現在失踪中

第19話 失踪②

 三日に一度シャワーを浴びて、一日に一食だけご飯を食べる。それ以外の時間は寝るか本かネットだ。非生産的な毎日で朝は躁、夜は鬱が襲ってくる。毎日気楽じゃない。テレビではちゃんと仕事をして生きている方々ばかりだ。心も目も死んだ自分とは大違いだ。


 最近は倦怠感ですぐ横になってしまう。腰が痛くなってきた。今日が何月何日で何時なのかもわからず、この区切られた一畳半のスペースが自分の居場所であり、世界だ。


 一度だけ冬服を取りに部屋に戻ったことがある。東京に住んでいる従姉妹の置き手紙があった。親戚にまで迷惑をかけている。急に窓から飛び降りたくなり、怖くて部屋を飛び出した。自殺に失敗した部屋も、人に接する事も何もかもが恐ろしい。対人恐怖症か? 頭がおかしい。


 六本木と新橋の間を行ったり来たりして彷徨さまよっている。人が怖くて電車に乗れないのでタクシーを使う。こんな事をしている間にも家賃、携帯料金、社会保険料、食費、宿代と金は減っていく。廃人するのにも金が掛かる。


 路上のホームレスと違い雨風がしのげて、食うには困ってはいない。横断歩道でブツブツと虚ろな目でつぶやいているホームレスを見た。気持ちがわかる気がする。心の中がどうなっているのか、聞きたい。


 他人を巻き込むような死に方は嫌だった。街をふらふらと歩き回っていると電車、高層ビル、大型トラック等で「死」を連想してしまう。


 心が少し安定した頃に勇気を出して電車に乗り新宿に向かった。ここで安いネットカフェを見つけた。長期パック料金だともっと安い所もあるが、毎日自殺を考えていて何が「長期パック」だと自分に突っ込む。いつでもふらっと出ていける「日割り」が良い。


 日雇い労働者になってこのまま失踪生活を続けるか?何処か住み込みで働くか?場所は関東か?関西か?北海道か?沖縄か?自問自答で毎日堂々巡りしている。


 最近少し考える力が戻ってきた。本当にすべき事は実家と関係者に連絡を取り、全てを打ち明けて病院に行き落ち着いたら謝罪する事だ。それが人としてのだ。正気に戻った瞬間、とんでもないことをしていると自覚する。終わっている。


 ストレスにより過食症になる。一日一食なのは変わりないが食べる量が異常だ。松屋でダブルの焼肉定食を食べた直後、銀だこでたこ焼き十六個、コンビニでシュークリーム一個、板チョコ一枚、ポテトチップス一袋、レモンチューハイ350mlを貪るように食ってからトイレで吐くようになっていた。いくら食べても満足しない。異常だ。


 長時間座り続けることによってキレ痔になってしまった。運動不足、偏った食事、こまめに水分補給もしないので便が硬い。便器の水が赤く染まるのを見て血の気が引いた。


 去年から治療していた水虫が悪化した。足が痒く薬を塗りたい。喜怒哀楽が欠け心身ともにボロボロである。ロボットの廃人だ。なぜ生きているのか?


 両親はどうしているだろうか? バカ息子を心配しているだろうか? 言葉を聞きたくなった。自宅の番号は覚えている。新橋に行って一度だけ電話しようとした事がある。SL広場前にある公衆電話ボックスに入ろうとしたが、交番が気になり職務質問を恐れてできなかった。周りのサラリーマンにも見られている気がする。百円玉がどうしても入れられなかった。言い訳なのはわかっている。自意識過剰だ。育ててくれたお礼が言いたいだけなのに。

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