第33話 お祓い
別れた後近くのネットカフェに入ったが、案内された同じフロアの客のいびきが凄い。カフェの店員が何度も注意するが無駄だった。諦めて横になり目を閉じる。
今でも最前線で働き楽しそうに飲んでいる友人を見ると羨ましくて堪らない。かつては自分もそうだった筈だ。
早く治したい。心に誓う。家族のため、友人のため、自分のため。
ネットカフェの朝は忙しい。鳴り続けるアラームに気づかずに店員に何度も注意される輩たち。五時半から七時半までは特にうるさかった。隣の部屋の客がオナホールを使用している音が聞こえていて私は「こんなところでは死にたくないものだ」とよく考えていた。もう限界だった。午前九時に店を出て新宿に向かう。どうしてもやりたいことがあった。
思い起こせばここ数年、忙しすぎて厄払いもしていない。東京を離れる前にケジメをつけるためにもお祓いをして欲しくなった。
歌舞伎町のスパに行き、念入りに身を清めてから花園神社でお祓いを申し込む。お心付けで五千円だった。
初老のメガネをかけた水色の袴をつけた男の神主だった。神前に通されてパイプ椅子に座る。お祓いが始まった。自分の名前と住所が’唱えられる。
「はるばる遠いところからありがとうございます」
「いや最近までこっちに十年ほど住んでいたんですが、体を壊してしまい田舎に帰るんですよ」
「それは、それは」
笑顔で見送られた。少し心が晴れた気がする。絵馬に何を書くか迷った。「前向きに生きたい」願いを込めて大きな字で丁寧に書いた。
雨が強くなり身体が冷えてきた。もう一泊しようと考えていたが徹夜明けでダルい。本当はもう何人かと会うつもりだった。
働いていた時は無理をするのは当たり前だった。それをするのが前提で技術を磨き成長していく。考えを改める時が来たのかもしれない。場合にもよるのだ。撤退することにした。
歌舞伎町でお気に入りのラーメンを食べて暖まり、駅で宝くじを買った。神頼みや運頼みが多い。心が弱っている証拠だ。なんでもいい。すがりつきたかった。新宿では怪しい宗教の勧誘が多い。一度も声をかけられたことはないが、かけられたら間違いなくハマっていたと思う。危なかった。
「とりあえず生きていてくれ」
両親は言う。仕事、お金、社会的信用、積み上げて来たキャリア。今回のことで多くのものを失った。今では自分を過剰に信用しすぎないことにしている。信じているのは家族と少ない友人だけだ。
具体的に生活をどうするか? 雇用保険も入っていないので収入はない。この歳で親に頼るのが情けなかった。
自立支援などの国の制度を利用して治療するしかないが、治療に時間がかかるので心が焦る。果たして社会復帰はできるのだろうか?
それがまた鬱を悪化させる。お金は大事だ。まだ貯金はあるがバイトでもしようか? まだ当分は無理そうだが...... また負のスパイラルに落ちそうだった。
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