6. 朝

 手傷を負ったガイストは闇を求め、逃げさまよっていた。が、その前に立ちふさがるものがいた。ガイストの動きが止まり、怯えたうめきに変わった。道をふさいだのは天衆メナスである。


「闇の眷属けんぞく、消えろ」


 メナスの目が赤く光った。


 その瞬間、ガイストは塵となって消滅した。それを見届けたメナスの姿は空気に溶け込み消えていった。


 しばらく後、ドゥームセイヤーが後を追ってやってきた。


「こっちだ」


 立ち止まったドゥームセイヤーは気配を探ったが、既にガイストの気配は消えていた。


「おかしい。あの傷では遠くまで逃げられないはず」


 ふと傍らに目をやると、そこには塵のかたまりが残っていた。彼女はしゃがむと塵を手に取った。掌の上で風に吹かれて塵が舞った。


「もたなかったのか。いや……」


 消えたものはどこへいく? 立ち上がると、朝日がまぶしかった。彼女は目を細めた。


「戻るか」


 ドゥームセイヤーは踵を返すと元来た道を引き返していった。


         ※


 ひとごこちついたザマとアギは滅茶苦茶に荒らされた教会の中を整理していた。空は白みつつある。


 破片を拾い集めながらアギはつぶやいた。


「あのハンサムさん、どこにいったんでしょう?」

「さあ。しかしガイストを前にして顔色ひとつ変えない、あの胆力は何だろう?」

「SDSだって手を焼いてるっていうのに」


 と、携帯端末の着信音が鳴った。アギは端末を取り出した。おそらく自宅からの連絡だろう。


「――ええ、ええ。とにかく無事よ。ザマ神父の教会まで車をよこして」


 そういうとアギは通信を切った。


 そこにドゥームセイヤーが戻ってきた。


「忘れ物を届けにきた」


 彼女は宝剣を部屋の隅にくくりつけた。


「あの……ガイストは?」


 気後れしたアギが恐る恐る尋ねた。


「取り逃がした。どうやら勝手に消滅したらしい」

「まあ」

「そうだ」


 何を思いついたかドゥームセイヤーは翡翠で飾られた首飾りを外すと、宝剣にそれをかけた。


「これで結界が強くなる。並の力なら入ってはこれまい」

「ハンサム君、君はいったい?」


 ザマが漏らした。


「それは訊かないで欲しい。私も実はよく分かってない」

「だが、君の法力は桁外れだ。名のある宗教者ではないのかね」

「どうだろうな。仮にそうだとしても……知る必要はない」


 その言葉には魔力が込められていた。ザマとアギはむっつりと黙り込むとドゥームセイヤーの正体についていっさい詮索しなくなった。


         ※


 教会の前に装甲車が止まった。降りてきたのは自警団――SDSという名――の隊員たちである。


「ご無事でしたか!」

「見てのとおりよ」


 アギは微笑んだ。


 男たちは荒らされた教会内部を検分しはじめた。


「これでよく生き残れたものです」


 ザマが答えた。


「今まで教会が襲撃されるなんてなかったしね」


 彼らによると、アギの実家から通報があり、三度教会を訪ねたが応えなかった、ということだった。彼らもチャームされていたのかもしれない。


「アガタお嬢様、やはり警戒水準を上げた方がよろしいのでは?」


 ドゥームセイヤーは男がアギではなくアガタと呼んだことに耳をそばだてた。


「そうね。考え直さないといけないかもね」


         ※


 検分を済ませ、自警団の男たちは去っていった。


「そうだ、アギ君。そろそろ家に戻ってはどうかね」

「でもまだ中が荒れてますから」

「これくらいなら私一人でできるから。そう、ハンサム君に送ってもらうのがいい」

「……そうね。それがいいわ」


 しばらくして迎えの車がやってきた。かなりの高級車だ。後部座席に乗り込んだアギはドゥームセイヤーを手招きした。


「いいのか?」

「ハンサムさんならボディガードに最適だわ」

「ふむ、元はといえばアギが帰りそびれたのは私を看病してくれたからだしな。借りができた」


 誘われるままドゥームセイヤーは車に乗り込んだ。内装も重厚な造りである。


「ずいぶん立派な車だな」

「本当のことを話した方がいいかしら……私はアギじゃなくてアガタ」

「アギは仮の名か」

「ええ。アガタ・レーテがフルネーム。街の外に出るときはアギって名乗ってるの」


 ドゥームセイヤーが乗り込むとドアが閉じられ、車が走りだした。やがて車はズマの市街に入った。

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