった。

その許せないものが水面に映ってしまったから。


 それは「翼」


 竜には大きな「翼」がある。大きく重い体を空に持ち上げる立派な「翼」

これは竜にとって最も重要なものだ。

 でも彼の「翼」は違った。

 ボロボロで大きな穴が開いていて、とても空など飛べたものではない。

彼は怒りに任せて水面を尻尾で大きく叩いた。大量の水しぶきが上がり、それが鱗に反射して色とりどりに輝いている。


 彼にも昔大きく立派な「翼」があった。

大きく重い体も一瞬で空へ運んでしまう立派な「翼」が……。


 200年ほど前の話、まだ彼が大空の支配者だったころ。

ある時、人間達が仕掛けた罠に彼ははまった。とても簡易的な物で破壊するのは

容易だった。だがそれこそが「罠」だった。

 その人間達は竜のことをよく知っていた。

 竜が傲慢で自分に敵うものなど居ないと慢心していることを。

 人間達は竜が罠に気を取られている隙に背中によじ登り、なんと剣で彼の翼を

ズタズタに引き裂いてしまったのだ。

 その人間達は「竜狩り」と呼ばれその名の通り竜を狩ることを生業にしている。

時には殺してバラバラにし売り捌き、時には生け捕りにして奇特な人間に大金で

引き渡す。

 今回は後者だったのだろう、だが真実を知ることは叶わない。

 彼らは竜を甘く見過ぎてしまった。

 竜はやっと状況を悟り、そして激怒した。

 翼を裂かれ、誇りを汚され、怒り狂い、ハンター達を一瞬でズタズタに引き裂いてしまった。そう己の翼の様に。

 だがそれでも翼が戻ることは無い。竜は人間を憎み、怒り、


そして己を恥じた。


 「狩るものは狩られる」当たり前のこと、それを忘れ慢心し無様に罠に掛かって翼を失った愚かな自分。そんな自身に怒り、自身を憎んだ。


 それから竜はひっそりと森の奥深くで一人で暮らし、毎日湖岸に佇みぼんやりと水面に映る自分を眺めては、過去の自分を思い出し、過去に縛られていた。


 そんなある日のことだった。

 竜は住処の洞穴で静かに寝入っていた。夢の中で竜は空を飛んでいた。

上昇気流に乗りどこまでも高く高く竜は舞い上がる。

 嬉しくて竜は大きな咆哮をあげた。

 もっともっと高く舞い上がって行くと、そこには丸い大地と、どこまでも深く

青い空があった。

 翼無き者にはけして見ることの出来ない世界。そう、翼が・・・。


「ウワォオオオオオオンンン!!」


 その音にびっくりして竜は目覚めた。


 なんだ、夢だったのか。竜は落胆した。こっちが夢であってくれればいいのに、

竜はそう思った。

「ワォンワォンワォン!」

 また大きな音がした。


(狼の声?)


 普段なら気にすることも無く二度寝に入るところだが今日の竜は違った。

せっかく良い夢を見ていたのに邪魔されてイライラしていたのだ。それに今日は

やけに森が騒がしい、それが気になる。



 洞穴から這い出ると竜は声のする方向に向かって歩いて行く。

たくさんの動物達が驚いて住処に大急ぎで戻って行った。

「ワォン!!」「グルルルル!!」「ガウ!!」

声が近くなってきた。

 そこは木霊の住む大木の近くだった。


「「こっちに来るな!!」」


 大木のある方向から声が聞こえてきた。

(人間の声だ!)

 竜のイライラは怒りに変わった。翼を傷つけられた怒りが彼の中で蘇った。

急いで大木の根元に向かって走っていくと狼達が根元に群がっている。

見るとやはり人間が居た!彼は激怒し、そして困惑した。

 そこに居たのはまだ年端もいかない子どもだった。

 木によじ登り短剣を片手に必死で狼達を追い払おうとしていた。

「何故こんなところに人の子が・・・。」

 それもそのはずだこの森は呪われていると人間から忌み嫌われている。たまに

訪れる人間もほとんど魔獣や人食い植物に襲われ死体と化している。骨だけでも

残れば良い方だ。


(何故・・・?)


 その疑問が竜の頭の中を巡っていた。

「うわーー!!」

ハッとして大木に目をやると子どもは服の端を狼に捉えられ、今にも木から落ち

そうになっていた。

(このまま食われてしまえばいいんだ)

 そう思う自分が居た。

 だが、まだ(何故)という疑問が解決していない。

 それに人間とはいえ「雛」が襲われるのを見るのは嫌な気持ちがした。


 竜は本当は優しい心の持ち主だった。


 もやもやとした気持ちが頭の中で渦を巻いていた。

 竜は意を決して大きく吠えた。そして走って狼の群れに飛び込んだのだ。

狼の餌にするならここに居る理由を聞いてからでもいいだろう。そう思い、竜は

狼達を蹴散らし追い払うことにした。

 狼達は突然のことに慌てふためき散り散りに森の奥へ逃げて行った。

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