第2話 遺書

 生きるのにつかれました

 すみません

 全て自分の責任です

 迷惑をかけてすみません

                  2015年 10月2日 ◯◯◯◯◯


 バッグに入っていたクシャクシャのメモ用紙に書いた。文章を考えてみるが頭が働かない。汚い字で短い文章になる。異常だと思う。

 腰のベルトを輪っかにして木の枝に結びつけた。頭を入れようと登ろうとするが滑る。スニーカーと靴下を脱いで裸足になり再トライする。遺書は靴の中に入れた。地面のひんやりした温度と小枝や小石の感触が不快だった。裸足で土に触れるなんて何年ぶりだろうか? 手と足でしっかり幹にホールドしてよじ登り、ベルトの輪に首を突っ込む。全身から汗が噴き出す。

 一回目は苦しくて足で木にしがみついてしまった。二回目は木に対して逆向きに首を入れて、足は届かなくなったがベルトに手をかけて脱出してしまった。三回目は木に登れなかった。腕がパンパンだった。

 そして四回目。いい感じでぶら下がっている。意識が遠のいて......酸欠まであと少しだ......やっと......死ねる......

 そこで何かが聞こえてきた。この音は......蜂だ。よく見るとオオスズメバチだった。薄れゆく意識の中で「刺されたら痛いだろうか? アナフィラキシーショックか? それとも窒息が先か? 」と考える。

 羽音が耳元に近づいてくる。オオスズメバチのでっぷりとした橙色と黒の縞模様の胴体。小刻みに上下に振動する羽。漆黒の目玉と産毛の生えた触覚と脚。そして口がうねうね蠢いているのがと見えた。話が通じないであろう無機質な目をした殺し屋。獲物は私だ。

「死後寄ってくるであろう生物はぶら下がった私の目玉を喰ったり、体液を啜ったりするのだろうか?」想像した瞬間、死の恐怖は襲いかかってきた。

 どこにそんな力が残っていたのか? パンパンで動かなかったはずの腕でベルトを握り、両脚を振り子のようにして体を無理やり反転させて大木に蟹バサミをした。

 あと十秒あれば確実に逝っていた......そこで気道を確保して呼吸した。首を抜いて脱出し木の枝を拾い、狂ったように振り回して蜂を追い払う。

「ハア......ハア......」

 しばらく構えて睨みつけていたが蜂は逃げたようだ。力が抜け地面に体育座りして大きなため息をついた。手の平は擦り切れ、足は土まみれだ。全身が熱く、顔の汗をパーカーの袖で拭う。

 ふと遠くを見た。悔しいぐらいの青空で、葉の間から木漏れ日が降り注ぎ、風が心地よかった。

 死ぬ事もできない。生きる事もできない。絶望する。

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