8. メナス

 峠越えの道、メンテナンスの行き届いてない荒れた道をグレイハウンドバスが走っていた。車体はあちこちへこみ、年季ものであることは一目瞭然だ。その乗客の中にメナスがいた。が、今は人の衣をまとい正体を隠している。


 彼に注目するものは誰もいない。メナスは独りきり頬づえをついて窓の外の景色を眺めた。景色は流れ、林を抜けるとやがてズマの城壁が見えてきた。


「間近でみると大きいものだな」


 城壁は三階建てのビルほどの高さがあり、外部からの侵入を拒む様にそびえ立っていた。が、元々急ごしらえで作られたもので、しかも度々ガイストの襲撃を受けているらしく、あちこちに補修した跡があった。灰色のコンクリートの壁。それはあたかも収容所か監獄を思わせた。


「お婆ちゃん、ズマには王様がいるの?」

「いいえ、ズマはね、商人さんたちが力を合わせて国を治めてるの」


 そんな老婆と孫のやり取りを聞きながらメナスはアシハラの中つ国――地球――とズマのデータを頭の中で復唱した。中つ国の人口は減少傾向にあり、国家は衰退し、小規模な都市国家群が乱立している。都市国家は人を襲うヒルコ、すなわちガイスト出現に対応した防衛システムでもある。


 皮肉にも都市国家間の紛争はガイスト出現によって鎮静化した。その都市国家群の中でもズマ・シティはいくつもの衛星都市を従えて繁栄している都市。決して大きな街ではないが、ズマの作り上げた都市間ネットワークが高度に機能した結果だ。


 十人衆という有力者たちが実質的にシティの行政を担っている。公共サービスは衰退し民間サービスが主流になって、それは警察や軍事の分野にまで及んでいる、と。


 バスのスピードが落ち、正門の近くまで来ると止まった。乗降ドアが開くと荷物を手にした乗客たちが続々と降りはじめ、メナスも続いた。


 正門前は活気づいていた。物資を運ぶトラックや乗用車は正門で衛兵の簡単なチェックを受けると街の中へ入っていく。メナスも行商人や徒歩客の後をついていった。彼は正門をちらりと仰ぎ見ると街中に入っていった。


 メナスは市内を循環する路面電車に乗りこんだ。彼は無言で車窓に映る光景を眺めた。数百年の歳月を経たアルカイックな建物がところ狭しと並び、歴史の重みを無言のうちに語っている。砂漠化が進んだ大陸から移住してきた人々も多く、肌や髪の色は様々である。


 街中の治安は一見良好だが、交通の要所にはライフルを構え防弾チョッキを身につけた自警団隊員たちが立っている。それはこの街は常に安全なのではないことを暗示していた。


 路面電車が止まった。終点である。メナスはそこで考えを打ち切って電車を降りた。


 石畳の路地裏に入るとメナスは感覚を研ぎ澄ませた。


「闇の眷属の気配はしないな」


 どこからか、子供たちの歌声が聞こえてきた。


 太陽は眠りについてる 

 眠りは深い

 月は眠りについてる

 眠りは深い

 月と太陽が交わった

 でも何も起こらなかった

 眠りは深い


 海は眠りについてる

 眠りは深い

 月は眠りについてる

 眠りは深い

 月が海原を照らした

 でも何も起こらなかった

 眠りは深い


 童謡だろうか? 知らない歌だ、メナスは思った。歌声に耳をすませていると、足許にボールがころがってきた。それを拾い上げると子供たちが寄ってきた。


「お兄ちゃん、ごめーん!」


 メナスは笑ってボールを子供たちに投げ返した。


「ありがとう!」

「職安はどこか知らないかな?」

「ショクアン?」


 ああ、子供はまだ知らないな、とメナスは質問を切り替えた。


「シティの役場は分かる?」

「役場なら、そこの道をまっすぐいって一つ目の大きな交差点で右に曲がったところだよ」

「そうか、ありがとう」


 礼をいうとメナスは路地裏を出て大通りを北に向かった。役場はすぐに見つかった。職業安定所は役場に隣接したビルの中だ。職は見つかるだろうか? 居心地の悪い場所ではある。

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