第8話 思い出③

 翌日から大将とMは完全にお互いに関心を払わなくなりました。Mがミスしようがシカトです。いないものとして扱われていました。Mはしょっちゅう外で電話するようになりました。休憩時間中も店にいません。恐らくは転職の相談なのでしょう。それでもMはオーナーに言われていたので伝票整理はやっていたのですが、辞めることが決まってからも一向に引き継ぎしようとはしませんでした。伝授する相手は間違いなく私です。大将は計算が弱い人間なので無理な事は目に見えていました。

 Mが辞める三週間前に

「そろそろ教えてもらっていいですか? 」

 私は渋々頼みました。大将は聞き耳を立てていましたが何も言いません。

「Mさんは辞めるからいいですけど、結局誰かがしなくちゃいけないでしょう? いい加減にしてくれませんか? 計算方法や事務所に送っている書類、締切日など決まり事はたくさんあるのでしょう? 知らんぷりして辞めるんですか? 」

「......ああ。そうだね」

 気の無い返事でぶん殴りたくなりましたが堪えました。恐らくそのまま辞めて大将を困らせようとしているのでしょうが、そうはいきません。その日から私は休憩時間に伝票整理を手伝うようになりました。「一度も事務的な仕事はしてこなかったので、逆にいい機会なんだ」と自分に言い聞かせました。そして和食のメニューやレシピも聞き出していきました。


 Mの最後の出勤日。私はケーキと花を贈ることにしました。大将に相談すると「好きにしろ」と言います。Mにバレないようにケーキを冷蔵庫の一番奥に隠し、花束も倉庫に隠しました。なんだかんだで短い期間でしたが一緒に働いた仲です。最後に形だけでも私は送りたかったのです。

 営業が終了して片付けを速攻で終わらせ、Mは大将と何か話しています。そして一分ぐらいで

「お疲れ」

 さっさと大将は帰ってしまいました。正直引きました。あんた俺より付き合い長いだろう?

 気を取り直し、着替え終わったMに

「お世話になりました。ありがとうございました」

 プレゼントを渡します。

「ありがとう。でもケーキだけでいいや。荷物が多いから持って帰れないから」

 耳を疑いました。確かに包丁や着替えなどの手荷物は多いでしょうが、受け取らないだと?

「店に飾れば? 」

「そうですか! わかりました! お疲れでーす! 」

 わざと声を張り上げ明るく言いました。Mが帰った後、あまりのダメージにしばらく机の上に突っ伏してました。

 怒りが爆発し、花束をゴミ箱に叩き込んでやろうと思いましたが、思い留まりました。花に罪はありません。

 明日から二人体制です。頑張らないと。

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