7. ズマ
昨夜ガイストに襲われた娘の周りに人が群がっていた。ズマ・シティの警官たちが道を封鎖し、現場検証を行なっている。
「またガイストの仕業だぜ」
娘は車から少し離れた場所で倒れていた。そのため発見が遅れた。
「血を抜かれてるんだって?」
娘の青白い肌に輸血パックの針が刺し込まれ、チューブが血の赤で満たされた。野次馬の声は無視し、警官たちは黙々と鑑識を行なっている。
そこに一台の武装した車が到着した。車のドアが開くと武装したSDS自警団――Self Defense Service――の隊員たちが次々と降り立った。ライフルを構えた彼らは警官たちに向き合うと敬礼した。やがて救急車も到着し、仮死状態の娘を担架に載せそのまま運び去った。
それで群集たちも散り散りになっていったが、その中にメナスがいたことには誰も気づかなかった。
「ゾレン神の力が弱まっている。世は乱れているのか」
メナスはそうつぶやくとその場を離れた。
※
目に映る車窓の光景は奇妙なものだった。数百年の昔に建てられたアルカイック――古風――な建物が並び立ち、どこか世紀末の退廃的な匂いが漂いながら、一方で新時代の活気に満ちている。豊かさと貧しさが同居していた。ただ、今が千年紀の終わりの乱世だということは、街の外周を厳重に囲む城壁が如実に示していた。
「普段は護衛の者はつけてないのか?」
「ザマ神父のところへ行くときは独りのことが多いの」
「脇が甘いんだな」
「そうね……でもズマのことを知れば、私を襲おうとなど考えもしなくなるでしょう」
その言葉は自信に満ちていた。
「それに護身術は一通り身につけているのよ」
「それにしては実戦経験が足らないな」
その言葉にアガタは困り顔で笑みを浮かべた。
ドゥームセイヤーは話題を変えた。
「アギはザマ神父を手伝ってるといったけど?」
「古代の言語を習っているの」
「古代言語? ベーシック?」
「ええ。古代文字を読める人は限られてて。言語大系に断絶があるの。知らない?」
「知らないが、言葉や文字が違えばそれを話せる人間は限られるし、読める人間は更に少なくなるだろうな」
ドゥームセイヤーは続けた。
「もし、それはザインやゾレンが望んだことだとしたら?」
「え?」
ドゥームセイヤーは意地悪そうに笑った。唐突な問いかけにアガタは二の句を継ぐことができなかった。
街の正門をくぐり、しばらく走るとアガタの自宅まで着いた。そこは街一番といっていい豪邸だ。玄関の前で車が止まった。
「随分いい家に住んでいるんだな」
「父が企業のオーナーだったから」
ドアを開けて二人は車を降りた。
「どうする? 教会まで送らせるけれど。それとも休んでいく?」
「それには及ばない。この街をこの目で見てみたい」
「ちょっと待って。あなた市民権はないといったわね。それなら紹介状を書くわ」
アガタが呼んだ執事に何か耳打ちすると、中年の執事は一枚のカードを持って戻ってきた。
「レーテ家が保証するズマ・シティのパスよ。これがあればシティで自由に振舞えるから」
ドゥームセイヤーは感謝する様にパスを受け取った。
「ありがとう」
彼女はそのまま去っていった。
その後ろ姿を見た執事のイスベッキがアガタの耳元でささやいた。
「お嬢様、あの方は?」
「私とザマ神父の命の恩人」
「差し出がましい様ですが、ザマ神父のところにお行きになるのはおよしになった方が。昨晩の様なことが繰り返されてはいくつ命があっても足りません」
「わかってます。でも次の千年紀が近いのです。ザインの女神の信仰を蘇らせる事は決して無駄にはなりません」
「それはおっしゃる通りですが――」
「なら口は差し挟まないように」
毅然とした態度は変わらない。そう、若くして旧家の当主となった彼女はそういう態度をとらざるを得ない。が、それは孤独を心の奥底に隠す結果ともなった。心を許せる相手はザマ神父の他は数少なかった。
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