第13話 思い出⑧

 2年目の春ついにフルタイムで働く新人が入社しました。九州出身で高校の調理師科卒業の男です。ちょっとヤンキー臭のする兄ちゃんでしたが、大将も私も大喜びです。

 しかしこの新人は遅刻常習犯でした。おそらく一年間の間に三十回以上はやらかしたと思います。そのおかげで店番が任せられなくて、結局私も築地に行けなくなりました。私がモーニングコールをして起こすことも多く

「俺はお前の母親じゃない」

「へへ。すいません」

 とおどけてみせます。私の後輩に対する教育として「不出来な子ほど可愛い」というモノがあります。度がすぎるのも問題ですが、昔からそうです。自分が何とかしなくてはと考えます。なので不思議と仲は良かったです。

 対照的に大将と私の仲は冷え切っていました。最近では一緒に飲みに行くこともなく、仕事上での必要最小限の会話しかしません。この二年間は地球上の誰より一緒に過ごしています。阿吽の呼吸で仕事はできますがプライベートでは全く関わっていませんでした。本当に会話するのが鬱陶しく、共通の話題もないのです。嫌なのに一緒に居なければならない離婚間近の熟年夫婦のようでした。一緒の空間にいるのすら苦痛です。なんでこんな事になっちゃたんでしょうね?

 居心地の悪くなってきた私は、もう一人の新人が入社してくる一年後の春に退職しました。伝票整理などの引き継ぎもしっかりやりました。大将は最後に

「じゃあな。せいぜい他の店で立派な板前になってくださいよ! 」

 つり上がった眼で睨みつけ、店のドアを思いっきり閉めて帰りました。私はテーブルに突っ伏して

「精一杯やってきたはずなんだけどな。最後にこんな仕打ちか......この三年間は何だったんだろう? 」

 後輩は沈黙していました。

 アルバイトと後輩がお別れ会を開いてくれたのが心の救いでした。

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