第18話 カウントダウン
ある日私はAさんと個人宅に出張に行くことになりました。道具と寿司ネタはAさんの働いていた店で用意するらしく、私は約束の時間に包丁と白衣を持ってタクシーで向かいました。その店は私も食べに行ったこともあり、スタッフも知っています。しかし船での私の失態を聞いていたスタッフはあからさまに馬鹿にしてきました。
年下で初対面の時は丁寧な対応をしていたスタッフが、舐めきった態度で接してきます。影口を聞こえるように言って、ニヤニヤ私を見ています。Aさんも一緒になってきつく当たってきます。
「ぼーっと突っ立ってんじゃねーよ! 」
主張先でもそれは続きます。私は全く役に立っていませんでした。お客様の楽しく豪華絢爛なパーティーと自分との差にますます落ち込み、吐きそうでした。Aさんの怒号は最後まで続き、吐き捨てるように言われました。
「今まで一緒に仕事した中で一番使えない。最低だよ」
言い返すこともできず、思考は停止してました。
「目が死んでる。ロボットみてぇなやつだな。お前、何がしたいの? 」
帰りのタクシー車内でAさんが詰問します。
私はそこで心療内科に通っていること、もうこれ以上は仕事を続けられないことを告げました。
「なんでもっと早く言わなかった? 」
「すいません。どうしても言い出しづらくて......」
「このことは誰かに話した? 」
「私が働いている店のスタッフに、病院に行ったことは話しました」
「とりあえず親方には話さないで。俺から言うよ」
ほぼ何もしていないのに疲れきっていました。
家に戻り深夜二時、ベッドの上でまどろんでいた時にAさんから電話がきました。
「お疲れ」
「お疲れ様です......」
「お前のこれからのことだけどさ」
「はい......」
「とりあえずオープンして年末までは手伝ってよ。代わりの人間が来るまでは」
「無理です......」
「お前をあてにしてたんだ。こっちだって困るよ。ただ雑用してもらうだけでいいから。その間に人は探しておくから。」
私の病気のことは全く考えていない、冷徹で合理的な考えが胸に刺さります。
「約束したよな。辞める時は代わりの人を見つけるって。勝手すぎるだろう」
「その通りですが本当に無理なんです,,,,,,」
「シンプルに考えようよ。代わりの人見つけられるか? 」
「無理です......」
「やるよな? 」
「うう......」
私は呻きます。ドスの効いた声で長時間の説得が続きました。逃す気はないようです。そして私はきつい取り調べでギブアップした犯人のように
「わかりました。やります」
「そうそう。それでいいんだよ。親方には病院のこと黙っといて。ややこしくなるから。それじゃよろしく」
地獄行きの電話が切れました。
私は冷蔵庫から缶チュウハイを取り出して、二週間分の睡眠導入剤を一気飲みします。もう楽になりたい。考えたことはそれだけでした。
この後昏睡から覚めた記憶が第一話 「二〇一五年一月十二日」です。
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