第16話 クルージング

 翌日親方から船での生活の説明を受けます。

「少し早いバカンスみたいなものだよ」

 本当でしょうか? 不安で仕方ありません。すぐに荷物をまとめて親と友人にも連絡を取ります。期待と不安で胸が年甲斐もなくドキドキします。

 乗船初日、台風が近づいて海はひどく荒れ、私はいきなり船酔いします。元々酔いやすいのですが寝不足と緊張も重なり立ってられません。途中で部屋に戻らせてもらい寝ようとしますが、船体が激しく揺れるので部屋全体が波で歪んでいく金属音が気になり全く眠れません。

 二日目、私はランチの営業中に手元を誤り、包丁で指を切ってしまいます。船は衛生管理が特に厳しく、病人や怪我人に対して二次感染予防のために隔離や、場合によっては下船させたりします。完全完治するまで私は仕事ができませんでした。他のスタッフに迷惑をかけていること、自分の不甲斐なさに激しく苛立ちます。

 ホールのスタッフは外国人ばかりでコミュニケーションにも苦労しました。船内は英語表記で方向音痴の私はよく迷子になりました。岸から離れた海上だと電波が届かないのでケータイも使えず、娯楽の少ない閉鎖空間は思った以上にストレスの溜まる場所でした。

 この頃から私は不眠症になります。朝からため息をつくことが多くなりはじめ、仕事でもミスが続きます。他のスタッフからは見限られてしまい孤立します。

 船の繁忙期には一人部屋から二人部屋に移されてしまい(乗客優先のため)、ルームメイトと会話するでもなく、仕事でもプライベートでもすれ違いが続きました。

 私から笑顔が消えて、部屋に閉じこもるようになりテレビばかり見るようになりました。相手からすれば私は仕事ではお荷物でしかなくプライベートでは無表情、無口の不気味な相手です。スタッフ同士の部屋での飲み会にも誘われなくなりました。営業中のお客様との会話も弾まず、何とかしたくても空回りばかりです。

 そしてついに、親方から予定より一ヶ月早く下船(クビ)の命令が下ります。プライドはズタズタでした。

 営業中も呆けていて、しかばねのようです。言葉がうまく出てきません。太陽や海が憎く、タラップに出て空に向かって獣のように叫びました。

 

 

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